戦闘姫、平穏な生活に浸る 1
「う~ん、今日もいい天気!」
デルタは、午前中の簡単な家事を終わらせると、大きく伸びをした。
帝都を出て、国境沿いの森の中の細いわき道を、馬車で走ること丸1日。そこには、深い森があり、帝国と魔属領と呼ばれる国との境がその森の中に広がっている。その国境を表す小さな川沿いの道をしばらく走り、そして、川を渡ったほんのわずか先に、広い庭を持つ、小さな家があった。そこでデルタは暮らしていた。
「ここはね、わたしと、ライトの別荘なの。当面の間は、ここで生活してもらえないかしら?」
そうアリアから言われて、その厚意にデルタは甘えることにした。当面という言葉の通り、もうすでにそこに居を移してから、3か月が経過しようとしてた。ただ、今のところ、他に移されるような気配もなく、月に1回程度、アリアやライトが会いに来てくれる。それと、週一回のペースで、食料品などが届けられていた。最初のころ、さすがに警戒していたデルタも、心配がないように途切れなく訪れてくれて、経過観察をしてくれる2人。そして届けられる、おいしい食べ物にすっかりと警戒を解いて、今では、すっかり平穏になじんでいた。
「ねえ、ゼクスマキナ?今日の天候を教えて」
『イハーブ、また飛ぶつもりか?今日は、快晴。夕刻まで、天候の崩れ無し。ほぼ無風』
「いい天気だね……でもさ、明日から天気が崩れるんだよね?」
『ああ、そうだ』
「じゃあ、今日の内に飛んでおかないと。ええとさ、でも、ちゃんと訓練はするよ。明日、天候が荒れるから、荒天時の離陸訓練と安定飛行訓練とかちゃんとするよ。だからさ」
『……了解した。デルタリーダー。格納庫を起動する』
「いいの?ありがとう。デルタリーダー、了解」
それこそ、最初のころは、夜に細々と飛んでいたものが、だんだんと大胆になり、この1か月間は、白昼堂々と空を飛ぶことが増えてきた。そのことに、ゼクスマキナからは、苦言を呈されることもあったが、最終的にはデルタが押し切り、新しいドレスに慣れる訓練の一環ということで、その飛行許可を勝ち取ることが多くなっていた。
ゼクスマキナのその言葉が、目に浮かんだのと同時に、牧歌的で、木漏れ日の差し込む穏やかな森の光景はデルタの瞳から消え去り、そこには、白一色の空間が現れていた。そこにはデルタを囲むように、ドレスが鎮座していた。
”白銀の銃”空戦戦闘に特化し多数の武装を装備できるドレス。最初に作られたが、デルタが、なかなか戦闘訓練を受けようとしないので、最近は着ていなかった。
”新緑の籠”容積に関係なく、重さ10トンまでなら、持ち運べる、運送に特化したドレス。半面武装が最も少なく、速度もそこまで出ない。ドレスだった。
”黒曜の翼”速度に特化したドレス。武装はあまりないが、とにかく速度と飛行制御に長けて、まさしく空を自由にを駆けることができた。その反面制御が難しいので、練習が必要だと気が付いたデルタが、ゼクスマキナに頼み作ってもらったのが、
”小橙の芽”練習用のドレス。出力、速度共に物足りなく、非武装、拡張機能も全くないが、自由度が高く、いろいろなマニューバーを試すことができた。デルタは、オレンジと呼んでいて、今はとても気に入っていた。
それぞれのドレスは、何にも支えられていないのに、直立を保っているように見えた。
「今日も、オレンジで」
『了解した。デルタリーダー』
目の前に、すぅっとまるで滑るように、小さな枠に囲まれた、小橙の芽が進み出てくる。白銀の銃よりも、一回り程度小柄で、スカートもかなり小さい。が、肩の部分はまるで、いかり肩のように盛り上がっていた。それが、すこし異形さを出してこそいたものの大きな役割を果たしてくれていると説明されていた。
加速度はさすがに物足りないものの、コントロール性能は白銀の銃と大違い。その正に空を自由に翔ぶことができる。その感覚。それがデルタを虜にするのにさして時間はかからなかった。
『ハンガーアウトする。デルタリーダー側で搭乗を』
「デルタリーダー、了解」
ガコッ
”小橙の芽”を囲んでいた、小さな枠が外されると、小橙の芽は、まるでデルタの前に膝まづくように、自然と着地した。
デルタは、全身のリアクターを解放し、体の中のエンジンに連動させる。デルタの体の各部にリアクターが発現し、そのリアクター間で、一時的にラインが結ばれてそれが何事もなかったかのように消える。最初のころは、皮下を魔力が物理的に這いずり回るような不快な感触に慣れない想いをしていたデルタだったが、次第に、空を飛ぶための儀式のような物だと、半分諦めと、これを超えたら空が飛べるという期待でそれを乗り越えるようにした。
「デルタリーダー、装着ドレス”小橙の芽” エントリー」
デルタが、小橙の芽に触れると、そのドレスが、デルタを包み込む。デルタの顔に自然と笑みが浮かんだ。
「出撃シーケンス。開始」
デルタは、目の前で、様々なシステムが、起動してくのがわかった。火器管制や、索敵機能がオミットされてシンプルにまとまっている。ただ、その分駆動系。特に、その中でもドレスの機動制御系のシステムは、練習用のドレスとしては、目を見張るほどの高い性能をがある。そうゼクスマキナからは、教えられていた。数字が憶えられるほどデルタは賢くはないけど、その感覚は、ただ一度だけで体験で自らのお気に入りと言えるほどに感覚でわかっていた。起動シーケンスが滞りなく進み、やがて、ドレスから一瞬蒼い光が迸る。それ時を同じくして、デルタの体がふわっとわずかに浮びあがった。
『さすがに、もう慣れたものだな』
「そう?なんだか楽しくて」
『そうだな イハーブの言うことだ 否定する要素などあるはずもない さて デルタリーダー最終確認』
「各システム、グリーン。ドレスコンディション、グリーン。デルタコンディション。グリーン。オールグリーン」
『カウント10後、現実空間帰還する。カウント開始 10,9、8』
デルタは、大きく息を吸った。いつものように、飛ぶだけだ。誰にも迷惑をかけていないし。それに、戦闘姫が私だけならば、きっと、わたしを邪魔する人なんていないだろう。
『5、4,3』
きっと、こんな平穏が、続いてくれる。ゼクスマキナが、ちゃんと戦闘訓練をしろって言うけど、それよりも飛んでいたい。
『1、0』
空間が揺らぎ、元の家の庭にオレンジのドレスを身に纏い、同じ色のヴェールに顔を隠したデルタが現れる。
「デルタリーダー、出撃します」
その一言に、ドレスが反応し、オレンジのドレスの各部から一瞬だけ蒼い蒼い空色の光があふれ、それが内部に収縮する。それの瞬間を待ちわびていたかのように、その体は、まるで空に向かって落ちていくように、オレンジの光跡をわずかに、そして微かに残して飛び去っていく。
デルタの、晴れた朝の散歩のような日課。今日もそのはずだった。
「出撃を確認しました。戦闘姫です」
椅子に掛けている男の下に、フードとマスクで顔を隠した小柄な女性士官がやってきてそう告げる。それを聞いたその男は、感慨深げにゆっくりと目を開けて立ち上がった。
「そうか……あの厄災が戻ってきたのか」
誰かに言うようではなく、ただ、そう呟くと、天幕から出ていく。その反応は、予想外だったのか、慌てて、その後を女性士官が追いかける。
「待ってください、本営からは、様子を見るようにと伝えられています」
「そうか。様子をか」
男が進む先で、同じような服装をした者たちが、作業の手を止めて、立ち上がり敬礼をする。男はそれに返礼しながら、先へと進んで行く。
「准尉、質問だ。」
順位と呼ばれた女性士官は立ち止まり、その男の次の言葉を待つ。
「様子を見るという言葉には、いくつかの意味がある。どういう意味があるかわかるか?」
「意味でありますか?観察しろということでしょうか?」
「ふむ、30点だ」
非常に低い点数に、一瞬むっとした表情を浮かべた女性士官を見て男は、くっくっくっと楽しそうに笑った。
「いや失礼。貴殿の回答は一応あっている。侮蔑したわけではない。だが、それは、対象が脅威でない場合だ」
男は楽しそうに、ゆっくりと、その場所に歩いていく。
「相手を自由にさせてその動向と様子を見る。君のその考えは正しい。実に正しいのだ。だが、相手が脅威だとわかったのならば、相手を無力化して、その上で様子を見る。
対象は、どれほどの脅威になるものか?
対象を救出する仲間はいるのか?
総合的に見て、対象は本当に無力化を行わないといけないような物か?そのすべての様子を見る」
「相手は、今のところこちらに敵対する意思もないと思われます。脅威とは、買いかぶりすぎでは?」
「そうだな。だが、それは、お前の感想だ。そのことは、お前が部隊を指揮するようになったその時に、また考えると良い。だが、貴官が今いるのは、俺の部隊だ。ここでは、俺の考えに従ってもらおう」
男と女性士官の前に、人一人くらいなら、中で拘束できるほどの、大きく頑丈な箱が用意され、その横には、不思議な形をした金属の筒があった。
「こいつらは、あとで必要になるが、まずはこいつだ」
その箱の手前。そこには4つの箱が存在していた。それは、大きさこそわずかに違うものの、ほとんど同じ大きさの平たい箱。厳重に念入りに隠され秘されたそれは、出番を待っているかのように静かに鎮座していた。
大事そうに男は、そのうち1つに掛けられていた、擬装用のカバーを外す。
”高高度高速機迎撃用攻撃魔導兵装”
頑丈そうな箱の蓋には、赤い文字で、そのように書かれていた。
「無法者の化け物に最初に噛みつくのは、忠篤い猟犬と決まっている。少なくとも我らの物語ではな」
深い笑みが漏れる。それをまるで合図としたように、部隊はデルタの家に突入を開始した。




