戦闘姫、平穏な生活に浸る 2
吸い込まれそうな空の青のなか、橙色の閃光が奔っる。デルタは、空の下で、ゼクスマキナの指導の下で、マニューバーの練習を続けていた。いま、練習しているのは、基礎となる通常マニューバーだった。
『右バレルロール』
「了解!」
デルタは、ゼクスマキナの指示のままに、バレルロールを行う。ゼクスマキナからは、戦闘訓練を免除される代わりに、戦闘機動については、事細かくレクチャーをされている。今のは、無線兵器の無力化のプロトコル。フレア、ジャマー――そして、バレルロール。一連の流れは、デルタの中で確かに血肉になりつつあった。
『ずいぶんと うまくなったな』
「えへへ。ありがとう。ゼクスマキナ。ええとじゃあ、私からの提言。さっきのループ。またやってもいい?」
『デルタリーダー その項目は先ほど履修したばかりだろう』
「えー、だって!さっきから、小さく、くるくるって回ってばかりだもの。それに、十分に訓練時間は過ぎてます。オレンジは、非武装のドレスだから。そう言う戦闘向きのマニューバーは、違うドレスの時にやってみたいなっておもうんだけど」
デルタの言う通り、この”小橙の芽”完全非武装の訓練機だった。そのため、機銃はおろか、いかなる防御兵装すら搭載していないし、それを搭載できる箇所もない。それだからこそ、戦闘訓練から逃げる口実になっていると、デルタもわかっていた。
『では デルタリーダー 訓練飛行はここでおしまいだ 許可する 空で目を回すまでフリーフライトをしたまえ』
しばしの沈黙の後、折れたのは、ゼクスマキナの方だった。デルタは、やったーと喜ぶと、一気に上昇から、方向を変えて下降すると、そこには、橙色のきれいな真円が現れていた。
『イハーブ、最近飛んでいる時間がかなり伸びている。対象に察知される可能性がある』
「え?でも、ゼクスマキナ言ったじゃない。お前はこの世界最後の戦闘姫だって。だから、察知されたとしても、すぐに逃げればいいだけだよ。きっと心配しすぎだよ」
『そうだなそれは間違いない 後半については、いかなる時も警戒行動も怠ってはいけいない そう教えたはずだが』
そんなデルタは、水平に移動していた空の上で、軽めに空中で特殊マニューバーのブレーキングを行う。デルタの体は、慣性を残したまま、速度を、ほんの一瞬で半分ほどにうしなう。そのまま、気流に乗り、くるくると回りながら横滑りを始める。
『イハーブ あまり エネルギーの無駄遣いをするな』
「だって、ゼクスマキナが特殊マニューバーを、なかなか、教えてくれないんだもん」
デルタは、そう言うと、くるくると回りながら、空にうつぶせで寝っ転がるようにすると、上体をわずかに起こし、ヴェールの顎の部分に両手を添えた。
今のところ、デルタが習った特殊マニューバーと呼ばれる大技は、ブレーキングとクイックターンの二つだけだった。ブレーキングは、即座に任意の速度に切り替えることができ、慣性についても残すことも完全に停止することもできる大技で、それに対して、クイックターンは、その機動の軸を任意の方向に切り替えることができる大技である。
しかし、その本来あり得ない挙動である特殊マニューバーを行う際には、ドレスの変形を行わないといけない場合があり、それが大きければ大きいほどドレスに貯蔵されているデルタの魔力を消耗してしまうのが弱点だった。
通常マニューバーの練習用として作られている小橙の芽は、ドレスに補給されているエネルギー量はが特に低く、その量は、最初に着た”白銀の銃”のおよそ、半分ほどだとデルタは習っていた。
もっとも、今のところ、それで苦労したことはなかったが。
『言っただろう 何処で何をされているのかなどわかりようもないのだ 少し待てばいい』
「ちぇ、了解。デルタリーダーはコモンライドを履修します。オーバー」
それから、しばらくの間、デルタは、この一週間で最後の快晴の空を満喫していた。それは、どこまでも広く、どこまでも澄み渡っている。その青空の下にオレンジの一線を刻むのが楽しかった。
『デルタ そろそろ時間だ』
不意に浮かんだ文字を読み、デルタは、ふうっと息を吐いた。朝の8時くらいから飛び始めたが、時計はすでに正午をさそうとしていた。まだ、物足りなさはあったものの、確かに、おなかは空いているのかもしれない。
「わかったわ。ゼクスマキナ。本当に、楽しい時間ってすぎるのは、あっという間。じゃあ、ゼクスマキナ、ポイントへの誘導をお願い。あと、飛行プランの提示も」
『デルタリーダー 了承した』
デルタは、ゼクスマキナから示された飛行プランに沿って、家路を急ぐことにした。
「戦闘姫を確認。訓練飛行を終えて、どうやら、元の場所に戻ろうとしているようです」
それを聞いていた女性士官は、ふぅっと息を吐く。着々と、その後方では、戦闘姫の歓迎の準備が進んでいた。個性の違う対空攻撃兵装を2種、さらに特等席を用意して、主賓を出迎えようと皆が、手ぐすねを引いていた。
「家屋内の探索完了しました」
「よし、話せ」
その間に、戦闘姫の居住である小屋の探索が行われていた。それを終えたのであろう、まだ若い声の兵士が、隊長の前で敬礼を行った。
「はっ!後ほど押収した物品は確認いただきました。現状においては、特筆すべき点はなし。生活拠点以上のものではないようです」
「従者がいた形跡があるか?」
「いえ、ございませんでした。」
ふむっと、隊長は、一瞬思案するようなそぶりを見せたが、それに気が付いたのは傍にいた女性士官だけだった。
「わかった。ご苦労だったな、続けてですまんが、工兵たちのサポートに入ってくれ。彼らが、今回の作戦のかなめだ」
「はっ」
兵士は、直立の姿勢を取り、敬礼を行う。それに対して、隊長は返礼で応えた。
「さて、これはどういうことかわかるか?」
かすかに、
「……確かに由々しき事態です。先程は、疑うような真似を行い失礼をいたしました」
「いや、いい。しかし、帝国内で、戦闘姫をか……この作戦の後に本国に進言せねばな」
思考を取りやめて、隊長は、フードの上からぼりぼりと頭を書いた。
「何か気になる点でもありましたか?」
「帝都には、元帥掌中の部隊が侵入しているはずだ。それが、これを見落としたとは考えにくくてな」
「あちらにも何らかの考えがあったということでは?」
その時だった。
「戦闘姫。軌道に乗りました。隊長、指示をお願いします」
思考を切り、任務に集中することにした。対象は戦闘姫。人数、装備に不足などあるはずもない。
「まあ、それは、後にしよう。パーティの始まりだ。祝福の花火を上げろ。彼女たちの帰還のな!!」
目線のはるか先、橙色の光が近づいてくる。その後方から、白い煙が大空に向かい放たれた。それは、まるで猟犬が獲物を見つけて、舌なめずりをするように、一瞬止まると、その獲物を、今度こそ見失うまいと追いかけ始めた。




