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戦闘姫 再会する 2

 5分も歩いただろうか、そこは急ごしらえの研究施設に見えた。

 

『ずいぶんと懐かしいものが見えるな』


「うん、そうだね」


 そこには散々帝立学園で見てきた、分析装置が我が物顔で鎮座していた。ふと、視線をそらすと、クリフは、白衣の女性に、引継ぎを行っていた。ひとしきりの報告を行い、敬礼をする。白衣の少し背の低いその女の人は、クリフの話を聞き、時にうんうんと頷き、時に首をかしげた。やがて、話は終わったらしく、クリフたちの部隊はそこから出ていく。入れ替わりに何人かの研究員のような人が入ってきた。


「ええと、デルタちゃんでいいかしら?」


 その女の人は、デルタの方に向きなおり、距離を詰めてくる。黒縁の眼鏡、長い髪はおそらく、セットがめんどくさいからだろう、後ろで適当に団子にまとめられている。何日か手入れをしていないだろう肌は、疲れのためか色あせて見えた。


「ええ、と、は、はいそうです」


「はい、デルタちゃん、今日はよろしくね」


 デルタは、そんな距離感のない親し気なあいさつに、今まで軍の本部にいたということを、つい疑ってしまった。


「ええと、今日はよろしくお願いします」


 その人は、そんなデルタの言葉を聞き、ぷっと噴き出した。


「え?あ、あの、おかしかったですか?」


「あはは、ああ、もう可笑しい。ぷくく、あははははは」


 デルタは、困惑して、研究室に響く笑い声を聞いていた。


「あ、あの?」


「あ、ごめんごめん。変わってなかったから。くぷぷ。ああ、そうだった。この声には聞き覚えなかったね?ええ、こほん


 きゃ~、デルタちゃん、あざとい~!」


 鼻から突き抜ける様なキンキンするソプラノ。その声に、デルタは聞き覚えがあった。アリアが人付き合いの練習といって、帝立学園で時々遊んでくれた人。


「え?ええ?リリムさん?」


 リリムは、いたずらがばれたというような笑みを浮かべて、眼鏡を取った。すこし、隈こそあるものの、その顔は、確かに見間違うことなどなかった。


「ええと、なんでリリムさんが」


「ええと、私はもともと、アリア准将の子飼いの研究員よ。ずっと、デルタちゃん見てたのに、一回も変装を見破られなくて少し残念だったけどね」


 ふと、まるで瓶底のような眼鏡をかけた研究員が、帝立学園の検査時はいつも、一緒だったことを思い出す。もう少し背は高かったような気がしたけど。


『変装というか扮装だな』


「そうそう。それに、ほら。」


 リリムの視線の先にはオルテガが、研究員に指示を飛ばしている。


「オルテガったら、戦闘姫……デルタを捕らえる任務があるって聞いたら、もう、動揺して大変だったのよ。無事についてくれてほっとしたみたい。いつもは裏方の仕事してもらっていたのに、今日は、張り切っちゃてる」


『イハーブ、どうした?』


「大丈夫。わたし。こんなに心配してもらって。なんだか幸せだなって思って」


『そうか


 よかったな』


 無愛想なゼクスマキナの言葉に、デルタはうんと頷いた。感じたことのない、ぽかぽかとした陽気にも似た気持ちが、胸の奥からゆっくりと体を満たしていく。




 そう言うことをしている間に、準備は整ったらしく、デルタは、前と同じように誘導されながら、試験管のような物の中に入る。スライムが、足元からじわじわと上がってくる。反応したように、デルタの体にリアクターが出現する。


『イハーブ、今日はどうする?』


「うん、なんだか、今日は訓練って気持ちじゃないよね。どうしようか?」


 スライムは、既に腰の位置を超えて、腹の位置にまで達しようとした。


『では、上演会というのはどうだ?』


「上演会?」


 ゼクスマキナの言葉に、デルタは首を傾げた。


『ああ、そうだ。イハーブの記憶を探っていたら、メアリの記憶が出てきた』


「お姉さまの?」


 昨日の誓いを、ゼクスマキナは聞いていたのだからそれは当たり前だろう。とはいっても、辛い記憶。


 でも、


「うん、ゼクスマキナ。お願い」


 肩を超えて、既に喉に達しつつあるスライムを飲み込みながら、デルタは、ゼクスマキナに頷いた。



 辛い記憶。3年間閉じ込められた記憶……それでも、見ておかないといけない。



『了解した。領域確保。デルタリーダーの記録について閲覧申請。許可。これより記録の再生を開始する』




 小さな子が見える。青い光を放つ接続部を体中に備えた子。あれは、自分だとデルタは気が付いた。しかし、声を出すこともできない。


『ここは、お前の記憶の閲覧領域だ。戦闘姫の共通機構だ。イハーブ、ここでは見ていることしかできない』


 ゼクスマキナの言葉をデルタは理解し、再び視線を移す。



「お嬢さん、一人かい?」

 

 その子は、官憲に質問を受けていた。かけられた言葉もわからず、なんと返せばいいのかわからなかった。ただ、後ろにある箱を持って行かないといけないという使命感だけが、その子を動かしていた。


「こんな子が一人で……」


 官憲が箱に手を伸ばし、目を見開いた。


「――これは、お前、これをどこで盗んだ?」


 今でこそ、言葉の意味が解る。でも、そんなことを言われているとは思っていなかった。箱に触れようとする官憲にその子は抵抗する。官憲の大きな手に殴られて、雪に転がる。首と手に縄が掛けられて、身動きが封じられる。それでも、その子は何かを叫んでいる。


 1週間の官憲での、勾留の後……その子は施設に送られた。


 そこでの、その子の扱いはひどいものだった。食事は、1日1回に限られて、その与えられる食事も、とても、10歳の育ちざかりには物足りない量だった。そして、折檻。その子はいつも泣いていたが、いつしか涙も枯れたように泣かなくなった。それを面白く思わなかった世話主は、食事の量を減らし始めた。1日1回だった食事は、2日1回、3日に1回になった。


 そして、その子は、年相応だと言われて、重労働をさせられていた。


 大きな荷物を引くときに目に飛び込んでくる、暖かい火の灯る部屋。テーブルについて団欒している人。その子は、うらやましさから、目を逸らした。


 ずっと、ずっと忘れていた。


『ずいぶんとひどい扱いだな』


「ドレスが取られたのは憶えていたんだけど……こんなこと憶えていないんだけど……」



 そんな日が、1か月も続いただろうか?不意にそんな日が終わる。


「メルファ様。こちらには何もいません。入られては困ります」


「あら、教区長。いつから私に意見できるほど偉くなったのかしら?それに、何もいない?そう言う言葉は、何かいますと言っているような物よ」


 いつものように疲れて寝ていると、ドアの前で言い争う声が聞こえた。その子は、ただ、うるさいなと思っただけだった。


 不意にドアが開いて、明かりがその子を照らした。


「教区長、これはどうしたことかしら?」


「いえ、名無しの子でしたので。それに、官憲の捜査を妨害したという罪状もありますし」


「官憲の捜査妨害?あれは、既に誤解によるものとして決着したはずでしょう?仮にこの子がそうだったとしても、ここは、罪人に罰をあたえるような場所ではないはずよ。ここはいつから刑務所に鞍替えしたのかしら?それに、根拠としては、こちらには、帝国法制局『愛の仔』保護に関する書状があります。愛の仔は知っていますよね。まさか知らないとは言わせませんよ」


 逆光だったから、分からなかったけど、怒っているのは確かだった。ぼうっと、その子は、上半身を起こして見ている。


「マリー」


「はい」


 その人が、短く名前を呼ぶと、姿を現したのは、あのマリーだった。



 でも、その姿は、記憶にあるマリーとは全然違う姿だった。



「ああ、何ということを。元聖女メルファ様。なぜそのようなものと行動を?」


「教区長。あなたが知る由などないわ。マリー。ちょっと野暮用ができたから席を外すわ。その子を頼むわ。メアリも待ってる」


 マリーが、すっと、頭を下げた。メルファが、教区長の襟首をつかみ、その子の前から消える。


 

 長い時間が過ぎたような気がした。その叫び声が聞こえなくなって、ようやくにマリーはその頭を上げた。その時には既によく知っているマリーだった。


「あなた、大丈夫?立てる?」


「あ……ああ」


 なんて言葉を出していいのかわからず、ただ、喘ぐように言葉を出して、その子は、差し出されたその手に縋りついた。冷たくて凍り付くようなその手でも、その子にとっては暖かく――縋りつくしかなかった。



『忘れたくなるような記憶だな』


 デルタは、そうだねと短くつぶやいた。目を逸らしたくなるような辛い記憶。でも、デルタにとっては、始めてみる記憶。まるで他人事のようだった。


 だが、その次に流れたシーンでデルタは驚きと困惑に、目を見開くことになる。



「はい、デルタ。今から何をするのか、メアリお姉さまに言ってみなさい」


「はい、メアリお姉さま。マリーとのお勉強が終わったので、これからデルタは、メアリお姉さまと遊びます。」


「よろしい。では、デルタ。今日は、かけっこですわ」


 記憶にもない。こんな記憶など。


 フォルフォード家の決して大きいとは言えない庭。そこは2人の遊び場だった。あれから、1年。デルタは、マリーの指導のもと、言葉を憶えた。そして、いろいろなことを教わった。でも、それよりも、


「はい!メアリお姉さま!今日こそは勝って見せます」


 そこには、見たこともないような輝く笑みを浮かべて、義理の姉と生活を楽しんでいるその子がいた。


『どういうことだ?』


 わからないよと、デルタは返した。そこには、あのいじわるな義母も、マリーもその成長の様子を楽しんでいるようだった。


 5回やったかけっこの内、3回はメアリの勝で、1回は引き分け。そして、


「勝ちました。わたし!お姉さま!!」


「デルタ早くなったね。えらいえらい」


 嬉しそうに、微笑むその子の頭をメアリが撫でて、抱きしめる。それをその子はとてもうれしそうに受け入れる。接続部から、空色の光がうっすらと出て、うれしさを全身で表しているようだった。


「メアリお姉さま、大好き」



「ふふ、二人ともお茶にしましょう。マリー」


「畏まりました。ご主人様」


 メルファが、その子に手招きする。メアリとその子は嬉しそうにそのもとに向かう。



 混乱する。大事なことを忘れている。何か……



 急に映像が飛ぶ。


 あの屋根裏の小さな部屋。忘れ去られたような日。その子は、ただぼうっと空を見る。



 不意に映像が途絶える。

 

『イハーブすまないがいまのところ、再生できる映像はここまでだ。残りはサルベージが完了したら続きを見せることにする』


「え、そうなんだ……わかった。ゼクスマキナ。ありがとう」


『気にするな。まもなく現実の認識に変更するぞ、準備はいいか?』


 デルタが、頷くと、研究室の光が、目に飛び込んできた。

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