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黒淵のアストラ  作者: 咢
第4章 連環

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第41話 同じ跡を追う

 次の休養日。


 帝都北端の古い倉庫へ、三人の黒い影が入った。


 制服は着ていない。


 黒い外套で身体を覆い、目元以外には布を巻いている。ローディスは大剣を背負い、セイルは杖を外套の内側へ隠し、リュカは腰に短剣を差していた。


 扉を閉める。


 高い梁の下で待っていたカイルが、三人を順に見た。


「何のつもりだ」


「見てのとおり、正体を隠しているんだよ」


 リュカが答える。


「声も背丈も変わっていない」


「そこまで変えるようには言われてないからね」


 カイルはローディスの背中を指した。


「その大剣を持った男を、俺が何人知っていると思う」


「俺たちだと分かっているなら、話は早い」


「布を取れ。見ている方が鬱陶しい」


 三人は互いの顔を見た。


 外から窓を覗かれても、室内の奥までは見通せない。カイルがすでに三人の顔も所属も知っている以上、隠し続ける意味も薄かった。


 リュカが最初に顔の布を下ろす。


「組織の決まりだから、ここへ来るまでは必要なんだ」


 ローディスとセイルも、それに続いた。


「あの土人形を送ったのは、お前たちか」


「送ったのは僕たちじゃないよ」


「同じ組織なんだろう」


「そうだ」


 ローディスが答えた。


 カイルの目が細くなる。


「兵学府の生徒が、今度は名も明かさない組織の使いか」


「今の話に学府は関係ない」


 セイルが杖を壁へ立て掛ける。


「僕たちは、ここへはその組織の一員として来ている」


「誰が率いている」


「知らない」


 セイルの返答に、カイルが眉を寄せた。


「自分の頭も知らない組織で働いているのか」


「知っているのは、同じチームの三人と、渡された任務だけだ。余計な名前を知らなければ、捕まっても話せない」


「随分と信用のない仲間だな」


「秘密を守ることと、信用することは別だよ」


 リュカはいつもの笑みを浮かべている。


 ローディスとセイルが知らない首魁の正体を、自分だけは知っている。そのことには触れなかった。


「保釈に手を回したのも、その組織か」


「直接ではない」


 セイルが答える。


「組織には保釈を決める権限がない。〈石環派〉を通して資料を提出し、正式な手続きを進めたと聞いている」


「その言い方だと、お前たちも詳しくは知らないらしいな」


「詳しく知っていれば、保釈の条件くらい先に聞いている。ついでに、報酬が銀貨六枚だけの理由も問いただしていた」


「最後の方が本音だな」


 カイルは呆れたように息を吐いた。


     ◇


 四人は、木箱を机代わりにして二つの書面を広げた。


 一つは、マレーネが北方支部へ提出した報告の写し。


 谷の上流で見つけた黒い根、陶器、六本指の跡が記されている。


 もう一つは、二日前に北方支部から帝都へ届いた新しい報告だった。


「グレンガルドから?」


 ローディスが尋ねる。


「竜族から、北方支部を通して届いた」


 カイルは紙面を指で押さえた。


「山を捜していた竜が、別の陶器を見つけた。最初の谷から北東へ離れた渓谷だ」


「中身は?」


 セイルが尋ねる。


「空だった。内側には黒く焦げたものが残っていたが、動く根はなかったらしい」


「焼いた跡?」


「見つけた竜が焼いたんじゃない。発見した時点で、もう焦げていた」


 リュカが報告書を覗き込む。


「使い終わった容器を、証拠ごと燃やしたのかな」


「証拠を消すなら、陶器まで砕くはずだ」


 ローディスが言った。


「割れた陶器でも、拾われれば同じだよ。全部を持ち帰れない状況だったのか、また使うつもりだったのか」


 セイルは最初の陶器に関する記述と見比べる。


「形と大きさはほぼ同じ。紐穴も二つ。帝国側で調べた結果は?」


「北方で広く使われる保存容器だそうだ」


 カイルが答えた。


「土も焼き方も珍しくない。作った窯までは分からない」


「山外でも使われる道具だという以上のことは、分からなかったか」


「そういうことだ」


 ローディスは新しい報告の末尾を見た。


「六本指の跡もあったんだな」


「陶器から岩場の北へ続いていた。ただ、途中で消えている」


「また狭い穴へ入った?」


 リュカが尋ねる。


「今度は違う。硬い岩の上へ出ただけだ」


「飛んだ可能性は」


「跡の深さから見て、身体は重い。翼を引きずった跡はない。空を飛べるかは分からない」


 カイルは自分の翼を僅かに動かした。


「少なくとも、竜人ではない」


「前にもグレンガルドがそう言っていた」


「血授を受けていない人族の指でもない。なら、残る候補は多くない」


 魔族か、魔物。


 誰も声にはしなかった。


 今の時点で、六本指というだけでは断定できない。


「もう一つある」


 カイルが言った。


「新しい陶器のそばには、靴の跡も残っていた」


「山外の者が履く靴か?」


 ローディスが顔を上げる。


「竜人の村では、あの形の靴を履かない。大きさは成人のものと同じくらいだ」


「六本指の何かと、山外の者が一緒にいた?」


「同じ日に残った跡かは分からない」


 セイルが書面を指でなぞった。


「雨や風で消えた度合いに、差があったとは書かれていない。可能性がある、という程度だね」


「それでも、帝国側でも調べる理由にはなる」


 カイルの爪が、紙の端へ食い込む。


「あれを山へ運んだ者が帝国の町を歩いているなら、竜だけでは追えない」


「それが、組織から頼まれた協力の内容?」


 リュカが言う。


「そうだ。だが、それとは別に、お前たち三人へ伝言を預かっている」


 カイルは報告書を畳み、その下から小さく折り畳まれた革を取り出した。


「僕たちに?」


 セイルが尋ねる。


「陶器が見つかった渓谷に近い、竜人の村からだ」


 表面には、人族の文字で短い文章が記されている。


 谷で黒い根を見た者。


 陶器を帝国領へ持ち帰り、調べた者。


 その者たちに、村で見つかった痕跡を直接確認してほしい。


「招待状?」


 リュカが革を持ち上げる。


「命令に近い」


 カイルが答えた。


「竜人の村は、外の者を簡単には入れない。だが、村長が来訪を認めた。村へ着けば、村長の娘が案内につく」


「随分と信用されているんだな」


 ローディスが革を見る。


「信用じゃない。自分たちの目が届く場所へ置くためだ」


「案内人は監視役も兼ねる、ということか」


 セイルが言った。


「そう思え。村の掟へ逆らえば、追い出されるだけでは済まない」


「カイルも来るの?」


 リュカの問いに、灰色の翼が僅かに強張った。


「行く」


「帝都から出られないでしょう」


「許可を取る」


「飛行も禁止されている」


「歩く」


「北方まで?」


「お前たちも歩くだろう」


「僕には馬車という文明的な選択肢があるんだよ」


 リュカが笑う。


 カイルは笑わなかった。


「俺が案内する。村へ、お前たちだけを行かせるつもりはない」


 その言葉に、三人は一瞬だけ黙った。


 家名も、生まれた集落も、カイルは答えなかった。


 今も、招かれた村との関係を自分からは語らない。


 それでも、同行だけは譲らなかった。


「出発日は決まっていない」


 セイルが招待状を木箱へ戻す。


「僕たちには授業がある。君には帝都の許可が要る。組織からも、北方へ行けとはまだ命じられていない」


「なら、早く決めさせろ」


「僕たちに言われても困るよ。組織が招待のことまで知っているかも――」


 リュカは言葉を止め、倉庫の隅を見た。


 積もった土が、小さく盛り上がっている。


 土の中から、小型伝令ゴーレムが顔だけを出していた。


 カイルが低く唸る。


「最初からいたのか」


 ゴーレムは答えず、土の中へ引っ込んだ。


 ほどなくして、別の場所から片腕だけを出す。


 その手には、小さな紙が握られていた。


 ――竜人の村からの招待は、北方支部経由の報告で確認済み。これを受諾する。


 ――帝国および兵学府との日程調整後、正式な任務として通知する。


 ――それまでは帝都内で情報を集め、無断で北方へ向かわないこと。


「返事だけは早いね」


 リュカが紙を受け取る。


「正式な任務にするなら、報酬もそのとき決まるのかな」


 セイルが覗き込んだ。


「そこは出発日より先に決めておきたいな」


「お前たちは、本当にそれで人を助けているのか」


 カイルが尋ねる。


「報酬をもらって、人も助ける」


 ローディスが答えた。


「どちらかを捨てる必要はないだろう」


 カイルは三人を見回した。


 信用できるかは、まだ分からない。


 だが、同じ跡を追う理由はある。


 六本の指と、その隣に残された山外の靴跡。


 異なる二つの足跡が、竜人の村へ四人を招こうとしていた。


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