戦闘姫 再会する 3
スライムが抜かれていく中、デルタは、見た内容を考えていた。
優しかった義理の姉
優しかった義理の母
それは、本当のことだろうか?
それとも、ただの憶え違いだろうか?
答えは出ない。
『悩んでいるな……見て、後悔したか?』
ゼクスマキナが心配して言葉をかけてくるそれを、デルタはううんと首を振った。
「ううん。ちょっと、困惑しただけ。なんていうんだろう?こんなに整理できない気持ちになったのは初めて」
デルタは、下がっていくスライムの水位を感じながら、ぼうっと辺りを改めて見まわす。手際よく、乗降口には車いすが横付けされていた。そういえば、検査の途中だったと思い出す。まだ、今日は終わっていないと思い、デルタは新たに決意する。
過ぎてしまった昨日よりも、今日のことだと。
『さて、想定では、確か、あと3つほど検査があるな』
それに気が付いたのか、ゼクスマキナは、話題を変えてきた。でも、その気遣いが今日はとてもうれしくて、頼もしかった。
「うん、そうだね」
カプセルから出るといつもの虚脱感にも似たけだるい脱力感が襲い掛かってきた。デルタは、いつものように、車いすに腰かけて待つことにした。だけど、今日はなかなか、動かしてくれない。
『忘れられている可能性があるな。イハーブ、エンジンの出力を上げて、余剰出力を、通常機能の回復に当てようか?』
そのことをデルタが告げたところ、ゼクスマキナからは斜め上の回答が返ってきたが、研究員たちの動きのない中ではそうすることも必要だと感じて、それをお願いした。
『エンジン通常活動領域へ稼働。本体への概念エネルギーバイパス形成開始。……バイパス形成完了。イハーブ、これで少しは動けるはずだ』
「ありがとう、ゼクスマキナ。少しは楽になったよ。」
手足をぶらつかせたり、少しストレッチをして、そのまま、10分待ったが、あまりに動きがなかったため。仕方なく自力で行動が可能な領域にまで回復を行ったデルタは、そっと車いすから立ち上がった。
「あの……」
リリムやオルテガを始めとした研究員たちの目は、検査結果を打ち出す画面にくぎ付けだった。
『どうやら、イハーブの虜らしい』
「もう、からかわないでよ――あの!」
その声に、ようやくに気が付いたらしく、何人かの研究員がデルタの方を向くと、道を譲った。目の前には、リリムとオルテガが、ディスプレイを独占している。それも終わり、ふぅっとオルテガが吐くと、リリムの肩に手を置いた。リリムはそれでようやく、デルタが目を覚ましたということを知ったようで、一瞬ディスプレイを見たが、意を決したように、デルタに向き直った。
「あ、デルタ……ええと、イハーブだったね。ごめん。ちょっと、あまりにあなたが魅力的過ぎて――ええと」
「はあ、検査結果の確認に夢中になっていましたって正直に言えばいいだろう?まったく、何をやっているのか」
リリムの声に、オルテガが、はあっと呆れたようにため息をついて、前髪を掻き上げた。そして、デルタに視線を合わせた。真剣なまなざし。それに気が付けないデルタでもない。
「イハーブ……あなたのリアクター数は19。エンジン出力の推定中央値――は、記録にある戦闘姫の中でも群を抜いて高い水準よ。イハーブの性能はまさに、規格外。特注品といえるわね」
「ええと、それって褒められているんですか?」
デルタは、自分が物のように数字化されても、よくわからないと困惑した表情を浮かべた。
『相手はそのつもりだろう。賛辞として素直に喜んでいいと思うぞ。イハーブ』
ゼクスマキナの言葉に、釈然としないものを感じたが、
「まあ、喜んでおいていいんじゃないか?」
と、オルテガに言われて、あいまいながら、デルタは笑みで返した。
興奮したリリムが、落ち着くまでいろいろと足が付かれるまで質問されたデルタは、その後、再び車いすに戻された、その後の基本的な検査を短時間で終えると、そのまま、ころころとリリムに押されながら、基地の中の廊下を進んでいた。ただ、そこに見えるものは、デルタの記憶にある実験棟と酷似していた。少し驚きながら、デルタはあたりを見回す。
『意図的に似せてあるのか、それとも』
「うん、あそこと似ているよね」
そのイハーブの発した声に気が付いたリリムは、デルタによく気が付いたわねというような笑みで返した。
「あの後……今も帝都ではいろいろあってね。ここを私達の訓練施設にしていたの。まあ、あっちはだいぶ落ち着いたって言われているけど」
「そうなんですね」
デルタは、久しぶりに見るその光景に心奪われているようだった。やがて、デルタを乗せた車いすは、デルタの記憶にある部屋へとたどり着く。そこは、デルタが1か月の間過ごした部屋と同じ場所に設置されていた。
「部屋の間取りとかも、あの部屋に近づけてあるわ。ああ、でも、この部屋は、イハーブの自由に使っていいからね」
そう言うと、リリムは、デルタを車いすから立たせる。
「じゃあね、イハーブまた後で」
「あ、ありがとうございます」
そう言うと、あっという間にリリムの姿は見えなくなる。ふぅっとデルタは息を吐くと、目の前のドアに向かった。
ドアの先には、見慣れた光景が広がっていた。あの日までの自分の部屋、そして、そこにかかっていたのは、
「白い……ワンピース」
何気なくかかっているそれが目に入った瞬間に、デルタの頬を涙がつたった。
『イハーブ大丈夫か?脳波などに異常が発生しているが』
「――大丈夫……大丈夫だよ――ゼクスマキナ………………心配しないで」
デルタは、小さく消え入りそうな声で、そう言うと、ゆっくりとそのワンピースに触れる。
『前の物よりはるかに良い素材と、イハーブ、お前に合わせてあるようだな。おそらくだが、お前が戦闘姫だと知っても、アリアが、計測を最後までやめなかったのは……これをお前に作ってやるためだったのかもな』
すぐに、ゼクスマキナがその分析をする。分析の結果そして、ゼクスマキナの推理に、デルタは、驚き、もう一度ワンピースに触れる。
「わたしに……」
そっと撫でる。そんな時だった。
「デルタ……いえ、イハーブ」
後ろから不意に言葉をかけられる。
懐かしい声。懐かしい空気……でも、本当は、別れてから1週間も経過していない。でも、長い長い年月が流れたような気がした……
そっと振り返る。部屋の明かりの中、軍服のアリアが立っている。
「イハーブ……とっても心配した……心配したの」
アリアの顔は見えない。でもわかる。
「アリアさん……」
デルタは、ぐっと拳を作る。
「なんで、なんで……黙っていたの?せめて、教えてくれてもよかったじゃない!私はそんなに、信用できなかった?何か月も一緒にいて、そんなに信用ができなかったかしら?」
その言葉に、デルタは、俯く。そう、そうだ。私を護るために、みんなが動いてくれていた。今ならばわかる。もしかしたら、もっと前から、
「お願いで……す。アリアさん。私を、叩いて、叱ってください……罰をあたえてほしいんです……」
「イハーブ……何を言って」
デルタは、じっとアリアを見つめた。
「お願いです。きっと、――の為には……お願いです。アリアさん!……アリアさんにしかこんなこと頼めない」
すぅっと、アリアが息をのんだのを感じた。
「……目を閉じて」
「はい」
きゅっと目を閉じて、その時に備える。
「いくわよ……」
パンッ!
デルタは、頬に痛みを感じる。でも、それよりも、きっとアリアさんのその心と、手は、今まで何十倍も痛かったのだろう…………ただ、それを感じた。しばらくの間、デルタは、叩かれた姿勢のまま固まったように動かなかった。
それを見ていた、アリアの目が不安で揺れる。強くたたきすぎたのだろうか?脳震盪を起こしたのではないか?
「……イハーブ?デルタ?大丈夫?」
アリアの目が不安で揺れる。それを遮ったのは、
「う、……うわ~ん」
デルタが幼子に泣いている声だった。
涙を止めることもできず、ただ泣き崩れた。アリアの顔に困惑が浮かぶが、それでも、泣き崩れたデルタを、アリアは、しっかりと抱きしめた。
「ごめんなさい。ごめんなさい!!アリアさん、ごめんなさい。ごめんなさい!実験体でしかなかった――こんな、こんなわたしが特別な存在だってわかって!わたしが勝手に自惚れて、馬鹿なことをした結果なんです。自分はすごい、特別なことができる思って、何も考えていなかった!アリアさんに、みんなに心配をかけてしまって、ごめんなさい……」
「デルタ……怖かった?」
デルタは、泣きながら首を縦に振る。対空兵器に追いかけられたとき、あの爆発の瞬間、地面に降りるまでの短くて長い時間、囲まれたとき、ドレスを脱がされたとき、枷をはめられて動けなかったとき、ベールを取られたとき……ずっと怖かった。
「怖かった……怖かったよ!」
「そう、よかった。イハーブ、それだけ反省していれば大丈夫。みんながあなたのことを心配していた。だから、大丈夫。今はたくさん泣きなさい」
思い出しているのだろう、震えているデルタをアリアが抱きしめると、再び、デルタの嗚咽が、部屋に響いた。その泣き声に、悲嘆ではなく、ようやく安心できた。というふうに聞こえるのは、決して間違いではないだろう。
『窮地を脱し、再会できた……か』
そのゼクスマキナのつぶやきのような言葉に、今のデルタが反応できるはずもなかった。




