↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒淵のアストラ  作者: 咢
第4章 連環

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/90

第42話 北行きの条件

 休養日が明けた朝。


 教室へ入ってきたマレーネは、教本より先に一枚の大きな紙を黒板へ貼った。


「六日後から、第一学年の校外実地課程(こうがいじっちかてい)に入ります」


 教室の空気が、一斉に浮き立った。


 校外実地課程は、兵学府の生徒が帝都内外の軍施設や街道、治療所などへ赴き、二週間にわたって実務を学ぶ期間だ。派遣先によって経験できる内容が大きく異なるため、毎年、発表の日には期待と不満が同じだけ飛び交う。


「静かに」


 マレーネが一言告げると、ざわめきはすぐに小さくなった。


「派遣先と班分けを掲示します。今回の評価は、現地担当者の所見と、帰還後に提出する報告書で決まります。遊びに行く者は、帰ってから相応の点数を受け取ることになるでしょう」


「遊んだ分だけ点が増えるなら、僕は頑張れます」


 トビアスが真顔で言った。


「減点を集める努力なら認めます」


 教室に笑いが起こる。


 生徒たちが順番に黒板の前へ集まり、自分の名前を探し始めた。


 ニナは帝都南部の治療所。


 トビアスとエルザは、帝都西門の守備隊。


 ローディス、セイル、リュカの三人は――北方街道の実地調査。


 同じ北方支部へ向かう生徒もいたが、そちらには補給庫や門衛補助など、支部内での担当まで記されている。三人の欄だけは、北方支部を経由した後の行き先が「街道周辺」としか書かれていなかった。


「また三人一緒なんだ」


 ニナが、並んだ名前を見上げる。


「仲がいいから、離すと泣くと思われたのかな」


 リュカが答えた。


「誰が泣くんだ」


 ローディスが眉を寄せる。


「僕は泣かないよ。旅費さえ出れば」


 セイルは派遣先の横へ記された注意書きを読んでいた。


「北方支部を経由し、街道周辺の地勢と物資輸送経路を確認する。ずいぶん遠いね」


「前にも行った場所でしょう?」


 ニナが尋ねる。


「支部まではね。その先へ行くかは書いてない」


 セイルが答えると、背後からマレーネの声が飛んだ。


「クローデン、ベルグ、エアハルト。三人は授業後、学園長室へ行きなさい」


 教室にいた何人かが、三人を振り返った。


「何をしたの?」


 ニナが声を潜める。


「まだ何もしていないよ」


 リュカは笑顔で答えた。


「これから何かさせられるだけで」


     ◇


 学園長室の扉を開けると、机の向こうから宝石のついた手が大きく振られた。


「よく来たね、北方調査班の諸君!」


 オルフェン・グランツは、今日も肌を一切見せていなかった。


 大柄な身体を襟の高い黒衣で包み、両手には黒い手袋。顔を覆う白い仮面には表情がなく、指輪や胸飾りだけが窓から差す光を色とりどりに返している。


「廊下まで聞こえます」


 セイルが扉を閉めた。


「元気な学園長がいると知ってもらえる。結構なことじゃないか」


「呼ばれた理由を聞いてもいいですか」


 ローディスが尋ねる。


「もちろん。君たちの派遣先は、今朝になって変更した」


「やっぱり」


 リュカが小さく言った。


 オルフェンの仮面が、そちらへ向く。


「何か予想していたのかな、エアハルト君」


「北方支部へ行く他の生徒には、支部での担当まで書かれていました。僕たちだけ、その先が曖昧だったので」


「鋭い。褒美に、帰りの馬車でもう一枚毛布を使う権利をあげよう」


「行きにも欲しいです」


 リュカが間を置かずに求めた。


「欲張りだねえ」


 ローディスは二人のやり取りを見てから、机へ向き直った。


「変更の理由は、以前の谷の調査ですか」


「そうだ。北方支部から、現場を知る者を実地調査へ回してほしいと要請があった。君たちには支部で説明を受けた後、さらに北へ向かってもらう」


「ハルトマン先生は同行しないんですか」


 セイルが尋ねた。


「今回は別の班を担当する。君たちには、現地で案内人がつくよ」


 学園長は机の上へ三枚の書類を並べた。


 兵学府の校外実地課程として北方へ派遣すること。


 現地では北方支部の指示と、立ち入りを認めた集落の掟に従うこと。


 帰還後、調査内容を報告書へまとめること。


 六本指も、黒い根も、竜人の村も書かれていない。


「表向きは街道と地勢の調査。行き先の詳細は、学府内でも必要な者だけが知る」


「必要な者には、どこまで話しているんですか」


 セイルが書類から目を上げる。


「北方で追加の調査がある。それだけだ。以前の谷で君たちが何を見たかも、必要以上には話していないよ」


「安心しました」


 セイルが書類へ目を戻す。


「信用がないねえ。私はこれでも、機密を扱う立場なんだよ」


 オルフェンは胸元へ手を当て、大げさに肩を落とした。


 その仕草に、仮面の奥の表情は伴わない。


「出発は六日後。北方支部までは他の派遣者と同じ馬車列で向かう。そこから先は、現地で指示を受けなさい」


「学園長」


 ローディスが書類を手に取る前に尋ねた。


「調査で、六本指の何かを見つけた場合は」


「追う前に、相手と周囲を見なさい」


 陽気だった声から、軽さが消えた。


「君たちは、それが何者かも、何人いるかも知らない。山外の者らしき靴跡が本当に関係しているかさえ分かっていない。見つけたものを、見つけた形のまま持ち帰ることを優先するんだ」


「捕らえるな、ということですか」


「捕(・)ら(・)え(・)ら(・)れ(・)る(・)と判断できるまではね」


 ローディスは短く頷き、書類を受け取った。


     ◇


 その夜、旧演習場へ現れた小型伝令ゴーレムは、学園長室でもらったものとは別の書面を運んできた。


 任務の目的は三つ。


 竜人の村で見つかった痕跡の確認。


 六本指の存在と、そのそばに残された山外の者らしき靴跡に関する情報収集。


 竜族・竜人との今後の連絡経路の確立。


「学府の課題より、こっちの方が多いね」


 リュカが紙を横から覗く。


「報告書に書けないことも増えたな」


 ローディスが言った。


「二つ分働くなら、報酬には期待してもいいよね」


 セイルはその問いへ答えるように、続きを読み上げた。


「基本報酬は一人銀貨二十枚。交通費と滞在費は別。対象を特定した場合は追加報酬を協議する」


「協議」


 リュカが嫌そうに繰り返す。


「金額を書かないときに便利な言葉だね」


「少なくとも、情報交換の銀貨六枚よりは増えた」


 セイルは満足した様子もなく紙を畳んだ。


「カイルの許可は?」


 ローディスが尋ねる。


 伝令ゴーレムが、背負っていた筒をもう一度振る。


 中から二枚目の紙が落ちた。


 ――帝都外への一時移動を許可。


 ――指定経路からの離脱、許可なき飛行および武器の所持を禁ずる。


 ――ただし、同行者または第三者の生命を守るため、他に手段がない場合を除く。


「飛んでいいのか、悪いのか、どっちだ」


 ローディスが紙を見つめる。


「基本は駄目。誰かが死にそうなら、その理由を後で説明しろ、ということだよ」


 セイルが答えた。


「説明する相手が生きていればいいけどね」


 リュカが言うと、伝令ゴーレムが短い腕で彼の靴を叩いた。


「僕が決めた条件じゃないよ」


 ゴーレムはもう一度叩いた。


     ◇


 六日後の早朝。


 帝都北門の外には、兵学府の校外実地課程へ向かう幌馬車が並んでいた。


 制服姿の生徒たちが教員に点呼を受け、それぞれの派遣先へ分かれていく。


 ローディスたち三人は制服の上から旅装を着込み、荷物を馬車へ積んだ。


 三人は、最後まで兵学府の生徒として校外実地課程へ参加する。


 その表の立場を保ったまま、北方支部から先では宵衛の目的も果たすことになる。


 馬車の陰には、カイルが立っていた。


 飾り気のない褐色の旅衣をまとい、灰色の翼を背中へ固く畳んでいる。腰に武器はなく、首から下げた革袋には、移動許可を示す帝国の封印が押されていた。


「遅い」


「集合時刻より前だ」


 ローディスが空を見上げる。


「鐘もまだ鳴っていない」


 ローディスが続けた。


「待つ側には遅い」


「ずっと牢にいたから、外で待つのが楽しいんじゃない?」


 リュカが笑う。


「置いていくぞ」


 カイルが荷台へ向かう。


「置いていくって、カイルは御者じゃないよね」


 リュカがその背中へ言った。


 カイルは返事の代わりに、荷台へ乗り込んだ。


 翼の分だけ場所を取り、長椅子の半分が埋まる。


 セイルが向かいへ座り、膝の間へ杖を立てた。


「一つ確認しておく。村へ着く前に、僕たちがしてはいけないことを教えて」


「竜へ武器を向けるな。山のものを勝手に持ち出すな。案内人の許可なく村を歩くな」


「他には?」


 セイルが重ねて尋ねる。


「自分たちの国の決まりが通じると思うな」


 ローディスが荷台へ上がり、最後にリュカが続いた。


「ずいぶん歓迎されている気分になってきたよ」


「歓迎はされていない」


 カイルが即座に答える。


「お前たちは、入ることを許されただけだ」


 北門の鐘が鳴った。


 御者が手綱を振るい、幌馬車が動き始める。


 石造りの帝都が、ゆっくりと後ろへ遠ざかっていく。


 行く先には、帝国の法だけでは届かない山がある。


 六本指の跡と、山外の靴跡。


 誰が並んで歩いたのかを確かめるため、四人は北へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。