第2章 エピローグ
「はぁ」
デルタは、天井を見上げながら、もう何度目ともいえないため息をついた。さっきの言葉が、心の中を駆け巡っている。
驚く気持ちと同時に、こうなるのじゃないかという根拠のない楽観から出た事象が実は真実だったという、あいまいで混乱するでも、けっしてそれは嫌なものじゃない。でも、
『自らが大事にする相手の心を考え、そしてそれを己が内に受け入れ、相手の行いの助けに自らならんとすること。人それを、想いという』
「そ、そんなことはないとおもう。おもうけど。そんなことは……」
からかうようなゼクスマキナの言葉にデルタは、反論するようなしないように呟きながら、そっと、さっきの言葉を反芻した。
「親子……か」
「デルタ、私はあなたを助けたいと思っているわ。もし、貴女が手を伸ばすのならば。私はあなたの手を取って助ける。あの時から、思っていたわ。たとえ戦闘姫であろうと、あなたはあなたなのだと。」
散々泣いて、アリアの服を涙と鼻水とよだれでぐしょぐしょにした。ようやくに泣き止んだデルタの目を、アリアはじっと覗き込む。アリアの瞳は本気だ。デルタは、その言葉を、呆然と聞いていた。
「今は、考えなくてもいいわ。あなたは、私達にとって大事な人なの。デルタ。だから、もっと頼っていいのよ」
「大事な人……」
「そう、あなたは、私達の子供のようなものよ」
その言葉の意味を考えて、そっと、ベッドの上で転がる。
『不安か?』
その言葉に、うんと頷く。不安というよりも……
「怖い。とっても。」
『怖い?おそらくアリアもライトもこの国では相当に高位にある人物だろう。後ろ盾まで得たのにまだなにか怖いのか?』
デルタは、そっと震える両手で肩を抱きしめ、震える足を膝の内に入れるように曲げて丸まった。まるで、震えが全身を覆っているようだった。
「なんでだろう?とっても怖い。――怖くて怖くてたまらない。うれしいのに、怖い」
『イハーブ……いや、デルタ。お前は、今幸せなんだな』
その聞きなれない言葉に、デルタは、驚いたように顔を上げた。
……幸せ?
『デルタ。お前は――幸せなままでいい。ようやく安心できて、ようやく傷をいやすことができて……――かもしれないが、そのままでいい』
「……ゼクスマキナ」
その言葉が出たときに、デルタの目からなぜか涙が流れた。
「あれ?なんで涙が?」
『イハーブ、大丈夫か?』
イハーブは、その言葉にうんと頷いた。月の夜。明日は、とても大事な日だ。
「もう、寝よう。明日が待ってる」
『そうだな。お休み、イハーブ』
うん、お休み。ゼクスマキナ
あれほど眠れなかったデルタの口から寝息が聞こえ始めた。
『幸せか……デルタ、お前がイハーブでなければ、ただのデルタならば良かったのだ。今に……ただ無上に幸せをかみしめることができただろうに』
ゼクスマキナは、そう呟くように言葉を発し、デルタの領域の中へと消えた。
???side
2つの銀色の光が、飛んでいる。そこには、何の法則も存在しないただあるだけの空間を。スーッと滑るように飛んでいる。その目に、大型の艦影が映る。
その艦からの発光信号が出される。それは、その艦が生きているという証拠のような物だった。
両姫が、視線を合わせ、ハンドサインを交わし、大きくその間の上方に回り込む。そのまま、足を下にして、艦上空からまるでストッピングをするような体勢で、速度をそのままに突っ込む。その両足が、誘導灯を艦上部に触れた瞬間に、そのまま、蓋のようにそれは落ちていき、両姫入ってきた穴はあっという間に、分厚い金属がまるで蓋のように覆った。
『ゼクスマキナより、総員に伝達。エントランスへアルファ1,シータ6の帰還を確認。両姫は、所定の位置に。従者は、マニュアルに沿った行動を行うこと』
その言葉が、目に映ると同時に、エントランスに巨大な鉄棺が地面からせり出し、その側面が重い音を立てて開く。両姫は、頷くと、そのままその鉄棺側面に体を預けた。
カチッ、カチッ
無機質な音が、響いたかと思うと、ドレスの前面がほどけるようにして消えて、中から、2人の女性が姿を現す。2人とも、皮膚に金属が融合したような奇妙な衣装を、身に纏い、背中には、奇妙な凹凸がいくつもくっついていた。
「あー、終わった。全く、何もないと気が滅入るよ。そう思わないシータ6」
「ああ、そうですわねアルファ1。私は、あなたと一緒に飛べて、うれしいですけど」
「なに?シータ6ノイズ?」
「こんな場面で、からかわないでください。アルファ1。あなたが飛んでいるのを隣で見ていると、勉強になります。そう言いたいんです」
アルファ1と呼ばれた長身の女性は、こいつっと笑いながらシータ6を小突くと、金属がこすれた音が響いた。それに気が付いた2人から安堵の笑みが漏れた。
鉄棺は、ドレスを完全に包み込み、その蓋を閉じると、床下に沈んでいく。これから、従者による分析と整備に入るのだろう。そんな中、この艦の副長である男性が入ってくる。二人は、思わず敬礼をするが、それを、副長は止めた。
「無事に帰ってきてくれて何よりだ」
副長はそう言うと、両手に持っていた暖かい紅茶を二人に渡す。
「ご期待に沿えず申し訳ございません。現在のところ、状況に改善の見込みはありません」
アルファ1は、そう呟き、じっとその水面を見つめる。
「焦っても仕方ありませんからね。まあ、じっくりやりましょう。不幸中の幸いで相手は我々を殺すつもりはなさそうですから」
副長の視線の先には、エントランスの一区画に山と積まれている物資があった。あれからどれくらいの時間が過ぎたのかは定かではないが、物資が不足しそうなときには、あの赤い船が、物資を輸送してくれている。とはいっても、相手とはコンタクトも取れていない。こちらの問いかけに応えもなく、物資を輸送したら、そのまま、あっという間にこの空間から消えてしまう。
その言葉に、シータ6は俯く。もともとは、補給部隊として活動している彼女のことを知ってか知らずか、相手はそれを上回る輸送性能を見せて、あっという間にそのプライドを踏みにじった。これだけのことは、シータ6は……自分にはできないとそのことをよくわかっている。
「艦の修復は先ほどすべて完了しました。航行システムも順調です。あとは、放たれた矢が福音を届けてくれることを祈るだけですね」
「パトラー……では、その矢は、いずこにありますか?」
アルファ1の言葉に、副長は静かに首を横に振る。
その言葉を聞いた長身の女性は、一瞬ため息をついたように見えた。それでも。ぐっと胸をそらし、腕を伸ばした。
「考えても仕方ないか。副長、着替えて。艦長に報告に行ってきます」
アルファ1とシータ6は、副長に空のカップを返すと、エントランスから、退出していく。その奔放な姿に副長は、ふっと満足げに笑みを浮かべた。
「そうですね。初代女王のことなど、考えても仕方のないこと。ですが、きっとうまくいきますよ」
そう、確信もなくつぶやくと、ドレスのメンテナンスを行う従者に指示を与えるべく、階下に降りる簡易エレベーターに乗り込んでいった。




