戦闘姫に新しい日常を 3
「ええと、オルテガも一緒に行かない?」
「いや……う~ん、まさか、ここまで敷居の高いものだと思っていなかったから。全く、リリムか准将に頼むべきだった」
30分後私たちは、雑貨屋の店主におすすめされた最近流行りのカフェに来ていた。そのオープンテラス席は、かなりの賑わいをみせているが、ほとんどの人のお目当ては、商人街では珍しい、3階のバルコニー席だ。その抽選は、熾烈を極めていたが、偶然にも、当たった雑貨屋の店主が、想定外の買い物をしてくれた私たちに、その抽選権付チケットを譲ってくれた。
「うわぁ、素敵な建物。」
近くに大きくて高い建物がないから、もしかしたら、あの日飛んだ大聖堂まで見ることができるかもしれない。
「あ~、イハーブ、俺は遠慮させてもらう。1階テラス席にいるから、ゆっくりしてきてくれ。」
「うん。ありがとう、オルテガ。よ~し、がんばって3階バルコニー引くぞ」
『頑張ってもどうにもならないが どうにかするか?』
「これは、あくまで、気合を入れるためのデモンストレーションというか、おまじないです。でも、1階でもいいかな。よくよく考えていたら、オルテガに、さっきのお礼も言っていないし」
デルタは、順番待ちの列に並び、オルテガの方を見た。ついでに、集音機能を起動する。オルテガは、くつろいだ様子で、大倭産のワイン2種とチーズを注文していた。
『まあ 言うことでもないが 任務ってこと忘れていないかあれは 』
「まあ、休暇って言っていたし、いいんじゃないかな。あ、もうすぐ私の番だね。先に言っておくけど、透視機能の起動はなしで」
『そんな便利な機能は デルタにはついていないぞ 難易度は 高そうだが 戦闘姫の要望に応えるのが 我々 ぜくす……』
「ハイ、次のお方どうぞ」
ゼクスマキナの言葉を切って、受付の人の方を向く。受付の人は、白いシャツに白いスラックス、白いベストが違和感なく決まった中年の男性だった。
「ええと、これって?」
「これは、大倭のおみくじ……否。くじ引きというやつです。この竹串の中から、一本引いてもらって、紅い印があったら3階バルコニー席にご招待。それ以外の場合でも2階のホール席をご案内しています」
デルタの目の前には、6本の竹串が見えている。むぅっと、デルタは、心でうなった。しばらく、ムムムとうなっていると、デルタは、順番待ちで待っているだろう、後ろからの視線が気になって来た。
『引くしかないだろう。まあ、祈っておくよ』
「じゃあ、これ!」
すっと、右から2番目の串に手を伸ばす。
「本当にそれでいいのですか?」
受付の人が、視線を合わせてくる。
「ええ、この串が気に入りました。行きますわよ。」
ええい、ままよ。と、デルタは、その串を引き抜く。そこには、何も描かれていなかった。
「あああ……」
『まあ、イハーブ、そう言うこともある。』
残念そうな表情を浮かべるデルタに、ゼクスマキナが、慰めるように言葉をかけた。そのまま、受付に、その竹串を見せる。そうすると、受付の人は、少し驚いたような表情を見せた。
「ほう。ほうほうほう。さて、そのままに、その串を上に掲げてくれませんか?」
『さっきはそう言うそぶりはなかったが そう言う嗜好か?』
「少し恥ずかしいけど、」
デルタは、控えめに、竹串を掲げる。
「さて、これをもって、本日の抽選は終わりでございます。おめでとうございます!今日、最終組の3階バルコニーへの案内でございます」
「え?」
『何が起きた?』
さっきまで何もなかったはずの、デルタの竹串には、紅い印が7つの線となり、煌々と刻まれていた。テラス席から沸きおこる拍手に、デルタは、自らの右手を訝し気に見ながら首をかしげることしかできなかった。
「うわ!綺麗!」
3階バルコニーは、大きく建物からはみ出して作られている。そこから見える、見たこともない光景。
「こんなに、こんなに広かったんだ。帝都って」
『そうだな デルタ 改めて 見て 帝都はどうだ?』
視線の先には、大きく湾曲した屋根を持つ建物が四本の尖塔に守られているような建物が見える。
「あれが、大聖堂……」
『ああ そうだ 1週間後だったな』
デルタは、ゼクスマキナの言葉に、うんと頷き、再び、そこに視線を移した。あそこに、メアリ義姉がいる。もしかしたら、メルファ義母様も。メルセス公爵家の家の仔を受け入れているはずの2人。私は、2人に会う権利なんてあるんだろうか?とても怖い。本音を言えば、あの記憶映像はすべて嘘で、何事もなく、何の不自由もなく。私のことなんて忘れていてほしい。でも、わかっている。
「デルタ、いずれどこかで会いましょう。私のこと、忘れないでね。お願いよ」
あの声が嘘だったなんて信じたくなんてない。だから、ここに来たかった。戦闘姫であれば、偵察は簡単かもしれないけど、でも、そんなことをしたいと思っていなかった。
「はぁ、あと1週間か。」
久しぶりに、前の家族に会う。いや、ただ、傍観する。ただ、そのことに気が重く感じる。ふうっと重々しくため息を吐く。デルタは、ひとしきり景色を堪能した後に、用意された席に腰かけ、メニューを開き、一瞬で閉じた。
「ええと、これって結構本格的?」
『ああ そうみたいだな もしかしたら オルテガに来てもらった方がよかったかもな』
メニューとにらみ合い、ムムムと、考え込んでいたデルタは意を決すると、テーブルにある呼鈴に手を伸ばし、それを慣らした。入ってきた小柄なメイドに注文を行う。緊張で何を言っているのかわからなくなっていたが、その意をくみ取ってくれた、メイドが退出するのを、見送り、ほっと脱力する。
『そんなに 気を病まなくてもよいだろう 』
「だってさ、なんだか不安なの。これまで幸せだったからかな?その反動?こんなことが、これが幸せなんて……なんだか落ち着かなくて」
これも落ち着かないと、デルタは、帽子を取り、近くのハットラックに乗せた。空の色に近しい蒼い髪が、腕まで零れ落ちる。
『では 訓練でもするか?精神強化の?』
「ううん、それもいいと思うけど。ゼクスマキナごめん、我儘を言っていいなかな?なんだか、今日は、ここからこの風景を見ておきたい。
うん、わかってる、これから大変だって。でも、ゼクスマキナ……」
『そうだな そうかもしれない ただこういうことは あまり気にしないほうがいい デルタ 』
春の初めの穏やかな風が頬を撫でた。デルタは、席にかけ、頬に手を当て、遠くの景色を見ていた。
それは、ドアが開く音で遮られた。ティーセットが届いたのだろうと思ったデルタが、顔を上げるとそこには知らない顔があった。
「ああ、間に合った……あれ?」
しばし、視線を交わし向かい合う。その間はたっぷりと、下手をしたら永劫に感じた。
「ええっと、どちら様ですか?」
『なんだこいつは?』
ゼクスマキナの言葉に、久しぶりの同意を感じ得るくらいに、デルタも、呆れた声を出した。ただ、それはデルタにとって、その客人との出会いは、新しい風を吹き込んでくれた。
日常回が、もう一話続きます。




