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ある一夜の出来事 ~第2章プロローグ~

『我との契約者 デルタにクエストを与える  それは『女王の玉座』探索のクエストだ』


 ようやく、話してくれた契約の条件。その言葉を見たときにデルタの心中に現れたのは、素直な驚きだった。


「『女王の玉座』の探索?それが……使命?」


『どうした?何を驚いている?』


 デルタは、その示された使命に言葉を失ってしまったのではないかと思うほどの衝撃を受けた。その名前は、……


「あのね、信じてもらえないかもしれないんだけど……」


『われは、デルタが言うことならば、なんでも信じよう。』


 ごくっと、唾をのむ音がそこに響いた。安全のためといわれて、3日前から、デルタは、アリアに物置のようなさびれた場所に閉じ込められていた。でも、不思議と不安を感じることはなかった。が、退屈は隠すことができなかった。できることならば、早く空を飛びたいと、デルタは思っていたが、



 それをアリアに知られるのが怖かった。



 デルタは、その悶々とした思いで、部屋に閉じこもっていた。しかし、そこで役に立ったのが、ゼクスマキナだった。ゼクスマキナは以前までの、まるで言いよどむような言い回しではなく、デルタにわかりやすいようにかみ砕いて様々なことを説明してくれていた。


 そして、今日。デルタの戦闘姫としての再調整が完了したとゼクスマキナからいわれた。デルタは、簡素な晩御飯を食べた後で、日課になった就寝前のゼクスマキナと会話をしていた。


「その言葉、ゼクスマキナと会う前に実は聞いていて……笑わないでね」


『デルタ。我が笑うとでも思っているのか?』


「そんなこと思ってないよ。でもね、あの時確かに見たの」



 デルタの口から語られる、淡々とした単語の羅列。まるで、ゼクスマキナの見せてくれた領域にも似た白い空間で出会った、女性。そこから語られた断片的な言葉。戦闘姫、探索、女王の玉座、世界に一人。



 それを聞いたゼクスマキナはデルタにばれないように、一人思案した。デルタが見た光景を作り出したのは、一体何なのか、そして、戦闘姫の機構にすら干渉するものはいったい何者なのか?

 それには、大きな力が動いているように感じた。今のゼクスマキナ自体も知りえることができないこと、起きている可能性が高いと感じた。


(自らが反したものだとは言え……こんな時に本部と連絡が付けば)


 始めて、ゼクスマキナから、弱音のような物が零れ落ちた。だが、それを、今の主(デルタ)に知られるわけにはいかなかった。再び、ゼクスマキナは、デルタの状況を観察する。明らかな緊張が見える。こんな状況の素体を、ゼクスマキナは、見たこともなかった。


 このまま、デルタは何も知らないまま生きて行く。自分は何も教えず、デルタにはこの世界の空を駆けてほしい。この危機はいつか終わる。そう信じて何もしない。


 それがどんなに贅沢な事か、ゼクスマキナは、知っている。そして、それが叶うことのない絵空事だということも。


 だからこそだ。自らにできることをしよう。


 自分にできることは……戦闘姫の補佐(サポート)だけだ。


 そこまで思案した、ゼクスマキナは、提案することにした。


『主(デルタ)、提案がある』


「え?なに?」


『主(デルタ)は、空を。



 空を飛びたいと思うか。何にも縛られずに、何にも憚られる(はばかられる)ことなく』


 ふいに掛けられた、その問いかけの意味を、デルタは考えているようだった。


「……ゼクスマキナが言っていることが、わかんないけど……きっと、空を自由に跳びたい。そう思ってる。わたしが、どう飛びたいかは、今は分からないけど……きっと、わたしは、空が飛びたいと思っていたんだ。そうだよね?ゼクスマキナ!」


『そうだな。デルタ。


 よし。これからは、お前用のドレスをいくつか作ってやろう。その中には、きっとお前の、気に入るものもあるはずだ』


 デルタは、不意に提示された、その提案に一瞬面食らったものの、その事は、とても魅力的に感じた。でも、理由はわからないけど、そんな風に感じる自分が嫌いだった。


「ゼクスマキナ。私のことは、イハーブって呼んで。なんだか、あなたの言葉の先には、別のデルタがいるように感じるの」


『そう思うのか?』


 デルタは、そっと頷いた。


『了解した  ただ 空を飛ぶときには コールサインである デルタリーダーと呼ぶ』


「それは、仕方ないんだよね?」


『そう言うルールだ  イハーブ』


 それならばしかたないと思ったデルタは、特にそれ以上は聞くこともせずに、その会話は終わった。


 その後は、特にやることもないので、読書をすることにした。アリアさんが持ってきてくれたのは、最近の新聞と、週刊誌の類だった。新聞は、帝国発行の新聞だったが、雑誌は、そうではなかった。


『ずいぶんと変わった本だな?』


「そうだね。ええと、月刊ネオワールドと、月刊 NOA、後は、なんだろうこれ?」


 ネオワールドは、現在の様々な国の政治情勢がかかれていた。また、その国の観光地が詳細に描かれていたが、その絵画は、デルタが今まで見てきた如何なる技法とも合致しないものだった。ただ、それをゼクスマキナは、瞬時に見抜いた。


『写真だ  しかも 高規格の光学的射影技術を介しそれを保存  現像したものだ  ばかな  ここまでの技術があるとは想定していない』


「写真?」


『簡単に言えば 絵を描くのではなく 描いた絵を 光の性質を利用して 特殊な方法で写し取ったものだ  ただ ここまで精巧なものは見たこともない』


 ゼクスマキナの言葉に、わたしは、再びその記事に目を落した。じっとその写真を見る。ふと気が付く。


『なにか 気になることがあるのか?』


「うん……。ゼクスマキナ、ここ」


 デルタは、その写真の一角を指さす。そこには、かすかに、黒い点が付いているようだった。


『何か気になるのか?』


「ここに何かいる様な気がするのだけど」


 そう言うが早いか、デルタの頭は、戦闘姫のヴェールに包まれていた。ほんのわずかに驚いたデルタだったが、誰もいないことを再度確認して、ほっと胸を撫でおろす。


「ゼクスマキナ、あまり驚かさないでよ。これが、再調整ってことなの?」


『そうだ  驚かせて すまなかった  視覚の機能強化を行うことができない部分はドレスの機能で補ってもらうことになる  一応 監視されていないことが 確認できたている  だからこそ 今試験運用を行った』


「これって、パーツ毎に装着が可能っていうこと?腕だけとか足だけとかもできるの?」


『その意見は肯定する』


「今後は、勝手に装着する前に、私の意見も聞いてね。じゃあ、ゼクスマキナ、わたしは、この部分を詳しく見て見たい。この部分を拡大、精密加工して」


『了解した。デルタリーダー』


 デルタは、今はイハーブでしょ。と、抗議の声を上げようかと一瞬迷ったが、あまり意味がなさそうだったので、黙っておくことにした。


『デルタリーダー何かあったか?』


「何でもないわ。解析を始めて」


 その画像が大きくなっていく。それが大きくなっていくにしたがって、疑問が解消されると思っていたデルタは、さらに深い疑問にさらされることになった。


「ねえ、ゼクスマキナ、これって何?」


『対象がライブラリに存在しない  これと合致する物体の登録は我にはない  なんだこれは』


 そこに移っていたものは、平たい金属の鳥のようにも見えた。それが、今にも雲に消えようとしているその一瞬が映されていた。


「ええと、類似品検索。対象 飛行物体」


『了解した』


 だが、ゼクスマキナのライブラリにもそんなものは存在していなかった。


『見つからないな  すまない  デルタリーダー』


 その間も、映像には、精巧化と拡大を行い、その姿が明らかにはなったが、その正体は、全くわかることがなかった。


「となると、ここくらいから、正体が付き詰められそうなのは」


 デルタの指さした先には、おそらくその所属を指し示すマーキングがされていた。13本の白と赤の線。そして、左上の青地にたくさんの星が描かれた、おそらく何らかの紋章と思われるもの。


『残念だが、デルタリーダー。その意匠に関するデータもない』


 本当に、すまなさそうに、ゼクスマキナが謝る。それを、デルタは、「ううん」と、首を振りながら、嬉しそうに、微笑んだ。


『私は、私は憧れているんです』

『その感情はいつか破綻する。君がそれ見まみえることを私は許了しない。それは君にとっての……君たちの目的にとっては重石になる。私はそれを拒絶する。』

『なぜなのです。あなたに近づきたいのならば。あなたのみ姿に似せる、それはあなたが愛し慈しんでいるかの者たちの御姿にも似せることなのです。

 わたしたちにはこれくらいしかできることがないのですから』

『そうあればなし。……貴公らは遠回りでいいのだ。遠回りでいい。遠回りに、地に浮くよりゆっくりと……我は忌避する。貴女らが我らに似することを。我らにあくありたしと望みしことを』


 不意に思い出した、記憶にない記録。

 不明瞭な画面と、確を欠くその言葉。

 それが何なのか、デルタは知る由もなく、何故に、その記憶が存在するのかも知りようなどない。

 ただ、それは、胸が痛くなる。その感情。それをデルタはあえて無視することにした。だって、同じくするものが、この世界に存在している。

 その事が、ただ、うれしくてうれしくてたまらないのだ。嬉しさに理由なんていらない。それを知っていたから。

「きっと、他の戦闘姫だよ。ああ、早く会ってみたいな!」


『恐ろしいほど、ポジティブだが、その思考は賛成だ』


 デルタは、ゼクスマキナに呼び掛けて、ヴェールを脱ぐと、次の雑誌を見た。しかし、その中身は学術的なもので、ほとんどの文を読むことはできかったが……。


「ねえ、ゼクスマキナ、この写真すごいね!!」


 そこには、帝都の航空写真が掲載されていた。それは、非常に詳細な写真で、さっきの写真とは、出来栄えが大きく違っていた。


『専用の撮影機材を使っていると見える  おそらく超高高度からの精密撮影によるものだろう』


「それって、ドレスにもつけられる?」


『精密撮影技術か? 現在作成を予定しているドレスには工程的に不可能だが、その次に作るドレスでは、取り付けることを検討しよう』


「やった!じゃあ、その時は、よろしくね!」


『約束しよう』


 その雑誌を閉じて、デルタは、最後の本を取り出した。それは、今までの2冊とは違い、非常に薄い冊子だった。



「なんだろう?これ」


『娯楽誌か?』


 まじまじと、デルタはその冊子を観察して、そっと、ページを開いた。そこに記されていたのは、一人の男が、悪人と戦う絵物語が書いてあった。男は、悪人たちの集会場に侵入して、その悪人たちを一瞬で無力化すると、そのすべてを、拘束した。次の瞬間には、その現場におそらく、治安部隊と思われる服装の人物たちが突入したが、男の姿はどこにもなく、太い柱に、黒いカードのような物が刺さっていた。


 文字や絵の中に、違和感は大きかったけど、デルタは、その本に大事なことが書いてあるのではないかと思って、何回か読んだ。結局何もわからなかった。


「ねえ、ゼクスマキナ、こんな人いるの?」


『おそらく、架空の人物だろう』


「でも、この悪人さん大変だね。別に世界を滅ぼそうとしたわけでもないのに、こんなにボコボコにされちゃって」


『それを見て、気持ちよくなる者もいるのだから、仕方ないことだろう』


 もう一度、雑誌に、目を通した。ひとしきり読み終わると、さすがに欠伸がこみあげてきた。ふぁ~と大きく口を開けると、大きく伸びをした。


『イハーブ、もう寝るか?』


「うん、もう眠たい」


 気が付いたら、すでに夜はとっぷりと暮れていた。小さな窓からは三日月が顔をのぞかせている。


「ゼクスマキナ、今何時?」


『10:25』


「ゼクスマキナ、もう寝るね」


『ああ、理解した。では、また明日だな。イハーブ』


「おやすみ」


 デルタは、簡易ベッドに突っ伏すと、すぐに寝息を立て始めた。


 それを確認したゼクスマキナは、デルタが睡眠中に日課になっている、いつもの行動を開始した。



『違うデルタ……か。お前があのデルタなのか、それとも違うのかは、我が考えることではない。お前はデルタだ。だからこそだ。

 領域確保。工房起動。』


 吊るされているドレスは2つ。銀と黒。そして、作成中の深緑。そして、蒼。

 

『そうであろうと デルタ……あの御方との誓約に基づき お前を空へと帰す  あの時の誓約に基づき  必ず為す  必ずだ』


 すでに、深い眠りに落ちているデルタはそのことに気が付く所以もなく、ただ、幸せに空を飛んでいる夢を見続けていた。

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