実験棟の戦闘姫 3
陽の光が、差し込んできて、デルタは、まぶしそうに薄目を開きながら、ベッドから半身を起こした。
「ええと 」
『起きたか デルタ』
「あ、ゼクスマキナ」
『全く 呑気なものだ だが、よく眠れたか?』
その言葉に、思わず、ほおが緩む。よく眠れたかと、心配してくれる人は、今までいなかったから。
「ありがとう、ゼクスマキナ」
あれ?しばらく間があるな。そう思った時だった。
「おはよう。デルタ!」
扉を開けて、アリアが入ってきた。
「あ……おはようございます」
アリアは一瞬怪訝な表情を浮かべて、デルタを、上から下までまるで、何かを探すように、じろじろと見た。
「あの?何か?」
「イヤね、健康状態を目診していたの。昨日よりは、見た目は健康そう……ね」
「は?まあ、そうですけど……」
デルタは、何を言われているのかわからないと、思って、アリアをじっと見た。アリアも、デルタを見返す。
沈黙の中、先に口を開いたのはアリアだった。
「ドアの前で、起きるのを今か今かと待っていたの。かわいい実験体さん。」
その一言にデルタは、びっくりして、思わず、口をぽかんと開けてしまった。まさか、そんなことをするなんてと思うのと同時に、ああ、自分は実験体だったのだと、また改めて思い直した。
そんなデルタの内心に気付いてか、気づいてないのか、アリアは、ニコッと微笑んだ。
「昨日の食事はおいしかった?とりあえず、今日は朝食抜きでさっそく実験に入るから、これに着替えて、ついてきてね」
そう言うと、アリアは、手に持っていた、貫頭衣のような物を、デルタに渡す。デルタは、今着ているパジャマより、みすぼらしく見える、貫頭衣とアリアの笑顔を見比べながら、深くため息をついたのだった。
やがてデルタは、裸の上からただ貫頭衣と長いガウンを羽織ると、部屋から出た。そこには、車いすを準備して、待っていたアリアの姿があった。
「はい、乗って」
『地獄行きとかではなければいいな』
「え、縁起でもないこと言わないでよ」
デルタは、特に逃げられそうもなかったので、車いすに乗り込んだ。
ゆっくりとその車いすは動き始めた。
「今日はね、実験体デルタは、基礎実験に付き合ってもらいます」
「き、基礎実験ですか?」
思わず、フォルフォード家で読んだ、実験棟の噂のレポートが、思い出されてしまう。生きたまま切り刻まれたり、限界まで魔力を吸収されたり、無限に沸くゴブリンと戦闘して、戦闘力を計ったりして、やがて、価値のなくなった実験体は、娯楽用品として、裏社会に実験体を売り払うという話。ということは、今日の基礎実験というのは、きっと、その後に続き実験の幕開けになるのだろう。
『そう心配しても仕方がないと思うが もし 妙な実験があったり危機が設置してあったら教えてやろう。』
「うん、ありがとう」
「うん?どうかしたの?独り言?もしかして退屈している」
ゆっくりと、車いすを押しながら、アリアが、いじわるそうな顔で、デルタの顔を覗き込んだ。もうっと、おもわず、デルタは思わず目を逸らす。アリアは、とりとめのないことを話しながらデルタの気を引こうとしているようだった。そんな、アリアを見ながら、それもいいと思いながら、その話に付き合っているとやがて、デルタの目に、実験室の扉が飛び込んできた。
『 実験室』
ただの、実験室のはずなのに、重々しい空気を感じ、デルタは、車いすの上で、身もだえた。そんなデルタの様子に気付いていてるのかいないのか、アリアは、実験室の扉をあけ放った。
目の前に飛び込んできたのは大きな機械。そして、そこにたたずむ、初日にライトと名乗った人と、忙しく走り回る白衣の研究員たち。
それが、歓迎するように、そして、待ち焦がれているようにデルタを待ち構えていた。
「さて、じゃあ、デルタちゃん」
「ええと、ちゃん付けはちょっと……」
「じゃあ、呼び方変えるね……う~ん、デルタちゃん」
「あの、聞いてます?」
おもわず、笑みがこぼれてしまう。他愛のない会話のはずなのに、なんでだろうとデルタは、思った。
『まあ 相手の行動に甘えてもいいと思うぞ きっと アリアはお前を安心させようとしていると思うからな』
そっと頷いた。その通りなんだと思う。
「ねえ、デルタちゃんの手ってとてもきれい!縛っていい?酒精は大丈夫?さっそく血を取っちゃいましょう!」
気が付いたら、貫頭衣の袖がまくられて、デルタの白い肌が露出していた。アリアは、一瞬、デルタには読み取れない表情を浮かべたが、まるで、勢いに任せるように、デルタに詰め寄った。デルタは、他人の顔を近くで見たことがなくて、びくっと、震えてしまう。
「あの、切り刻まれたり、無限に沸いてくるゴブリンと戦闘させられたりしなければ……」
「そんなことしないわ」
アリアは、デルタが思わず吐き出した言葉を、きっぱりと否定した。その目には、強い光が宿っていることをこの時のデルタは、気づくこともできなかった。
「お~い、こっちの準備ができた。血液検査も大事だが、こっちでデルタちゃんを計らせてくれないか?」
「そうね、じゃあ、行きましょうか?デルタ?」
アリアにそういわれても、選択肢のないデルタは頷くしかなかった。アリアに車いすを押されるままに、デルタは、大きな機械の前に、引きずり出されていく。その前では、ライトと、他の研究員たちが、デルタの到着を待ちわびているようだった。
「さて、こちらの検査から、してしまおう。フィーリー、バンジー、実験体デルタを、検査機へ。アリアは、少し手伝ってほしい」
女性の研究員が、デルタの両肩を掴み立たせる。ただ、乱暴な感じはなかった。
「立ち眩みとかはない?」
「ええと、ないです」
「体調が悪いとかも、大丈夫?」
「あ、大丈夫です」
「あと、大事なことだけど、トイレは大丈夫?」
「ええと、あの、お部屋で行ってきたので大丈夫です」
それじゃと、その女性研究員2人は、デルタを、軽々と担ぎ上げる。
「あの、歩けます」
「ああ、この実験室で、実験体が歩くのは禁止なの。私たちに、まかせなさい」
「そう言うことよ、実験体さん。ここは、おとなしくしていた方がいいわ」
おもわず、デルタは頷く。そんな、デルタを、二人は、顔を合わせて、おかしそうに微笑んだ。
「元気になってね、デルタ。みんなそう思っているわ」
「そうだよ。」
ゆっくりと階段を上る。二人が、デルタを、カプセルに入れ、その蓋を閉めた。ゆっくりと、少しずつ上がっていくカプセル。その中でデルタは、驚いた表情を浮かべていた。やがて、その上昇が止まり、カプセルが固定されるような音が聞こえた。
「じゃあ、実験開始するよ」
ライトの声が、カプセルの中に響き、何かをしたと思ったのと同時だった。足元から、水のような何かが這い上がってきた。
「ひぃ」
デルタは、おびえた、いきなり殺されることは思っていなかった。だからこそ、油断があった。こんなことになるなんて考えてもいなかった。
気が付いたら、すでに液体は、腰の高さを超えていた、思わずデルタは、カプセルの壁をたたく。
「開けて、ここから出して!!ねえ!!」
デルタが、暴れ始めたのを見て、アリアが、デルタの前に来て、何かを伝えようとするが、パニックに陥りかけていたデルタは、上がってくる水のような物におびえながら、ただ、カプセルの中で暴れることしかできなかった。。
『すこし 落ち着け』
目の中に文字があらわれる。ゼクスマキナだ。そう気が付いて、少しホッとする。
『この液体は お前が考えているようなものではない これは危険な実験ではない 大丈夫だデルタ お前なら大丈夫だ』
ただ、水の高さはいつの間にか、胸の高さを超え肩の高さに到達している。その水におびえないということが、今のデルタにできようはずもなかった。
(そうだ、息止めないと)
弱り切っていた肺に力を込めて、息を止める。液体が、口、鼻。そしてやがて、
完全にデルタの頭をこえ、容器に満ちる。
(く、苦しい)
『安全な実験だと言っているだろう?まあ 前くらい見たらどうだ?』
「まえ?」
目の前には、変顔を、カプセルいっぱいに張り付けている、アリアたちの姿があった。そのおかしさに、
「ぶふぉお!!!」
デルタは、盛大に、吹き出してしまう。
『よし、一気に吸え』
「ごぼ?あれ?苦しくない?」
『この粘性を持った液体は 長時間体温を受けた際に気化する特製あるようだ その際に 空気と水に変換される この中ならば 呼吸の心配はないな 我が一緒だ 前とは違う 安心しろ デルタ』
ゼクスマキナの言葉に、デルタが、ほっとした表情を浮かべる。それを見て、アリアが、輪をかけてほっとした表情を浮かべた。そして、アリアは右手を振りながら、デルタの眼前ににじり寄ってくる。それをみて、思わずデルタも、右手を振って答えた。
それを見てホッとしたのだろうか、アリアは、デルタに見えるように、紙をカプセルに張り付けた。
検査項目
身長
体重
体積
基礎体積比
予想構成物質
予想総魔力量
出魔力反応
抗魔力反応
と言った項目が並んでいるが、上二つ以外は、デルタにはさっぱり見覚えのない、項目が並んでいるだけだった。
『ほう 意外ときちんとした検査ではないか もし、デルタを害する予定ならば それに見合う検査内容があるはずだ それがない』
「それって、大丈夫っていうこと?」
『ああ そう言うことだ』
水にほんのわずかな圧が加わり始める。どうやら実験が始まったらしい。
目の前では、研究員が忙しそうに走り回っているけど、デルタは、特に何かできるわけでもなくただ、退屈そうに水の中にぷかぷかと浮いていた。
『退屈か デルタ?』
気づかれないようにデルタは頷いた。確かに退屈な検査だとは思う。
『およそ 1時間くらいはかかるだろう この間に 訓練をしておくか?』
「訓練?」
『そうだ 久しぶりに空を飛びたいと思わないか? デルタ』
「空を……うん、飛びたい」
デルタに断る理由などあるはずはなかった。思わず思いっきり頷く。あっと思い、研究員たちの方を向くが、それに気が付いた人はいなかったらしい
『焦るな では 訓練プログラムを起動する ……領域確保 展開開始』
不意にデルタの視界が、空の色に染まった。




