皇太子
グーガに案内されてやってきたのは誰かの野営地。バイフウ軍では無さそうだが、グーガは躊躇うことなくズンズンと進んで行き、布で仕切られただけの天幕の中へと入って行ったので、三人もその後を追って入る。
「殿下、民間人の避難はこの子供で最後なので避難所にて親を探してきます」
グーガはそう言って天幕を出ていってしまう。
グーガが、声をかけた天幕の奥には怖い全身黒ずくめに黒の甲冑姿の男。黒茶の少し長めの髪、その長い前髪からチラリと覗く鋭い眼光に三人の背筋が凍る。
まだ男は何も話していないのに、無言で見下してくるその視線だけで威圧され、三人は怯えてしまった。
そもそも、殿下と呼ばれていたのだから、他国の王族であることは間違いないのだろう。
そして、その黒い人とは対象的に隣に立っている男は全身白のスーツで、目元が白の仮面で見えないものの、口元はニッコリとしている男も気になるし、こちらもニコニコしながらも圧力を感じる。
更には天幕内には複数の騎士達がにらみを聞かせてくる。この状況で怖がらない人がいるなら見てみたいと玲は思った。
「虎・玲。……この戦をどうみる?」
全身黒ずくめの男が玲を見下ろしながら、低く冷たい声で問いかけるも、痛い視線とプレッシャーに口をパクパクさせて慌てふためいてしまう。
そんな自分にイライラするけど、答えられない玲に対して更に圧をかけてくるような視線にもイライラしてきた玲は、遂に爆発してしまう。
「なんで……なんで関係の無い民間人が襲われなきゃならない!!戦争なんて、王族同士の見えの張り合いだろう!!!!関係の無い人を巻き込むな!!オレたちが何したってんだ!?許さない……絶対に許さない……民を虐げるような王族も、ホイホイ命令に従うだけの兵も、戦争を長引かせてる竜人も、食料難で餓死する子供達を見捨てる大人も、全員大嫌いだ!!!!!!」
玲の心からの叫びに、その場に居た誰もが怯んでしまう。真正面にいた黒い人と、白い人は玲の目がキラリと金色に光ったのを見逃さなかった。
玲から溢れるのは、苦しいほどの負の感情たちだ。そこには、親に対する憎悪まであった。流石に、今の玲に戸惑っている様子の楓と勝峰だったが、騎士達が危険と判断し玲を、取り囲もうとしたので、二人が玲を背にかばい、戦闘態勢に入る。
玲からは、百獣の王の威厳ともいえるほどの殺気がどんどんと膨れ上がっていく。しまいには、憎い憎い…とつぶやき出す始末に白い人の方が焦った様子を見せる。
「そこまでです。お久しぶりですね、リオ・シュヴァルツ皇太子殿下。お話はかねがね……なんでも、兄を追放してその座を手にされたとか……実におめでたいことですね」
凛とした声に、ハッとした玲が天幕の出入口を振り向くと、そこにはいつもと変わらないうっさん臭い笑みのロンが居て、玲の瞳が金色から碧眼へと戻る。その様子をチラリと、見ていたがすぐに黒い人へと怪しい笑みを向ける。
現れたロンは以前のフレグレンス製の服ではなくバイフウの青と白の武官の服を着ていて、袖や革製の帯には銀の龍の刺繍がされていて、一般的な武官よりも派手である。
「社交界から姿を消したと思えば、こんな所で会うとはな……。国取りでもするつもりか……?」
「ご冗談を。私にはそのように大それたことはできませんよ。同じ竜人族ではありますが、兄の地位を奪うこともしませんので」
リオの疑問にも堂々とした立ち振舞で返答するも、その言葉にはどこか棘がある。
そして、話しながらも玲の前にまでやって来たロンはサラッと玲を自身の背中に隠してしまう。
「前に会ったときとは随分と雰囲気が変わったようだな」
ロンの言動に顔しかめて冷たく言い放つリオ。そんな表情の変化を気づいてないかのように、不敵な笑みのロン。
「変化にもお気づきになられるとは、そんなにも私のことを気にかけてくだせっているのでしょうか……。それとも、余程退屈な毎日をお過ごしでしたか?」
ロンの言葉に周りを囲む騎士達が、殺気立つ。おいおいと止めに入る楓だが、ロンは止まらない。
「玲公主様は、王位継承権を破棄されてはおりませんが、既に王家とは絶縁状態ですから今回の件とは関係ございません。そもそも大后に虐待をしているのに助けに来ない父親も兄達も、頭の狂った連中なのですから、相手にするだけ無駄ですよ」
「余程お暇なのでしたら、余興として好きにして下さって構いませんが、玲に対して責任を問うのであれば、我がウントリヒ家も動きますのであしからず」
上品に両手を揃えて大きな袖に隠すようにすっと入れ、頭上に掲げてきれいな所作でお辞儀をする。
「形だけの礼儀など不要ださっさと行け」
リオは冷たく言い放つとふいっと退屈そうな顔をして顔を背けた。
「お優しいことに、こうおっしゃっておられるようなので、行きましょうか玲」
いつも通りの笑顔で言うロンにコクリと頷くが、キッとリオを睨んでからスーッと一息……
「リオ・シュヴァルツ!!オレが絶対この国を変えてやるから黙って見とけ!!!!オレの大切な善良な民に危害加えたら容赦しねぇからな、覚えとけ!!」
「そんで、バイフウがいい方向に変わって、昔みたいに賑わいのある平和な国になったら、同盟を考えといてくれ……そんだけだ!!じゃーな!!!!」
玲は、本当にそれだけ言うと勢いよく天幕から飛び出して行った。楓、勝峰、ロンも後を追う。
玲が去った後、予想外のことを言われたリオは目を見開いて驚いていた。
「ギリィ!!」
隣から聞こえてくる強い歯ぎしりが聞こえ、片手を上げて人払いをさせる。すると、騎士達は蜘蛛の子を散らすようにあっという間にいなくなる。
「砕……なんだ、そのふざけた仮面は」
リオは呆れたようにため息をつく。
「……これは身バレ防止にラウ殿下からいただきました」
殺気立った雰囲気とは一変して、ニッコリと満面の笑顔で言う砕。
「それで、妹に会ってどうだ?」
「玲に寄り添うあの男が気に食わない」
リオの問いに砕はロンを思い出して再び殺気立つ。
「あの男が何を企んで玲に近づいたかは知らないが、父親の件が片付いたらあの男も片付けてやる!!」
ロンに対して凄まじいほどの殺意を向ける砕。
「もう時期獣王も崩御するだろうが、お前はどうするつもりだ……」
「私と苑は王家を離脱し、国を出ます。私はこのまま貴方の影となり続けます。そして玲を王にし、陰ながら支えるつもりです」
そう言われてリオは玲の、啖呵を切った時の金色の瞳を思い出す。
「“アレ”はなんだ……」
リオの言葉に砕も玲の瞳を思い出す。
「私にも分かりません。ですが、アイツは何か知っているみたいでしたね。一度フレグレンスに行って調べてきます」
そう言った砕が一瞬にして消える。
「…………“ギフト”か…」
リオは一人そう呟いたのだった。




