この感情の名前は
私の小説には空白を多く使うようにしています。
私が目指しているのは、読書が苦手な人でも読める小説。面白い、続きが気になる、また読みたいなど、そう思ってもらえることは勿論なのですが、小説を読むことを苦手とする人たちにも、読書の楽しみを知っていただきたくて、工夫しながら書いておりますので、そんな工夫を楽しみながら読んでいただけたらと思います。
先日、突如として玲の前に現れた“ロン”と名乗る男は挨拶だけして忽然と姿を消した。
どうやって劉家に忍び込んだのか、今どこに滞在しているのか、誰にもバレていないのか、気になることは聞けずじまいである。
噂では妻を亡くした利は、日々狂っていって手がつけらないほど暴れていると言われている。
カルディアも認める親族、家族であることは理解できるが、あの資料をどうやって手に入れたのか、何故会うのが遅かったのか、今になって会いに来た理由は?そればかり考えていた。すると、部屋の外が騒がしくなる。
コンコンコン……
「…」
デジャヴな展開にピタリと止まり視線を扉に向ける。
ドゴーン!!
すると扉が蹴破られ、ロンではない人物が現れる。
「「……」」
無言で見つめ合う二人。
現れた人物は暗殺者が着る夜行衣と呼ばれる全身黒ずくめの男。朱色の鋭い吊目が玲を射抜く。
一瞬で玲に近づくとヒョイっとお姫様抱っこをして窓から飛び降りて素早く屋敷を離れる。何が起こったのか分からない玲は、目を白黒させる。
すると、森を走っていた男に向かって短剣が飛んでくる……が、短剣を空中で身を翻し交わす男は猫のようである。
「獲物を横取りとは、ルール違反ではないか?ガルダー…」
追っ手はどうやら女性のようで、低いトーンではあるが女性らしい凛とした声音に玲は様子を伺うも、謎の男に布で隠されて見えない。
「ギルドに顔を出すことも無くなったお前に言われたくはないが、そもそも闇ギルドにルールや常識などと言われてもな」
玲を抱き上げている男が馬鹿にしてような声音で言う。その声に聞き覚えが有り、会話に耳を傾けながら記憶の中から一致する人物を探る。
「ガルダー、そもそもお前は玲の暗殺依頼で来たのではないのか?何故助ける……?」
女性は男に問いかけている。
(助ける…?助ける……あ…)
玲は、声の主であるガルダーと呼ばれている人物のことを思い出した。名前も知らない男だったが、抱き上げられた感覚とニオイ、温もりに、聞こえた声音は、記憶の中の人物と一致している。
このガルダーと呼ばれる男は、前に一度屋敷で泣き崩れた玲を抱き上げて、運んでくれた人物である。確かにあの時、玲の暗殺が目的だったと言っていたような気がする。
「玲は、コチラで保護する引き渡せ」
玲は、女性の言葉が信用できずに顔を歪める。顔が見えないのに何かを察したガルダーは、女性には分からないくらいの力と動作で玲の手を優しく、だがしっかりと包み込むように握る。
「ファントム、お前がどういった経緯でヤツに仕えているかは知らんが、我々が裏社会に生きる者だとゆうことを忘れるなよ」
ガルダーはそう言ってソッと玲を木陰に優しく降ろす。どうやら地べたでは無いようで、布の感触がある。その布からは男からしていた匂いと一致することから、男の上着か何かではないかと、玲は予想した。すると男の気配がグっと近づいて来るのを感じた。
「お前を逃さない、また会いに来るからな。……忘れるなよ、玲公主」
ガルダーはファントムには聞こえないボリュームで、優しく玲の耳元でそう囁いた。
低くて心地の良い声が耳元から直接聞こえてゾクゾクする。でもその声音は心地の良いものでふわふわとした感じたことの無い感情に玲が戸惑っていると、名残惜しくも彼は離れて行く。縋るように伸ばした手は彼を捕らえることはなく、空を切る。
そして、その気配が消えるのが分かった。
近づいてくる別の気配に身構える玲。
バっと顔を隠していた布が剥ぎ取られる。
目の前に立っていたのはロン。その後ろにはガラの悪そうな見知らぬ男。
フレグレンス製のスーツを着崩し、ワックスで藍色のウルフカットの髪をオールバックにしたその男性は、兎に角目つきが悪く、目の下には濃いクマもある。容姿はいいが近寄りがたい雰囲気がある人物だ。
その横には先程喋っていたであろう女性。ガルダーと同じく夜行衣で全身黒ずくめの女性は目だけが見えるが丸くて大きな瞳は漆黒で、闇ギルドとは言っていたが優しい瞳に見える。
だがその瞳の奥には静かなる殺意や憎しみや不安や哀しみが潜んでいた。
「おや、驚かせてしまったようですね」
「ですが時間がありません。移動しましょう」
ロンはそう言って方向転換して歩き出す。
すると今度はガラの悪そうな男がズンズンと玲に近づいてきて、玲を米俵のように担ぐ上げる。
「時間が、ねぇから歩きながら説明してやんよ公主様」
バタバタと暴れるも、男は細身ながらもしっかりとした筋肉で身動きができないので、玲は暴れることをやめて大人しくなった。
「俺の名前はフレグレンスの正規ギルド“ヘッドドラゴン”所属のリベーリュ・プロブレムだ。女っぽい名前って言ったらぶっ飛ばすからな」
【正規ギルド】
カルディア公認のギルドのことを指す。カルディア不公認が闇ギルドと呼ばれていて、ギルドによって依頼内容が異なる。正規ギルドでも、商業、冒険の二種類が有り、それぞれにあった依頼をカルディアが仕分け、それぞれのギルドに郵送している。
「そんで、今の騒ぎは俺が劉家のセキュリュティにハッキングして起こした騒ぎだ」
言われて納得した。今日は劉家の者は誰もいなかったので、指揮をするものが誰もおらず、急なハッキングの対処に追われ混乱していたのだろう。
「本来の作戦であれば、私がその混乱に乗じてお前を連れ出すはずだったんだがな……」
「私はロンに雇われている闇ギルド“ラ・モール”所属のコードネーム“ファントム”だ。お前を連れ出したアイツも同じギルドの所属のヤツでな、コードネームが“ガルダー”だ。アイツがお前を連れ出した理由は分からんが、少し前に、お前の暗殺依頼を受けていたことからいつかはお前を狙ってくるだろうな」
淡々と説明してくれるリベーリュとファントムだが、玲の頭の中はガルダーのことでいっぱいだった
初めての感情。
家族にも同じような感情を抱いたことはあるが、それとは違う胸が高鳴る感情に名前を付けられずにいた。
(また名前呼んでほしいな)
感情には名前を付けられずとも、玲は二度も助けてくれた“ガルダー”に対して、そんな風に思ったのだった。




