婚約者
玲は白虎を連れて屋敷に戻った。
かつてカルディアの構成員だ人達が温かく迎えてくれる。彼等は今ではこの屋敷の使用人として働いてくれていて、白虎のことも何も聞かずに優しくお出迎えしてくれたものの、ロンはお小言を行ってきた。
何処に行くのか行ってからにしなさいとか、護衛は連れていきなさいとか、誰が世話するのですか、この白虎はなどと言われたが、最終的には渋々納得してくれた。
「まるでオカンだな」
リベーリュは二人を見てニヤニヤ笑う。
「ファウスト」
ロンがその名前を呼ぶと、どこからか現れた女、ファントム。
人前になかなか姿を表さなかったファントムだが、実は影から見守って情報を集める仕事があったのだ。今回の場合、ファルスターの事件について情報を得たのもほとんどが彼女が掴んだものだ。
「ファウスト、しばらくは情報収集の仕事はリベーリュに任せますから、玲の護衛をお願いします」
「そうだな、またいつガルダーに狙われるか分からんからな」
ファウストはそう言ってまた去ろうとする。
「待って下さい。今回は影からではなく、そばで守っていただきたいのです」
ロンにそう言われ、コクリと静かに頷くとソッと玲の背後に立つ。
「なんか怖いんだけど……」
「すぐに慣れますから、我慢して下さい」
玲がブルリと身震いするが、ロンにそう言われてしまうも渋々受け入れる。
「ん?ファウスト、怪我してるぞ?」
ファウストの手の甲に怪我をしていることに気がついた玲は、また服を引き裂いて包帯のように手の甲に巻いてやった。
それを見てため息をつくロン。
「そういや玲公主様にいくつか報告がある。一つはカルディア本部からの手紙で、大量の退職届けを受理する前に事情を確認するために、幹部の者を数人こちらに来させるってよ」
大量の退職届けを受理するのも大変だが、次もあったのではたまらない為、事態の把握をするのが大きな組織としては当たり前のことだろう。
「それと、公主様の婚約者からも手紙が来た。近々こちらに来るってな」
え……っと声を漏らして目を見開く玲。
自分でも婚約者がいるという事実さえ知らなかったのに、そこまで調べているのだろうと予想して呆れる。
どちらが早く来るのかと思っていたが、数日もしない内にやって来たのは婚約者の方だった。
「お初にお目にかかります、玲公主様。黄家次男の瑞霖と申します」
屋敷へとやって来たその男性はこげ茶ロングヘアで、まるで獅子のたてがみを連想させる見た目に、健康的でスベスベの美しい褐色の肌、上等の黄色、黒色、赤色、茶色の華やかな漢服は胸元を肌けさせ、セクシーで色気のある獅子の獣人。
「いや、堅苦しいのは苦手だから敬語は無しで」
「そりゃ、楽でいいな」
玲が敬語が苦手といえばすぐに、距離を詰めて来るような気安い口調になる婚約者。
(オレの周りってなんで口調悪くて、悪巧みするみたいに笑う奴ばっかりなんだ)
そう思ってしまう玲だが、それは治安が良くないバイフウだからこそだと思われる。
「急な話だが、オレは婚約者がいるなんてつい最近まで知らなかったから、アンタのことは何も知らないし、結婚もするつもりはないんだ」
「そもそも、劉家のことや親父が然るべき処罰を受けたのを見届けたらフレグレンスに行って残りの人生を悠々自適い過ごす予定だ。だから、親が決めた婚約なんて破棄しないか?」
玲の話を真面目な顔で最後まで聞いてくれた瑞霖。
「ワリィがそう簡単な話でもねぇんだ。親同士で决められたもんだからこそ、親同士にしか決定権がねぇ。まぁ確かに、どちらかが法で裁かれただとか、亡くなったなんてなれば婚約を見直すか破棄だかにはなるだろうな」
ハァーっとため息をつく姿さえ、彼は美しかった。しかし、それを見ても玲は別のことを考えていた。
(褐色の肌って生まれつきかな?それとも日焼け?黄家はこのクアイフオからも近い南西にあり、オハナとも近い地域は砂漠のような暑さだから褐色の肌の人が多いのですよってロンが言ってたな)などと考えていた。
「いつかは、民の金で私腹を肥やす奴ら全員処分するつもりだし、クーデターとはいかずとも、この国をひっくり返すほどの革命を起こしたいとは思ってる!!でも獣王になるつもりは無いし、この国にずっとは居られない。虎家に不信感を持たれてるはずだからな。大好きなバイフウの人達に罵られたくはなから……」
初対面にも関わらず、本音が出てしまったのは先の事件で心が弱っているからなのだろう。
「まぁ、俺はどっちでも構わねぇが。オマエの後ろにいる女下がらせろ。話ずれぇ」
瑞霖は玲の後ろに立つファウストに目を向ける。
「公主様に見られて困るようなことでもするつもりか?そうでないのなら、いた所で問題は無いだろう」
なぜだか勝ち誇ったような顔で言うファウストだが、その顔は玲には見られていない。
玲にはファウストを見て不快そうに眉をひそめ、喉でグルルルっとケモノの唸り声を漏らす瑞霖しか見えない。
「まぁいい。知らないなら教えてやるよ。俺は竜獣大戦が始まった日と言われ、バイフウでは嫌われる日に産まれた。期待されて、戦地で活躍している兄貴とは違って俺はどんなに学を学び、素晴らしい研究結果を出そうとも、あの家の奴らは見向きもしねぇ期待外れと罵られる、形だけあの家に置いてもらっているだけの男だ」
しかし、ここで玲は首を傾げる。
「いや、オマエもう家出て自立してるって聞いたぞ?スラム街に屋敷建て食の無い奴等働かせて、給金あげて、働き方だとか礼儀作法だとか、何処に働きに出しても良いように教育してるって聞いたぞ?」
玲の言葉に恥ずかしそうに目を逸らす瑞霖だが、ニヤニヤとバカにしたような笑みのファウストが視界に入り、イラッとする。
「オレはな、確かに王がいるから民があるとは思うけどよ、民の働きがあるから王がいられるとも思ってんだ。このご時世だ、働く時に書く契約書の内容が読めないと、労働者を騙して劣悪な労働をさせる雇用主もいるからな」
その話に瑞霖はチッと舌打ちする。
「だから、婚約はいつか破棄したいけど今はこの国を変える為に手伝ってくれないか」
ズイッと前のめりになった玲は、真剣な顔でそう言ったのだった。




