心の傷
クアイフオの屋敷へと戻ってきた一行。
屋敷へと着いた途端、玲はロンに抱きついてわんわんと泣きだしてしまった。
「おやおや、あんなにリオ殿下に啖呵を切っていたのに、同一人物とは思えませんねぇ」
ヤレヤレと呆れた口調でありながらも、玲の頭を撫でてなだめるその手つきは優しい者であった。
「で、あのフォルスターの状況はどいうことだ?知ってんなら説明してくれ。俺達はずっと洞窟に閉じ込められていたから何があったか分からねぇんだ」
楓はロンとリベーリュに尋ねる。
「それは、オレから説明する。まず、結論から言うとあの事件の元凶は、シュヴァルツの人間じゃねぇ。獣王虎・利だ」
リベーリュの言葉を聞き、玲がバッとリベーリュの方を振り向き、みるみる顔を青ざめさせる。リベーリュはやっちまったと言わんばかりの顔をしてゆっくりとロンを見た瞬間………スゴい速さで部屋を出ていってしまった。
「ワリィ………公主様の目の前で話すことじゃなかったな」
「いえ、いつかは知ることですからね」
謝るリベーリュに対して、ロンは悲し気に言う。
「玲にはもうじき、“あの方”のことについて話した方が良いかもしれませんね。今の玲には後ろ盾がが必要ですから」
「その前にアイツには女性の従者が必要じゃないか?今のアイツには近い年頃の女性がいた方が心の拠り所になるんじゃねぇか?なら、お前の婚約者か、妹でも連れてきたほうが良さそうだぜ」
「……考えて起きましょう」
ロンとリベーリュの会話を聞きながらも、何も話か分からない楓と勝峰は玲の去った方を見て心配していたものの、ふとある言葉を思い出す。
「あの、リベーリュさん。リアさんという方は避難できたのでしょうか?民間人は?死亡者、怪我人は?」
勝峰に聞かれ、一度話をやめたロンとリベーリュ。
「そもそも、あの事件は獣王がフォルスターに傘下に入れと言ったが、フォルスターに拒まれ続けたことで滅ぼすように命令を出したらしく、それを察していたフォルスターがツテでリオ殿下に援軍を頼んだらしい。それにより、民間人は火傷や切傷はあれど死者は出てない」
リベーリュは説明するが、二人は更に首を傾げる。
「だったらアイツはなんで、『もっと早く会いたかった』なんて言ったんだ?」
「……これはただの憶測ですが、彼女は“こうなる前に”という意味で言ったのでは?もし、事件が起きる前に会っていたなら、フォルスターも焼け野原にはならなかったでしょうし、親の罪を子も同罪と考えていないことから、私が推測しただけですから」
楓の疑問にロンが答えるものの、勝峰はまだ納得できないのか考え込んでいる。
「親も子も同罪と考えていないというのには情報量が少なく、それも憶測では?」
「いや、憶測じゃねぇ。実際に本人から手紙が届いたから俺達はあの場に行ったんだ。罠とも考えたが、玲がいるってんで向かったってことだ」
二人は顔を見合わせるが、彼女の心情など本人にしか分からないと思い、考え事を止めた。
玲はクアイフオの丘に来ていた。
あの地獄のような光景を思い出しては涙が流れてくるが、それが自身の父親なのだと思い出して唇をぎゅっと噛み、泣くのを耐えた。
自身には泣く資格はない、泣きたいのは住む場所を奪われた、罪無き民間人の方だと思ったからだ。
そんな玲の心情とは真逆の晴天、心地の良い涼しい風が吹き、サラサラと植物が優しく揺れる。緑豊かなクアイフオの丘はやはり平和な土地と言えるのだろう。
「グルルル……」
獣の唸り声に泣き耐えていた玲は顔を上げる。唸り声が聞こえた方向には、火傷の負った白虎がいた。
玲はすぐに駆け寄り優しく触れる。
きっとフォルスターの森にでも住んでいたのだろう。手ぬぐいを瓢箪に入っていた水で濡らし、傷口を優しく拭ってから自身の服を引き裂いて傷口を覆ってきゅっと縛った。
優しく撫でるとなんだか痩せている気がして、白虎の心配で父親の悪行のことを忘れてしまった玲。
『愛いやつよ。選ばし神の子よ』
目の前から声が聞こえた気がして首を傾げる。でもその言葉は頭の中で響いていた気もする。
「お腹空いてるよな、何か食べ物……」
玲は、咄嗟に持ってきた革製のボロボロの鞄を漁る。
『俺は人間の食など喰わん』
鞄を漁っていた玲はまた顔を上げて白虎を見る。
「今の、お前が?」
玲は、まさかなーとは思いつつ、声をかけてみる。
『なんぞ?昔会ったことも忘れたのか?』
やっぱり聞こえた声にあんぐりと口が開く。最近は驚くことが多くて表情筋が豊かにはなったものの、その一歩で口を開けて驚くものだからそろそろ顎が痛い。
『オマエの百面相は今も昔も変わらんな』
『しかし、母親を亡くしたと聞いたぞ。さぞ辛い目にもあったことであろう。しかし、この国のために俺の願いを叶えてはもらえんか』
白虎に助けを求められ、玲は少し混乱してしまう。
「待ってくれ、オマエと国を助けることはどう繋がるんだ?」
『俺はこの国の守護獣だ。この国の衰退は俺の衰退にもなる。竜獣大戦によって荒れ果てた大地、信仰心を無くした人々。それによって国と共に俺も衰弱しているというわけだ。よって、この国の真の獣王となるべき玲に………』「イヤだ!!」
玲は力の限り拒む。
「あ…いや、国を助けたくないってわけじゃなくて、オレみたいな悪虐の王の娘が認められるわけないんだ!!いや、認められちゃいけないんだよ……」
玲にとって父親は呪いで、父がいるが故に玲は自由を手にすることはなく、その心に深く深く大きな傷を抱えることとなってしまったのだった。




