第一章 エピローグ
「聖女様、まだかな?」
「もう少しよ、鐘が鳴ったら、聖女様が見れるからね。」
中央教会の周りには、たくさんの人が集まっていた。
1か月前に、聖女が認定されたというニュースは国中を駆け巡り、聖女の姿を一目見ようと、多くの巡礼者が、教会に集まっていた。
その穏やかな外とは裏腹に教会内は、最後の準備に大わらわしていた。
「ええい、まだ、聖女様の準備は終わらんのか?」
「すいません、いかんせん、」
「ちょっと、こんな服嫌だって言っているでしょ!!なんで、きれいなドレスじゃダメなの?」
「聖女様、申し訳ございません、今日は教会の主催なのです。ドレスならば、今日の夜にお城でのお披露目で着れますから」
「アクセサリーも髪留めもダメなんて!!」
「お願いです、少しだけ我慢してください」
女神官と、聖女が言い争っている。
「ふぅ、なかなか難儀な聖女ですね」
ここに教皇さまがいれば、きっと聖女は少しはおとなしかっただろう、上のものに媚び、下に強く当たるのをこの一か月間嫌というほど見てきた。
(本当にこの方は聖女なのか?)
光属性の魔力を持ち、光の精霊と契約したものは聖女とするこれは、帝国の法律で示されていた。
だが、教国にある教会は、違う教義を掲げている『人を癒し慈しむ光の愛仔』それが、教会の定める教えだ。もし、教国の教会であれば、聖女などとは認めなかっただろう。だが、ここは帝国の教会だ。どうしても所属している国に、縛られることが多い。
それに加えて、帝国から、多額の寄付を受けている以上、教国の教義が法より上だと声高に言うことはできない。
聖属性には、癒しの魔法と、そのほかにも分別不可能な魔法も多く存在する。だが、今のところ、聖女が癒しの魔法を使っているところを見たことがない。
(何事も起きなければよいが)
ようやくに準備が終わり、頬を膨らませた聖女と何とか機嫌を取ろうとしている女神官が別室から出てくる。
「では、聖女様よろしいでしょうか?」
「ええ、陛下と教皇様をお待たせできませんから、今回は仕方なくですよ」
ふぅっと、全員が内心胸を撫でおろす。
「では、聖女様の降誕の儀を始めます」
ドアが開く、歓声が巻き起こった。
そのころ、デルタも、定位置についていた。目の前にはたくさんの人が、聖女の降誕を待ちわびているのがわかる。
『主よ、あまり目立ちたくなかったのではないのか?』
「そうね、目立ちたくないけど、今日は逃げたくないの、我儘でごめん」
『大した問題ではない、まあ、時間だけ考えておけ』
「ゼクスマキナ」
『うん?』
「ありがとう」
カーン!カッーン!カーンッ!
教会の鐘が鳴る、歓声が上がるのを感じる、当然、皆の目は、聖女の方へ向いている。デルタは、それを確認して、教会の入り口を見ていた。
最初に異常に気が付いたのは神官だった。もともと、聖騎士の訓練を受けていたため、異常に気が付くのは得意だった。
(?殺意や敵意?いや、侮蔑?ではないな?)
妙な場所からの視線、地上ではなく、塔の上から見ているようなそんな視線を感じた。
(そんな馬鹿な、この通りには、大きな建物を建てることは禁じられている、上から見ている視線などあるはずがない)
ふと、神官は、視線の元をたどる、どうやら視線の主は隠れるつもりはないらしく、すぐに見つかった。
見ようと思えばいつでも見える、通りの先の空に、それはいた、一見、白銀のドレスを着た令嬢に見える何かが何の支えもなく、空に浮いている。
(なんだあれは?)
神官の知る飛行魔法の使い手は、航続距離と航行速度の確保のために、できる限り装備を削ぎ落すことが必須ではある。だが、それは、そう見えない。重そうな決して実用的ではない衣装に身を包み、そこにただ、なんの感慨もなく浮かんでいた。神官の異常に気が付いたのか、列が止まり、その方向に全員が視線を向ける。そして、皆が、同じものを見た。
輿に乗せられた聖女は、不意に、列の進みが遅くなったことを、不思議に思い、文句を言ってやろうと、傘から出たところで、皆が同じ方向を向いているに気付き、視線を向ける。
傘から出てきた、久しぶりに見る顔がゼクスマキナの手で拡大されて、それを確認したデルタは、安堵の声を漏らした。
「本当は……本当は、嫌で仕方ないけど、祝福しに来たの。わたしは生きているよ、あなたを忘れないよ」
「あなたは、わたしを忘れても、でもわたしは忘れないよ。」
護衛の騎士たちに動きがあるのが見える、飛行魔法を使えるものがいるのだろう、魔力の反応が、あちこちで上がっている。
「メアリ、聖女おめでとう。頑張ってね。わたしも生きていくのを頑張るから、いつかどこかで会いましょう。絶対だよ!約束だよ!!」
『時間だ、主』
ゼクス=マキナのメッセージに、デルタは、一気に上空へ飛び去った。軽装の高速飛行の魔法が使えるはずの騎士たちを、全く寄せ付けないスピードで、雲の中へ消えていった。
その光景を集まった人たちはただ、見ていることしかできなかった。
「ごめんなさい、デルタ」
アリアは、デルタの部屋にいた。もう、部屋の主は帰ってくることはないだろう、アリアは、部屋を掃除し、踏みにじられた日記や、写真を修復していた。
デルタの日記は、日付が増えるほどに、少しずつ文字が優しくなること、そして、少しずつ自分の名前が日記に出てくる数が増えてくる。
「もう、奪還に躊躇する必要はない、幸い大まかな場所はわかっている」
「ええ、そうね、将軍にも連絡を。こちらの子飼いの特殊部隊の配備を依頼しましょう。今夜にでも行動を・・・」
アリアは、誰かと話をしているようだった。
「もう、後悔は嫌なの・・・たとえ、戦闘姫だとしても・・・」
聖女の降誕祭だったのが、功を奏した。町に人影はなく、デルタは、誰にも見つかることなく、研究棟の屋上に降り立った。
「これ、どうやって脱げばいいの?」
『デルタリーダー帰還しますと、コードを告げればいい』
「はい、デルタリーダー帰還します」
ポンっという音が聞こえそうな感じで、デルタは、屋上に降り立つ。ドレスは、折りたたまれるように虚空へ消えていった。
『ドレスの格納を確認した。今後のコントロールは、主の意思で行える。詳しくは、時間のいいときに説明しよう。』
「うん、ありがとう。アリアさんが帰ってくる前に、着替えとかしておかないと」
デルタは、昨日の実験用の貫頭衣のままだったので、部屋に戻ることにした。
廊下でも誰ともすれ違わずに、デルタは、部屋まで帰ってくることができた。
「多分アリアさんも、聖女の降誕祭に行っていると思うから、大丈夫だよね」
『デルタ、視界を切り替え』
「はい、?」
部屋の中に、一人の反応がある。そして、最後に見たときより部屋がきれいになっているような気がした。
『反応が妙だな、人間にしては体温が低い』
「そういう人もいるのじゃないの?だれかな?」
少なくても、昨日のような、ことはないと思っていた。
泡立つ心を静めるように、深く息を吸うと、デルタは、自分の部屋のドアをノックした。
こん、こん
アリアは、ドアがノックされ、自分が徹夜していたことに気が付いた。
「研究科の人かしら?しまったわ、また、笑わられるわね」
少しけだるいが、何とかなる、ここにいてもデルタは帰ってこないのだから、自分のできることをやろうと、アリアは、少しだけ気合を入れて立ち上がった。
「すぐに戻るわ、ごめんなさいね」
アリアの声が聞こえる。たった一晩だけ聞けなかった声が聞こえる。
「どうしたの?」
「アリアさん・・・」
アリアの目が驚きに見開かれる。聞きたかった声が聞こえる、失ったはずの声、今からどんな犠牲を払おうと、取り返そうと思っている声。
「デルタ?デルタなの?」
ドアを開く、そこには、お互いが一番会いたかった顔があった。
「はい、実験体デルタ・イハーブただいま戻りました」
「ああ、デルタ!!よかった」
アリアは、デルタを抱きしめる、その体温を感じながら、デルタもアリアへ手を回す。
「デルタ、けがはない?」
「はい、アリアさん、けがはないです。」
「よかった、よかった・・・」
アリアは、涙を流し、デルタも、もらい泣きしてしまう。二人の暖かい泣き声が廊下に響いた。
「で、どうやって逃げ出したの?」
「ええと、淑女の剣が助けてくれたのだと思います。”レディ=スパーダ”という声が聞こえました。戦っている様子だったので、こっそり逃げたら、この近くまで来れました。
でも、必死に逃げたので、どう逃げたのかわからないです」
「よかったわ。どんな結果でも、今度こそ守るわ。アリア・ホワイトヘッドと、ライト・ホワイトヘッドが必ずね」
(淑女の剣”レディ=スパーダ”有名な都市伝説よね。高度な技術と魔法に裏付けされた戦闘集団、でも、王都のどの権力組織にも属さない謎の機関、そんなのいるわけないじゃない)
(実在するとしたら、こちらの諜報部が存在を把握しているはずよね)
そう、アリアは、考えたが、デルタがそう言うのならば信じてもいいだろうと思った。
「ええと、ただ、どんな人かはわからなかったです」
『あれは、われでも、わからないな』
巨大な竜にも、見えるなにか。それがいったい何だったのかは、わからなかった。
しかも馬車の中から、視覚方法を変えただけだ。本人を見ているわけじゃない。
「まあ、いいわ、今日はごちそう、あと、服がなくなってるから、もっとかわいいの買いましょう」
「アリアさん・・・」
「いいの、無事だったから、デルタが無事だったから・・・本当に良かった」
アリアは、小さなデルタが震えているのを知っていた。だから、深く聞かないことにした。ライトからの返事が届き、ようやくことが終わったとアリアは知り、デルタとの穏やかな生活の始まりを予感していた。
今年内の更新は一旦ここで終わりになります。(詳しくは、活動報告に)
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