↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒淵のアストラ  作者: 咢
第6章 眩光

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/90

第81話 六人の旅支度

 木の盾に、白い傷が一本増えた。


 セイルは杖を下ろし、飛ばした氷の槍が落ちた場所を見た。標的の布には届いている。だが、その手前に置いた盾の縁も削っていた。


「俺だったら、腕に当たっていたな」


 後ろからローディスが言う。


 旧演習場の朝は、まだ薄暗い。二本の柱に渡した糸から布を垂らし、その五歩手前へ、借りてきた練習用の盾を立てていた。三人は全員、射出位置より後ろにいる。


「盾の横を通した後で、標的へ戻そうとしすぎた」


 セイルは盾の右側へ杖先を向けた。


「いったん、ここを通ってから曲げるつもりだったんだけどね」


「最初から、そこを通る位置へお前が動いたらどうだ」


 ローディスはセイルの右へ回り、布を見た。


 そこからなら、盾と標的は重なっていない。


「俺の後ろに立ち続けなくてもいい。横へ出るなら、動く前に言ってくれ」


「君も、その間はそちらへ動かないでいられる?」


「相手に押されたら、分からない」


「じゃあ、動かない約束ではなく、動いたら撃たない練習も要るね」


 セイルは立つ位置をずらした。ローディスが再び後ろへ戻るのを待ち、水と火の精霊へ願う。生まれた氷の槍へ、風を重ねた。


 今度は、盾に触れなかった。


 布の右端が裂ける。


「こちらからなら、曲げずに通せる」


 セイルは足元の位置を確かめた。


「ただし、相手も盾みたいに待ってはくれないね」


「まずは、俺に当てずに飛ばせるところからだ」


 ローディスが答えると、リュカが盾へ向かって拍手をした。


「よく耐えたね。ローディスの代役を任されて、逃げもせず立ち続けるなんて」


「褒めるならセイルを褒めろ」


「もちろん。味方を避け、敵へ届かせる見事な一撃だったよ。次は布の真ん中がいいな」


「注文は拍手の前にまとめておいて」


 セイルはそう返したが、杖を握り直した顔は、先ほどより少し明るかった。


     ◇


 その日の合同座学で、マレーネは黒板へルクシア聖護国と書いた。


「文化交流の募集を始めたので、本日は訪問先について学びます。参加を希望していない者も、他国を知る必要がないわけではありません」


 希望書の話だと思っていた生徒たちも、教本を開いた。


「先日は、光の精霊術を独占する国だと説明しました。ただ、それだけでは、なぜ光が国の呼び名にまでなっているのかは分かりませんね」


 マレーネは国名の下へ、光座、と書き加えた。


「ルクシアは、光の力を国の守りの柱とする宗教国家です。光座は単に優れた術師としてではなく、聖なる守護者として敬われています」


「精霊術なのに、信仰の対象になるんですか」


 ニナが手を挙げた。


「以前、精霊の存在が明らかになって、神を信じる人は少なくなったと習いました」


「ええ。しかし、何が力を起こしているか分かることと、その力を尊ぶことは別です。傷を治す仕組みを知っていても、治してくれた相手への感謝がなくなるわけではないでしょう」


 マレーネは、光座の文字を白墨で囲った。


「まして、自分たちには使えない力が国を守っている。ルクシアを知るには、その力を人々がどう受け止めているかも考える必要があります」


「守る力が強ければ、ほかの国も攻めにくいですね」


 ローディスが言った。


「そのとおりです。人族同士の戦争では、帝国と同じく、攻め込まれることの少ない強国でした。ただし、守りが強いからといって、他国へ攻め込まなかったわけではありません」


 ローディスは、アーデルハイトから旅の途中で聞いた話を思い出した。帝国も光の国も、攻められることに慣れておらず、戦争を止める決断が遅かったという。


「守護者という呼び名も、守られる側からのものなんですね」


 セイルが言った。


「そうです。隣国から見れば、恐ろしい敵だった場合もある。どの国の記録なのかによって、同じ戦いの語られ方は変わります」


 マレーネは教本の頁を示した。


「これはルクシアに限った話ではありません。帝国の歴史を読むときにも、忘れないように」


 ニナが書き留める間に、セイルは別の行へ目を移した。


「光の力で守ると言っても、どこまで届くのか、ほかの術と何が違うのかは、ここには書かれていません」


「この教本だけで、軍事上の運用までは分かりません。光という言葉から、自分の知る灯りを大きくしたものだと決めつけないことです」


「実際に見られれば、違いを確かめられますね」


「見せてもらえれば、です。交流で訪れる生徒へ、軍の手の内まで明かす約束はありません」


 セイルは頷き、教本の余白へ小さく印をつけた。


 マレーネは黒板の国名へ戻った。


「今日は、まず国家間の関係と、光座がどういう存在として敬われているかを押さえます。現地の人々が皆、同じ考えで暮らしているとまでは思わないように」


 リュカは教本から顔を上げた。


 希望書へ書いた、術を使わない人々の暮らし。


 同じ光の下にいても、その光を見上げる気持ちまで同じとは限らないのだろう。


     ◇


 交流団の選抜結果が掲示されたのは、その授業から六日後だった。


 教室へ戻る途中、ニナが廊下の角から駆けてきた。短い赤茶色の髪が頬へかかり、手にした紙は端が少し折れている。


「三人とも、もう見た?」


「まだ。通れなかったからね」


 リュカが掲示板の方を振り返った。昼休みの廊下には、紙を覗き込もうとする生徒が集まっている。


「載っていたわ。あなたたちも、私も」


 ニナは、写してきた名簿を差し出した。


 ローディスは自分の名前を見つけた後、セイルとリュカの名を確かめた。その上には、二人の上級生の名前も並んでいる。


「フリーダ先輩と、アルノー先輩か」


「全部で六人。今日の放課後、教員棟で説明があるんですって」


 ニナの声が弾んでいた。


「希望書、何度も書き直したの。最後は、何を聞きたいのか自分でも分からなくなりそうだったわ」


「今は決まっている?」


 セイルが尋ねる。


「ええ。向こうの子供が、何を最初に習うのか知りたい。精霊語なのか、歴史なのか。それとも、私たちが習わない何かなのか」


「教本を見せてもらえたら、比べられるね」


「そう。それで、向こうの生徒にも、こちらのことを聞いてもらえたらと思って」


 ニナは紙を胸元へ戻した。


「質問することばかり考えていたけれど、私たちが答える番もあるでしょう」


 ローディスは頷いた。


 山へ行ったときには、聞かれてから、自分たちの説明が足りなかったと気づくことがあった。


「持っていく教本も、選んだ方がよさそうだな」


「荷物の量を聞いてからだよ」


 セイルが言うと、ニナは少し困った顔で笑った。


「もう、三冊選んでしまったわ」


     ◇


 放課後の説明室には、長い机を挟んで六脚の椅子が用意されていた。


 窓側には、フリーダが座っている。濃紺の長い編み髪を背へ流し、配られた書面の端を指で押さえていた。向かいのアルノーは、長い脚を椅子の下へ収め直したところだった。


「ベルグ。お前も選ばれたんだな」


 赤毛を束ねた上級生が、片手を上げる。


「はい。よろしくお願いします」


「もっと気楽でいい。船の上で手合わせを頼んだりはしない」


「甲板を壊したら、二人とも泳いで帰ってもらうことになりますからね」


 フリーダが書面から顔を上げずに言った。


「まだ何も壊していませんよ、先輩」


 アルノーが答えたところへ、ヘルマンが入ってきた。


「甲板では抜くなよ。全員、座れ」


 その後ろから、マレーネが人数分の資料を抱えて入る。


 引率は、この二人だった。


「出発は十日後。帝都から港へ向かい、船でルクシアへ渡ります。現地滞在は七日間、往復を含めて三週間を予定しています」


 マレーネは旅程表を机へ置いた。


「天候によって船の日程は変わります。帰着が遅れた場合の授業は、学府側で調整します。君たちが個別に欠席の言い訳を考える必要はありません」


 ローディスは、出発と帰着の欄を順に見た。


 空白だった予定に、初めて日数が入った。


「滞在先、現地の担当者、移動する際の集合場所は、こちらに記載しています。案内役を名乗る者が来ても、引率者へ確かめずについていかないこと。学府で守っている確認の手順は、国外でも同じです」


 セイルが、名簿と旅程表を重ねた。


「市街を見る時間もあるのでしょうか」


「あります。ただし、自由行動の範囲と帰着時刻は、その都度伝えます。現地の許可が必要な場所へ、勝手に入らないように」


 マレーネは答え、隣のヘルマンへ目を向けた。


「武器についてはクルーガー教員から」


「普段使うものを持っていけ。訪問先で携行できるかは別だ。預けるよう言われた場所で揉めるな」


 ヘルマンはローディスとアルノーを順に見た後、術師たちへ視線を移した。


「杖も同じだ。剣ではないから持ち込める、とは考えるな。外す紋章板や石があるなら、預ける前に自分で確かめろ」


「教本の持ち込みは?」


 ニナが尋ねた。


「学府で通常配布しているものは構いません。見せたい頁には印をつけておきなさい。質問されてから探し続けることのないように」


「はい」


 ニナが嬉しそうに書き留める。


 マレーネは、課題の書かれた紙を配った。


「毎日の記録には、自分で見たこと、人から聞いたこと、自分で考えたことを分けて書きなさい」


 セイルの筆が止まった。


「同じものを見ても、説明が違う場合は?」


「誰がどう説明したか、そのまま残します。帰るまでにすべての答えを出す課題ではありません」


 マレーネは六人を見渡した。


「知らないことを増やして帰る場合もあるでしょう。そのとき、何が分からなかったのかを、説明できるようにしておくことです」


 リュカが、自分の紙へ短く書き込んだ。


 セイルには、その筆先がいつもよりゆっくり動いたように見えた。


     ◇


 説明が終わっても、フリーダはすぐには立たなかった。


「クローデン。あなたは、光の契約について聞くつもり?」


「聞ける範囲では、そのつもりです」


 セイルは答えた。


「先輩もですか」


「私は、光の術師が他の術師とどう組むのかを聞きたい。一人の術だけで、国境すべてを守れるとは思えないもの」


 セイルは、競技でフリーダの水の矢が武技側の隊列を崩していた様子を思い出した。


「術の強さより、配置や連携ですか」


「強さも知りたいわ。ただ、強いから任せればよいという話では、私たちが学ぶことはなくなるでしょう」


 フリーダは資料を揃えた。


「同じ質問ばかりしないように、出発までに一度見せ合いましょう」


「はい。お願いします」


 セイルが頷くと、アルノーも身を乗り出した。


「俺は、向こうの剣士に稽古を見せてもらいたい。ベルグも来るだろう?」


「許可が出るなら。武器を構える前の作法も、教えてもらいたいです」


「先にそこを聞くのか」


「山では、武器へ手をかけただけで、争うつもりだと思われかねなかったので」


 ローディスの返事に、アルノーは少し考えた。


「なるほど。腕前を見せる前に追い返されたら、話にならないな」


「僕は、それを見学する人に話を聞いてみたいです」


 リュカが言った。


「稽古をしている人ではなく?」


 アルノーが聞き返す。


「はい。どんなところを見て、強いと思うのか。僕には分からないことも、教えてもらえそうなので」


「お前も剣を習っているだろう」


「だからこそ、分からないところがたくさんあるんです」


 リュカは悪びれずに笑った。


 アルノーは釣られて笑い、空いた手で椅子を机へ戻した。


「なら、一緒に聞こう。あちらが俺たちの剣を見て、何と言うかもな」


     ◇


 その夜、濃色の外套と頭巾で顔を隠した三人は、旧武器庫の定時連絡へ向かった。周囲に人がいないことを確かめ、いつもより厚い封書を小型ゴーレムの筒から取り出す。


 外套の陰でセイルが開くと、中には二つの文面があった。


 一つは、ガントレットの見積もりだった。


「最初の試作品と、一度目の調整までで銀貨三十枚。大きく作り直す場合は、その前に相談する、と」


 セイルが読む横で、ローディスも金額を確かめた。


 受け取った報酬のうち、取り分けてある金で払える。


「頼む。注文すると返事を書いてくれ」


「旅に持っていけなくても?」


「必要なのは、この旅だけじゃない」


 ローディスは答えた。


 納期の欄には、次の採寸後に決めるとあった。学校での使用を認めないことも、改めて記されている。


「正式に頼むことと、使用条件を確認したことを書く。支払いは、指定された受け渡しのときだね」


 セイルは返送用の紙を取った。


 もう一通は、リュカの渡航についてだった。


 決まった旅程を報告すること。出発直前にも状態を確かめ、そのうえで判断すること。学府の選抜に通っただけで、調査任務への参加まで認められたわけではなかった。


「三週間か」


 リュカは、昼に受け取った旅程表へ目を落とした。


「向こうで調子が悪くなっても、その日のうちには帰れないね」


「そこも含めて、診てもらうんだろう」


 ローディスが言った。


「無理なら、今回は残る」


 リュカは言ってから、少しだけ唇を結んだ。


「……できれば、行きたいけどね」


「その希望は、前にも伝えたよ。旅程も送れば、判断に必要なことが増える」


 セイルは、往復の日数と現地の滞在期間を書き写した。


 出発前にもう一度診察を受ける。異変があれば、それより先に知らせる。リュカも文面を確かめ、頷いた。


 返事を筒へ戻すと、ゴーレムは封を閉じた。


 まだ、旅へ持っていける装具はない。


 リュカの名は、六人の名簿に載っている。だが、他の参加者には知らせていない条件が、まだ残っていた。


     ◇


 翌日の昼、マレーネが三人とニナを教員机へ呼んだ。


「先方から、追加の返事が届きました。上級生二人には、後で伝えます」


 差し出された紙に、セイルの目が止まる。


 面会の申請は、受け入れられていた。


「滞在中、光座にお会いできます。時刻と場所の詳細は、現地での確認になります」


 ニナが息を弾ませた。


「質問を、もう少し整理しておきます」


「ええ。ただし、こちらにも用意しておくことがあります」


 マレーネは、返書の下段へ指を置いた。


「光座も、帝国での学びや暮らしについて話を聞きたいそうです。立派な戦果ばかり並べるのではなく、普段どんな一日を送っているか、伝えられるようにしておきなさい」


「普段の、一日ですか」


 ローディスが尋ねた。


「そう書かれています」


 ローディスは、朝の演習場を思い浮かべた。


 擦り切れた手本。氷で傷のついた盾。食事の鐘を聞いてから、慌てて道具を片づける三人。


 話してよいことだけでも、一日はずいぶん長い。


「それなら、話せると思います」


 ローディスは答えた。


 隣でリュカも、返書を覗き込んでいた。


 光の力を持つ者に、何を尋ねようか。


 そればかり考えていた旅に、向こうからの問いが一つ加わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。