かつて世界はかくあった ~ライトから見た事実~
幕間の後のお話です
不機嫌に、食堂車のドアを開ける。
「あ、」
フィーリーが、立ち上がり敬礼しようとするのを、手で止めた。
「どうやら間に合わなかったようだな」
目の前には、デルタの席にあったであろう、きれいに食べ終わった皿だけが残されていた。
「はい。とても、満足げに食べてましたよ」
「それをじっと見られたわけだ」
「いいではないですか。もう少ししたら、見ようと思えば毎日でも、見れるわけですから」
そうに違いないが、と、言いかけ、悪びれないフィーリーの姿に、ふっと、毒気を抜かれる。元の席に戻ると、置いてあったはずの資料は、どこかに直されていた。
「フィーリー少尉、すまないが」
「はい。畏まりました。」
フィーリーは頷くと、テーブルクロスをはがし、テーブル側面から、資料を取り出す。
「入れるときは、簡単なんですけどね。」
「私はなかなかそこがうまくできないがな。」
「大佐が、不器用すぎるだけですよ」
違いないと、その意見に同意し、ライトは、再び資料を開き、そのページをじっと見ている。
「しかし、信じられないです。イハーブちゃんが、そんなものと同種だなんて」
もの悲しさすら感じるフィーリーの声色に耳を傾けながら、ライトは特に反応を返さず、しおりのはさんであるページを開く。それは、かつて属していた魔導盟国にて、記された事実。そして、魔属領の中で、尉官以上の地位にあるものは、全て記憶すべき、最も重要な記録として残されている。この作戦の時に、ライトは特務として、秘匿情報の一部の開示を受けた。
「ああ、そうだな。だが、それが、単姫ではなにもできないというのは、過去の実績からもわかっている」
そのページから目を上げ、ライトはそう言うと、フィーリーにコーヒーを淹れてくれるように頼んだ。食堂車のキッチンから、コーヒー豆を挽く良い香りが漂ってくる。その香りに、ふっとリラックスしたような表情を浮かべ、ライトは再び資料に目を落す。
捲り続けている資料は、戦闘開始から、3日目……開始から48時間から72時間。運命の瞬間のことが書かれているページに移っていた。
第一次侵略異界迎撃戦闘 第一次接触地点 大倭
4月21日
残存対象数 大型艦3機 小型人型戦闘機 400機以上
前日の戦闘にて、多数の撃墜に成功したものの、相手の攻勢に衰えは見えず。
対象の分析を行ったところ、前回の戦闘で鹵獲に成功した対象に関しては、継戦能力が弱点であることがわかっている。
現行の兵力でも、十二分な対策が取れると判断。今日を決戦として、相手を押し返すことにする。
なお、小型人型戦闘機は、自らを戦闘姫と呼称している。これが相手の用いる通常戦力と推定。
以後、この小型人型戦闘機の呼称を戦闘姫とする。
戦闘姫は、大型艦……戦闘姫たちの呼称では、飛行場にて製造されることが判明していることから、早急に飛行場に、打撃を与えることが肝心だと、推定される。
13:30
飛行場へ砲撃。成功。飛行場は、上空へ退却に入る。戦闘姫、他飛空場も、追従し退却行動に移る。
次弾装填並びに被弾箇所の点検・修理のため、次回攻撃は、14時と決定される。
現在のところ、戦闘姫ははるか上空からこちらを偵察しているものと考えられる。
13:33
計器に異常発生。特に位置計に異常が多く発生していることが確認できた。歩兵部隊から、特に異常
を知らせる報告なし。
13:35
計器の多くから異常発生。全ての位置計はすでに正確な数字を出すことができずにいる。
13:36
機関に異常発生。補器、異常反応。区画を閉鎖指示するが、隔壁が異常と報告があったのを最後に当該区画の報告途絶。
13:40
機関の異常拡大。計器はほとんどが使用不可能になっている。地上部隊から緊急報告。指揮車よりすべてが異常。と報告、以後の連絡途絶。
13:45
メイン動力炉に異常発生。緊急弁作動せず。との連絡を最期に旗艦との連絡途絶。
13:48
全部隊との交信途絶。同日同時刻、本営にて鹵獲していた戦闘姫全員のエンジンが緊急停止。全員死亡を確認。
17:20
異常領域大倭全土に拡大を確認。前線に当該事態に対応できる戦力を投入することを、機甲皇帝、魔導盟主が承認。
4月22日
0:00
第一次侵略異界迎撃戦闘 第一次接触地点における戦闘終了
4月25日 大本営に被害報告
旗艦『カイザー・ウォール』消滅。乗員3,500名 艦長、副長。全員死亡したものと思われる。
戦闘艦『ジンルーラー』『イフリートルーラー』並びに同型艦。投入した艦すべてが、撃沈もしくは、消滅。総員34,000名並びに各艦の艦長、副長は全員死亡したものと思われる。
地上小型戦艦(指揮車両)30隻
装甲車 4793両
対空攻撃戦車 590両
軽装甲車 10640両
特殊車両 380両
補給陣地 総延長659km(即時連絡網換算) 計測陣地 総延長40km
攻撃用陣地(防空網) 総延長1080km
兵士総数 332,000人
4月21日までに投入した兵力・装備のすべてを失う。
大倭の交通網、連絡網すべて破損。修復困難。以降、こちらの技術による接触不良。
大倭との連絡完全に途絶。
よって、両国は、大倭国土にある全国民は死亡したものと推定し、救援隊の派遣を取りやめる。
後詰の部隊は、大倭防衛線を放棄。属領まで後退し本営を設立。本国からの指示を仰ぐこと。
「いつ見ても、凄惨な記録だ」
そう言うと、ライトはすでに冷たくなっているコーヒーに口を付けた。20年前に起きた事変の戦闘記録は、大倭という国家が完全に地上から消えたことを表していた。
「生き残りがいた……そう考えるのが妥当か……だが、」
ライトはそう言うと、先ほど会った大倭の使節団のことに思いを飛ばした。だとしたら、彼らは、本当にその生き残りなのだろうか?そうは見えない者も多かった。
「大佐。そろそろお休みになられた方がいいのではないでしょうか?」
そんなライトに声をかけたものがいた。フィーリーだ。その声につられて、ライトは壁に掛けられている時計を見る。
時刻は既に2時を回っていた。
「考えても仕方がない。そう言うこともあるか」
ライトはそう愚痴り、フィーリーにコーヒーを返すと、テーブルの資料を片づける。そのままキッチンの横に装備されている簡易ベッドへと滑り込み、ブランケットを身に巻き込んだ。そこで、とりあえず、列車が動くまでの3時間は、仮眠を取ることにした。
眠りに落ちる前に、小さく開けた窓から外の歩哨の足音が、いつもよりもやけに大きく聞こえた気がした。




