幕間 ~特等客車にて~
『戦闘姫、輸送される』の5話と6話の間にあった出来事です。
食堂車を出たライトは、そのまま特等客車両へと足を進めていた。デルタのいる貴賓客車とは別に設けられたその車両には、帝都の活動に協力してくれている大倭の部隊が乗車していた。
「すいません、遅くなりました」
「いや、かまわない。忙しいのに、急に呼び出してすまないね。……あ、アメでも食べる?」
使節団の代表……コンセンサスを名乗る男性が、気さくそうに片手を上げた。入り口のドア近くの椅子に、ストレートと呼ばれる男性がかけていた。窓側には、まだ少年のあどけなさがありながらも、数々の闘いを潜り抜けてきたような表情のをした、精悍な顔立ちの青年が車窓から見える景色を興味深そうに眺めていた。たしか、女性が確か二人いたはずだが、その女性は別室に移動しているらしく、そこにはいなかった。
コンセンサスの笑みを見ながら、相変わらず食えない男だと、ライトは思い、コンセンサスの手元のアメを見る。てかてかと光るきれいな包み紙に包装されたそれは、外観から、中身を想像することもできない。
「いや、それは、結構。それで、ご用は何でしょうか?」
「いや、少し確認しておきたいと思ってね。ライト特務少佐。僕たちを食堂車に案内してもらうわけにはいかないだろうか?」
その言葉に、ライトは、眉をひそめた。
確かに、今日デルタが食べているアイスクリームとチョコレート、果物は、大倭の使節団よりもたらされたものだった。その感想を聞きたいという素直なところもあるだろうが、
「……食堂車に行って何を為さるつもりですか?」
「いや、大したことではない。少々、気になることがあってね。ところで、本日のご同伴している……ゲストは、ああ、帝国近くからお乗りでしたね。その賓客は、我々のもてなしを受けてもらえただろうか?ぜひとも感想が聞きたい……そう思ってね?」
ライトの顔から表情が消え、をにらみつけた。
本来の任務を逸脱した行為を、護衛対象より提唱されている。それもあるが、コンセンサスが、今日のこの列車に乗っているものの正体を知っているそう言う可能性が、ライトの中で生まれつつあった。
二人の間の温度が、一気に下がり、それが部屋の中全てに行き届いたようなそんな気がした。ほんの刹那にして、永く重い沈黙が、まるで部屋の主二人の間に訪れた、そんな気がした。ライトの凍てつかせるような眼光にひるまず、コンセンサスは、張り付いたような笑みを浮かべていた。
そこに、割って入ったのは、窓にいたはずの青年だった。コンセンサスの手に乗ったキャンディーに手を伸ばし、包装をさっと剥がして口の中に放り込んだ。次の瞬間には、がりゅごりという固いものが砕かれる音が口の中から聞こえてきた。
ライトは、その青年の動きに、心底驚いた。ライトには、窓から離れる動作も、近づく気配すらも全く感じることができなかった。驚きの表情を浮かべたライトの前で、青年は口の中で砕き切ったアメを嚥下し、驚いているライトの方へ向き直り、人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「緊張しすぎだよ。隊長の言うことは半分以上はったりで、残り半分は嘘で、残りは出任せなんだ。そんなに敵意を見せたら、隊長も怒るに決まっているだろう?」
「まあ、そうだけどさ……君さ、なにげにヒドくない?」
「だが、コンセンサス。相手を煽るのもほどほどにしておけ。わざわざ敵を作る必要もあるまい」
ストレートの声に、コンセンサスは、ふぅっと息を吐くと、興味を失ったように、ライトから離れた。
「全く、はいはい。相変わらず、デカは固いことで」
ストレートはその声に一瞬眉をひそめたようだったが、特に何事もなかったかのように、手帳に何かを書き込んでいた。
「……で、わたしを呼んだのは、いったい何用でですか?」
「ああ、それだが、乗っているのは——本当に帝立学園実験棟にいて、3か月前に失踪した実験体なのかい?」
ストレートの声に、ライトはほんのわずかに目を閉じ、目を開けた。その表情は、軍人のそれであり、そこからは、何の情報も読み取れないような冷たさがあった。
「機密事項だ。要件がそれだけならば、失礼する」
ライトは短くそう告げると、後ろを向き、車両を後にした。
「で、今の特務少佐だけど、本国では、本当は大佐の話をどう思う?」
コンセンサスが、笑顔のまま、虚空に向けて言葉をかける。
「あの人は嘘を言っているわね。ただ、どうやら、この列車にその実験体。情報が正しければ、戦闘姫というのが乗っているのは確かみたい。」
女性の声が聞こえたと思った瞬間に、そこに最初からいたように、ストレートの黒髪がよく似合う女性が姿を現す。
「何度見ても、その装備、便利だね。ボクも作ってもらおうかな?ねえ、ピアス博士」
ふんっと、ピアスは、その提案を態度だけでけ拒否する。
「相変わらず硬いね。想い人がそんなに大事かい?」
「ああ、もう、隊長止めてくださいよ。つら……ピアス博士も、そんなに怒らないでよ」
「ああ、レッドわかっているわよ。こいつに怒っても無駄だと知っているもの。怒ってなんかいないわ。ただ、うかつな坊やには本当に、ムカつくわね。」
「そうだよ。そう言うところピアス博士の好きなところで、レッド。――君のダメダメなところじゃないか」
レッドが、軽率な発言を取られて、2人の間でしょぼんと項垂れたところで、ストレートが、ようやくに手帳から顔を上げた。
「で?どうする?その戦闘姫とやらに接触するのか?」
「そうだね――心配性のルーキーの暴発を防ぐためにも、接触は必要だろうね。あと、可及的速やかに、ルーキーに伝えてあげることだね。」
「その役目は私がやらせてもらうわ。あなたたちじゃ、目立って仕方がないもの」
ピアスの言葉に、その場にいた全員が、まあ仕方ないかといった表情を浮かべて、肩をすくめた。
「ストレート!カッカに連絡着いたよ。……あれ、何この空気」
隣の部屋から、少女といってもいい、人懐っこい笑みを浮かべた小柄な女性が姿を現した。
「って、ストレート、何か指示していたのか?」
「うん?ぼくは、ストレートの相方だよ。そこからへんの話はきちんと理解はしておくことにしているんだよ」
「で、ファインゼー。閣下は何と言っている?」
全員が、ファインゼーの発言に注目した。
「カッカっていうか、リッチマンが言うには、オフトリと万が一のことを考えて、ロイヤルガード?派遣をチェアマンが決めたって。だから、帰りは安心してほしいって」
その言葉に、コンセンサスを除く全員が驚き、コンセンサスの方に視線を向けた。その言葉を聞いた、コンセンサスは、ただ、退屈そうに欠伸をすると、くるっと視線から背を向けると、ドアに向かい歩き始めた。
「どこに行くんだ?コンセンサス」
「ああ、ちょっと用足しにね。ついてくるかい?」
コンセンサスの、その言葉を全員が、額面通りには取ってはいないだろうが、制止する者はいなかった。
「ああ、さすが。さすが――だよ。ダーリン」
小さく憎々し気に放った声に気が付くものは当然にいなかった。




