戦闘姫 披露する 3
斎藤二尉との初飛行は、トラブルこそ多かったものの、実に有意義なものだった。と、デルタは、のちに記している。
斎藤二尉の乗っているそれは、スティーブ准尉のそれに比べて、見劣りのするものだった。同じような形態の物ではあるが、それは、明らかに飛行速度など劣っているものがあった。
おそらく、スティーブ准尉のそれに単純な性能だけでは、太刀打ちはできないのだろう。
でも、それと飛ぶことが、もしかしたら――デルタにとっては、――であり、そして、有益なことなのだろう。
速度320。1時間強で着く距離。デルタは、その中で、その時は言い知れもない気持ちに襲われていた。
「ゼクスマキナ」
『どうした?デルタリーダー』
その異変は、30分近く経ってから、デルタは気が付いた。
「ねえ、こっちは、全力飛行320なのに、相手を振り切れる感じがないんだけど?」
『こちらに合わせているのだろう?そう、驚くことではない』
「ゼクスマキナ。特殊マニューバー、ブレーキング。速度カット。固定250。慣性維持」
『……了解。マニューバーの使用を許可。速度固定250。慣性維持』
デルタは、すっと、速度を落とす。250。慣性を維持したまま。一気に後方に飛んだ。
「……やっぱり」
『いったいどういうトリックだ?』
そこには、先ほどの位置のままでそのまま、付いてきている斎藤機の姿があった。ゼクスマキナは、驚きを隠せなかったが、デルタは、その光景にある種の納得を感じていた。この人には、今はとても勝てないと。
「疲れたのか?」
デルタは、その声に、首を振った。
「大丈夫です。」
「かわいい悪戯だ。いたずらもいいが、お使いを忘れないようにしておくことだ」
「それは、どういう意味ですか?」
ふんっと、ほんのわずかに笑ったような声が聞こえた。地上で見たときには、厳しそうな見た目だった。でも、そんな人でも笑うものだということを、デルタは知った。
「君は、まだまだ未熟だが、今後、大きく成長する余地がある。その成長の先に何があるのかは私には、知る由もない。だが、君は楽しく翔んでいる。まるで、誰も邪魔するものはいないというようにな」
デルタは、速度を元に戻した。斎藤機の位置が変わることはなかった。
『デルタリーダー。お前の感じていた違和感はこういうことか』
「うん。あの人は……ずっと同じ位置を飛んでいたの。後ろ70°のところを」
『撃墜位置か……すまなかった。デルタリーダー。』
相手に、攻撃の意志があれば、デルタは今頃飛ぶことなどできていなかっただろう。今この行動もそれを振り払おうとして起こしたことだった。
「願わくば、その気持ちを忘れないでいてほしい。言えることはそれだけだ」
斎藤はそれだけを言うと、無線を切った。
重くつぶされるような無言と無音。デルタは悔しい思いをしながら飛んでいた。勝つことなんてできない、そうだとしても……。そんなことをデルタが考えていた、そんな時だった。
「場が湿ったな。さて、イハーブ。すこし、手習い……鬼退治でもするか。」
「鬼退治?」
デルタの声に、そうだと斎藤が応えた。
「簡単なルールだ。桃太郎と鬼に別れて行う遊びのような物だ。桃太郎は鬼の後方について、60秒以内に、訓練用のレーザー照射」
その時、デルタのベール内の表示が赤く染まった。『攻撃が来る、回避』と、アラートが表示されている。
「を行う。鬼にあたれば勝、当たらなければ負けだ。あと、桃太郎が鬼を追いこしても桃太郎の負けになる。本来なら、3回先取で勝負を決めるが、」
なぜか、デルタは、斎藤が笑ったように感じた。
「ハンデをやろう。俺は機銃位置での掃射しか行わない。イハーブは、俺に、いかなるタイミングでも、照射を行っていい。あと、イハーブが、2本とった状態から始めようか」
『太っ腹だな……デルタリーダー?どうした?脳波が乱れているぞ』
デルタは、言い知れもない感情が胸の奥から抑えきれずに湧き上がってくるのを感じた。
「やるわ」
『デルタリーダー、どうしたのだ?』
「ゼクスマキナ、お願い。すこしだけ、時間を頂戴。無線開いて」
無線がつながっていることを確認する。デルタの勇ましいその声を聴いて、斎藤は、密かにほそくえんだ。
「では、イハーブ、後ろに回って、レーザー照射してみてくれ」
初めて、斎藤機の後ろにつき、新緑の籠の兵装である、機銃とマイクロミサイルの標準を合わせる。
「レーザー照射を確認した。しかし、ミサイルも装備しているとはね。少し面白そうだ」
「遊びだって言ったこと公開させてあげます!」
『どうした?デルタリーダー?むきになるなんて』
「では、イハーブが先攻……桃太郎だ。合わせるぞ3・2……1……始め」
そこ声が聞こえたと同時に、斎藤機が大きくスピードを上げる。
「っ最大加速!」
『了解。最大加速』
ドレスにエネルギーがいきわたり、一気に加速。斎藤機を視界に捉えた。
「これで勝つ!!レーザー照射」
デルタの各装備からレーザー照射が開始されようとしたその時だった。
不意に、斎藤機が宙がえりのような挙動を中断、そのまま、後方に吹き飛ばされるようにデルタの頭上を飛び越えて、後ろにつく。
「おっと、これで、イハーブの負けだな。じゃあ、次は俺が桃太郎だな」
一瞬何が起こったのかわからないデルタだったが、何とか、相手のレーダー照射から逃げようとする。
「左バレルロールか、反応が遅い!」
デルタの視界が一瞬で赤く染まる。完全に読まれていた。こんなはずじゃなかったと、後悔の表情がデルタに浮かんだ。
『デルタリーダーどうした?おかしいぞ。落ち着け』
「ゼクスマキナ、今は黙っていて。」
ゼクスマキナの言葉を、デルタは、振り払い、無線に声をかけた。
「まだ、一回目です。まだいけます!」
「いい声だが、俺にとっては、お前を一度落とした換算だ。俺を落とす気で来い」
デルタは、斎藤機をにらみつけた。不意にその画像がアップになる。コクピットの中、斎藤は、不敵に笑みを浮かべているように見えた。
斎藤は、そう思い、2回目のレーダー照射を行う。無線で命中ですと小さく声が聞こえた。
不意に思い出したのは、最初の訓練の時。稽古をつけてくれたのは、当時大日本皇国のトップエースと呼ばれていたあの人だった。こっちは一発も当てられず、相手の弾は百発百中だった。ペンキ塗れになった自分の愛機を降りたとき、不意に涙が頬を伝った。
誰よりも訓練をして、誰よりも早く飛んで、誰よりもうまく飛べている……傲慢にもそう思っていた。
上には上がいて、そして、届かない光だと、そう思った。
相手が降りてきた。自分と同年代と見える……さらに、惨めさが募る。
「斎藤権太、二等兵です」
敬礼をする。
「上篠智道 曹長だ。斎藤二等兵、君はどう思った?」
「上篠曹長、完敗であります。自分には、全く何も足りておりませんでした」
斎藤の横を、上篠は通り過ぎる、上篠が向かった先は、斎藤の搭乗機……アメリカ軍から鹵獲したライトニング艦上戦闘機だった。日本名で雷鳴と名付けられたその白い機体は、ペンキ塗れで、ひどいシンナーの匂いが鼻をついた。
「ひどいものだな」
それをひどい腕だなと言われたのだと思い、斎藤は恥じ入った。しかし、返ってきたのは、違う言葉だった。
「斎藤二等兵、わたしが撃ったのは150発だが、そのうち100発近く外している。……全く、全弾命中させて、戦意向上を狙ったが、こんなひどい腕では、……精進せんとな。」
斎藤は驚いて、上篠の顔を見た。
「斎藤二等兵こっちにこい」
斎藤は、上篠の後をついて行く。
そこには、斎藤のそれと全く違うきれいな上篠の機体があった。じっと見ても、全く練度が違うのがわかる。そう思っていると、上篠の手招き。機体の上に上がる。そこからは、違う光景が見えた。
「誇っていいぞ。斎藤。お前は、俺に2度地を付けたのだ。実戦なら堕とされていたかもな。」
左右エンジンに、わずかにかかっている塗料、それが、斎藤ができた上篠へのわずかな抵抗だった。
一瞬の回想から帰ってきて、目の前を浮いている人型を見る。きっとショックを受けているのだろうか?飛び方が少し危ういような気がした。
「さて、最終か。戦闘姫、どうする?」
「やります」
意外と元気なデルタの声が帰ってきた。全く若いとはいいものだと、斎藤は笑い、前方に出る。
「では、これが最終戦だ。イハーブ行くぞ」
「はい!!」
デルタは、奇妙な納得感に包まれていた。
「最後の一戦なかなか良かったぞ」
「お褒めいただいて光栄です」
『まったく、ひやひやさせてくれる』
最後の一線、結局一発も斎藤に当てられなかったが、1戦目、2戦目とは違い、デルタは驚異的な粘りを見せ、斎藤機から40秒近く逃げ切った。
「さて、どうだった?」
「強いなって思いました。いえ、正直言っていいですか?……完敗でした。でも、」
デルタの声が一瞬途絶える。こちらから問うのも野暮だと思い、斎藤は声をあえてかけなかった。つながったままの無線から、小さな嗚咽が聞こえた。
「……また負けちゃいました。せっかく、――せっかくみんなが期待してくれているのに。私は……また期待を裏切ってしまった」
デルタの声が、涙交じりに聞こえた。ふうっと、斎藤は息を吐いた。
「辛かったか?すまなかったな」
「でも、斎藤さん ……ありがとうございます。宜しければまた手合わせ願えませんか?」
斎藤はその呼びかけにそっと口角を釣り上げた。ふと、上篠の言葉が思い出されてきた。
『だから、次は、もっと完膚なきまでにたたきつけるとしよう。斎藤、掃除が終わったら再戦するか?』
「ああ、いいぞ。次は、もっと完膚なきまでにたたきつけてやろう。再戦をいつでも受けるぞ」
デルタの安堵の声。そして、うれしそうな声が無線の向こうから聞こえた。
「よろしくお願いします。一旦通信を切ります。」
デルタは、通信を落した。わずかに我慢できた涙と鼻水が、その堰を切ったようにとめどなくあふれてくる。
『どうしたデルタリーダー』
「うわあああああ!!」
デルタは、ひとしきり、叫び声を上げた。困惑したような言葉が瞳に映る。それを見るのも辛かった。
「ゼクスマキナ……ごめん。わたし、また、負けた」
『そんなことか』
「そんなことじゃないよ!」
ゼクスマキナの言葉に、デルタが反論する。いかにゼクスマキナがわたしを気にしていたのか、そして、こんなに素晴らしいドレスを作ってくれていたのに、全く生かせていなかった。戦闘姫が馬鹿にされていると感じて、それは、ゼクスマキナが馬鹿にされていると思った。その言葉を、ゼクスマキナに伝える。
そして、もっときちんと訓練をしていれば、もっと、できるはずだった。と。
「ゼクスマキナ……私」
『全く、デルタ!この馬鹿者』
「え?」
現れた言葉に、デルタは驚きを隠せないでいる。今までにない、ゼクスマキナからの言葉。
『何をむきになっているのかと思えば、お前は輸送ユニットで、戦闘ユニットに挑もうとしてたのだぞ。そこらへんも含めて、あまりにも無知が過ぎる』
『おまけに、あの通常マニューバーは何だ?あれでは、相手に当ててくれと言っているようなものだ。制御も何もかも及第点とは言えないぞ。』
厳しい言葉を、デルタは、身を縮こませて見ていた。今までのゼクスマキナに比べて、すごくきつい物言いだった。でも、原因がデルタ自身にあるのだからと思い、ただ、じっと、下唇を噛んだ。
『だが、それでも。最後の試合、40秒近く粘ったのは良いことだ。そして、改めて、自分の弱さに気が付いたのは、いいことだ。戻ったら、次は、少なくとも逃げ切れるようになるまで徹底的に訓練するからな』
「ゼクスマキナ」
『だから、泣いていいのはさっきまでだけだ。デルタ。見えて来たぞ』
デルタは頷いた。その視線の先に、降り立つべき場所、戦場が近づいていた。デルタが無線を入れる。
「すいません、お待たせしました。」
「ああ、もう大丈夫か?」
斎藤からすぐに返答があった。どうやら、デルタの状態を察していたらしい。デルタは、勝てないなと思いながら、大丈夫ですと答える。
「スティーブがずいぶん暴れてくれたようだ。おかげでだいぶ安全に着陸できそうだ」
森の開けた場所、スティーブ機と、3人の人影が見える。
『デルタ、着陸準備だ』
「はい!速度落とし。着地システム構築」
すっと、足を地面に向けて、着陸態勢に映る。その横では、斎藤機が着陸態勢を取っているのが見えた。1姫と1機は並び立つように降り立った。そこには、スティーブと、魔属領の軍服に身を包んだ見たことのない人と、黒に近い褐色の肌に赤いワンポイントが入った服を着ている見覚えのある女性が立っていた。
ちなみに斎藤機は、震電をジェット戦闘機に改修したような形状をしています。(性能的には最新鋭機に及びませんが、スペック的には十分前線に出れる機体です。)




