戦闘姫、輸送される 6
『デルタ……デルタリーダー。各員配置についた。敵軍は、我らの行動を撤退と判断した模様。追撃部隊はなし』
「ええ、やるのね。我ら戦闘姫の名の通り、――に闘いを挑む。間違いなく……躊躇なく。残酷に、そして無慈悲に。」
『そうだ、そうだ。やるんだ』
「デルタリーダーより各分隊長に通達。……空を見ろ……そして、……自らの内に――を見ろ。
さあ、貴女諸氏……始めましょう!私たちのために!!ゼウスマキナ……。――解凍開始!」
『了解した。オペレーション解凍開始』
上空には、太陽を中心に黒い影が、規則正しく回っている。それが、何をもたらすのか……わたしは知っている。
「ぐへへ、みろ、敵がごーみんのようだ。うへぁ~……おひ~る!」
『イハーブ!イハーブ?』
「……あれ?ゼクスマキナ?」
貴賓車両のベッドは柔らかくて、なかなか寝付けなかった。でも、ゼクスマキナと今日のことを話しをしているうちに寝付いてしまっていた。が、やはり慣れていない枕にゴロゴロと寝返りをうっている間に、ベッドから落ちてしまったらしい。しかし、落ちた先もふかふかの絨毯。特にけがもなかったが、デルタは、ぼうっと、上半身だけを起こした。今は列車は止まっているらしく、カーテンの隙間から月が顔をのぞかせていた。
『ずいぶんと興奮状態にあったが、一体何の夢を見ていたのだ?』
その言葉に、デルタは、首を傾げた。夢の内容がさっぱり出てこない。はっきりとわかるのは、空が出てくる夢だということ。
「空を飛んでいる夢を見ていたと思う」
『落とされたばかりだというのに、呑気なものだな。
だが、その事でダメージを受けていないようだ。そこは安心した』
呆れたようなゼクスマキナの言葉の中に、やさしさを感じ、デルタはうんと頷く。
「みんな寝ているかな?」
『どうする、確認するか?』
「確認って……あ、そうか」
そうデルタが口走った瞬間だった。デルタの視界が、サーマルビジョンに変更される。さすがに、すべての車両をとはいかなかかったが、多くの場所が映し出される。列車の周りは、時折、おそらく見回りの人員が散発的に通り過ぎるだけで、今のところ、デルタの見える範囲には活動的に起きている人間はいないように見えた。
「起きている人はいないね。時間も……まだ午前2時。少し目がさえちゃったけど……もう少し寝ようかな」
『そうだな。まだ早いだろう。デルタには、睡眠が必要だろう……
デルタ注意しろ』
「どうしたの、ゼクスマキナ」
『進行方向10時の方向。歩哨の後ろだ』
デルタは、訝し気に思いながらもその方向に目を向ける。……そこにあったのはさらにデルタを混乱させるものだった。
「ねえ、ゼクスマキナ。この国の人って、ああいうふうに警備しているの?」
『そんなわけはあるまい』
ゼクスマキナの言葉にそうだよねとつぶやき、デルタは、その状況を観察していた。
歩哨の後ろにぴったりとくっつくように移動している影。体温から人間であることは明らかなのだろうが、歩哨は、それが後ろにいることに、なぜ気が付かないのか……そのことを考えていると、後ろにいたそれは、不意に飛び上がる。歩哨は最後までそれに気が付かずに、当初の警戒範囲に戻っていた。それは、それを確認し、この列車上部へ移動した。そのままにまっすぐにこちらを目指してくる。
「この上?」
『そうらしい。どうする?』
「どうするって言っても……戦闘姫にはなれないし……抵抗はできそうにないし」
それは、天井を走って移動しているようだった。デルタは、怯えたように、ただ床に座り込んでいることしかできなかった。
やがて、それは、デルタの客車の天井に張り付き、ゆっくりとデルタの部屋に向かってきていた。デルタは慌てて絨毯に寝転がった。
そして、窓から注ぎ込む月の明かりが完全に消えた。何かが、部屋の中を見ている。その事実だけで、デルタは泣きそうな表情を浮かべていたが、
こんこん
窓が叩かれた。
『反応するなイハーブ』
デルタは、そっと頷いた。が、それが悪かったらしい。
相手は、デルタが起きていると悟ったらしく、窓を開けることにしたようだった。
カチカチ……カチャ。キュィィィン。カチャカチャ。
窓から小さな異音聞こえてきた。その音と、デルタの歯がカチカチなっていた。やがて、シュっと窓が上がる音が聞こえ、カーテンを閉じる音がして……部屋の中に誰かが入ってきた気配があった。
「起きていますか?」
その声色は意外にも優しい女性の声だった。デルタは、もう、隠し立てができないと感じ、わずかに頷いた。
「あなたは、3か月前に失踪した、帝立学園実験棟の実験体デルタ……で間違いないですか?」
世間体的には、そう言われているのだ。そのことに、デルタは、今更のように気が付いた。
「……信じてもらえないかもしれませんが、私はあなたに敵対する意思はありません。再度確認します。あなたは、帝立学園実験棟の実験体……戦闘姫デルタですか?」
「何で知っているんですか?」
つい声が出てしまい、デルタはしまったと思ったが、聞こえたのは、相手が微笑みを浮かべていると推測される声だけだった。
『ずいぶんと秘密が漏れてしまっているのようだな』
「失礼しましたわ。デルタ。そのことについては、お答えできません。が、」
『秘密主義というわけか。まあ当然のことといえば当然のことか』
ゼクスマキナが、勝手に納得したような言葉を出した。
「レディスパーダ。デルタは、この言葉に聞き覚えがあるでしょう?」
「!」
声にならない衝撃が、デルタを襲ったが、隠すことができるようなことではないと察した。
ふとその侵入者を見ると、きっと次の言葉を待っていると感じて、デルタは、ただその言葉にうんと頷く。
侵入者の、ほっという息を吐く音が聞こえた。ここで、デルタは気が付いた。本当ならばきっとのこの人は、こんなに大きなリアクションを取る必要もない。でも、こんなことをするのは……わざわざわたしを安心させようとしてそう思ってわずかにうんと呟いた。
デルタは、再び体を起こした。そして、振り返り、その人を観ようとしたが、月の逆光になって顔を見ることはできなかった。ただ、夜の闇より黒い長い髪と、顔の輪郭が見える。そこから察するに、きっときれいな人なのだろうと思う。
「あの、あなたは、レディスパーダさんの知り合いなのですか?」
それに対して、その女性は、静かに頷き、
「ええ、帝都で行動を共にしているわ。レディスパーダ……あの子は、あなたのことを本当に心配していたの。でも、無事でよかった」
声から安堵が伝わってくる。デルタも、それにつられて、ほっとした表情を浮かべた。
「あの、お願いがあるんです。助けてもらってありがとうございましたって、まだお礼も言っていないから。伝えてください」
「ええ、必ずレディスパーダには、伝えておくわ。きっと喜んでくれる」
そう言うと、その女性は、後ろを向き、窓の方へ歩いていく。ほんのわずかな間、その全身があらわになる。その身には、黒を基調とした、ぴったりとしたボディスーツを纏っていた。
「あ、ごめんだけど、開けるのは得意だけど、閉めるのは苦手なの。鍵は、自分で閉めておいてもらえないかしら?」
それが、最後にデルタの耳に残った言葉だった。ほんの瞬きをする間もなく、その女性は、部屋の中からいなくなっていた。目の前には、確かにそれがいたことがわかる開いた窓だけが残されていた。
『いったい何をしに来たのだ?』
「さあ?……ふぁあ~。あれ?おかしいな」
デルタは大きな欠伸をすると、ぐっと体を伸ばした。
『緊張がほぐれたようだな』
「うん、もう少し寝るよ」
デルタは、窓に手をかけて、それを閉じ、カーテンを閉ざし、ベッドに転がった。目を閉じるとすぐに眠気がやってきたらしく、穏やかに、ほんのわずかにやかましく、寝付いてしまった。
『不確定事項は多いが、今後のデルタの整備並びに拡張性の方向は定まったな。これから、忙しくなりそうだ』
そのゼクスマキナの言葉は、再び夢の空に飛び出していったデルタには届かなかった。




