瓜ふたつ
衣のフリをした玲と思われる彼女は稽古場のステージに立ち、クルクルと華麗に舞ってみせる。ブレのない軸、指の先までしなやかで美しくしなやかで、洗練されている。
「母上はね、一度顔も身分も隠して、ステージに立って舞を披露したことがあるの。その舞は民を鼓舞し、一時期的にではあるものの、バイフウはかつての活気を取り戻し、母上は正体不明の舞姫として絶大な人気を得ることとなったのです」
衣は嬉しそうに、楽しそうに笑いながら妓女姉妹から稽古を受けている。
バイフウの舞と言っても、身分や性別によっても種類があり、武器や鈴や扇といった持つものにもよって変わる。
健舞。テンポが速く、力強く軽快で、躍動感のあるダイナミックな踊りです。西域から伝わった民族舞踊の影響を強く受けている舞で胡旋舞、胡騰舞、剣器舞がある。
他にも、盤鼓舞。床に置いた複数の皿(盤)や太鼓(鼓)の上を、踏み鳴らしながら軽快に飛び跳ねる非常に技巧的な舞や、巾舞。長袖舞。長い布(巾)や衣装の長い袖(水袖)を新体操のリボンのように美しく翻して踊る舞。そして一番良く見る、折扇舞。扇子を道具として使い、指先の細やかな動きや女性の羞恥心、華やかさを表現する雅な舞など、鍛錬した者にしか舞えないと言われている舞もあるほどだ。彼女が本当に玲であるならば、大后に監禁され、男として育てられた者には難しいはずの舞だが、紅花の目の前で稽古している彼女は、素人目から見ても見惚れるほどの美しさだ。
一方で、一緒に稽古に参加している新人妓女である瑠琉は、舞を覚えるのに必死で覚束ない足取りでバタバタとしていて見苦しい感じになってしまっている。初心者であるならばそれが当然なのだが、舞の教育などされていなかったはずの玲であると知ってしまうと、紅花には今見えているものこそ、偽りの世界なのではないかと思ってしまう程だ。
もし、衣本人であるとしても先程の会話には違和感がある。けれども、玲だとすると、その教育は一体いつ、何処で、誰に教わったのかとゆう疑問が出てくるのだ。
面倒極まりないこの状況を、宰相たるロンにどう報告すべきか悩んだ紅花は、大きなため息をついた。
遠い目をして、現実から目を逸らした彼女が出した答えは、ロンへ丸投げすることだった。この面倒極まりない現状をありのまま伝え、思考して解決することは全てあの男に丸投げすることにした。
すると、稽古についていけなくなった瑠琉が、グッタリとした様子でステージから降りてきて、紅花に近づいてきた。
「姉様方も、公主様も素晴らしいですよね。私にはとてもではありませんが、あの稽古にはついていけそうもなく………」
彼女は、素朴で目立たたぬ容姿、黒髪黒目に自信のない曲がった背中、オドオドした様子と小さな声、気まずそうな苦笑いを浮かべて話しかけてきた。
「衣様は随分とこちらでお世話になっているのか?」
「はい、私は新人なもので詳しくはありませんが、今の女主人である店主様になる前からお付き合いがあるようで、王宮を抜け出してはこちらに滞在していたことも多かったと聞いています。それこそ、亡くなられた先の王后様とも一緒に来られていたそうですよ」
彼女の様子に気にする素振りなく、気になったことを聞くと、彼女はなんの疑いもなくペラペラと話してくれる。
「そうか………瑠琉は何故妓女になった?」
「妓女になる人の殆どは同じ理由ですよ。身寄りがないとか、借金があるとか、家族から逃げてきたとか。私は、家族から逃げてきたんです。でも、お店のものを壊してばっかりで借金が膨らんで………怒られてばっかりなんです」
暇潰しに聞いただけだったが、思ったよりペラペラと深い所もまで話してきて、紅花は気まずくなる。
「私、妓女は向いてないとは思うんです。でも、家に帰ったら待っているのは親からの暴力だし、姉とも比べられるしで嫌なんです!!………あ、熱くなっちゃってゴメンナサイ………」
身に覚えのある言葉にハッとすると、彼女は気まずそうに黙っていた。
「私も優秀な姉妹がいて、比べられることに不満を抱いていた時期があった。お前と同じように家族から逃げ、自らの名を捨て、今は全くの別人として、陛下にお使いしている身ゆえ、少しは気持ちが分かる。困っているとゆうのであれば、時期にある王宮の人員募集の面接に応募してみるといい。推薦などとゆう贔屓はできないが、お前が本気で変わりたいのであれば、機会を作ってやることくらいはできる」
最初は気だるそうにしていた紅花が、真剣な眼差しで彼女を見ると、彼女は瞳を潤ませて紅花を見ていた。
「私、絶対に応募して受かってみせます!!そしたら、友達になっていただけませんか!?」
潤んだ瞳をキラっと輝かせた彼女の真っ直ぐな瞳。紅花はファントムになる前のことを思い出して、見たこともないくらいの優しい笑顔で口を開いた。
「これでもかつては、前田家の長女だった身だ。いつかではなく、今日から私達は友達だ。困ったことがあればいつでも頼れ、これでもかつてはそれなりに稼いでいたからな、貯金もあるからな」
紅花は余裕の笑みを見せたことで、とうとう彼女はわんわんと泣き出した。そんな彼女を姉のような温かさで優しく抱きしめる紅花。
稽古中にもかかわらず、二人の様子をしっかりと見ていた玲は、妓女姉妹と会話しながらも内心は聖母のような笑みを浮かべていた。
出会った頃から、どこか気だるげで、悲しそうに揺れる瞳に、過去に何らかのトラウマか何かがあることは予想できていた。ファントムになる前に何があったかは分からないが、耳のイイ獣人の玲には話の内容が筒抜けで、なるほどと思って聞いていた。
どの時代、どの国にも優秀な兄弟や姉妹に劣等感を抱くものは多い。玲にとって衣は劣等感の抱くような対象では無いが、自分達に面倒事を押し付けてトンズラした兄達には、恨みしか湧かない。
玲と衣は確かに瓜ふたつではあるものの、得意とする分野は真逆だ。玲は男性的な運動や政治や外交やコミュニケーションといった分野においては得意だ。衣は、細やかな算術や舞や、刺繍などといった女性的な分野が得意である。それでもこうして入れ替わっても気づかれにくいのは、必死な努力によるものだ。衣が持ちうる全てのスキルを違和感がない所まで鍛錬したその努力こそ、玲の長所であり、衣には真似出来ない唯一である。




