不安の中現れた少年と玲の覚悟
グルグルと色んなことを考えて、とうとう気持ち悪くなって吐きそうになってしまう玲。
「そんな考えて何になる?」
「うわああああああ゛あ゛あ゛!!!!」
誰も居ないと思っていた部屋で、バルコニーから声を掛けられた玲は、奇声を上げて飛び上がる。
「バイフウの王族ともあろう者が情けないことだ。王族たるもの、どんな時も感情を見せぬものだ」
揺れる白のレースカーテンから、スッと音もなく現れた見知らぬ男。上等な黒のスーツには、オハナの伝統の刺繍と思われるものが見え、茶色のふわふわとした短髪に青鈍色の瞳の少年。
歳は玲よりも下に見えるものの、その仕草や表情はどこか大人びて見えた。
「だ………誰だ?」
まだ驚きで心臓をバクバクとさせながらも、玲の口から出た言葉は純粋な疑問であった。
「俺はリベラート・ケリイ」
少年は玲の隣に静かに座ると、そう自己紹介してくれた。
「リベラート・ケリイ……」
玲は言われた名前を口に出して考えた。どこかで聞いたことがある気がして、じっと少年を観察するも何も分からない。ただ、“ケリイ”というファミリーネームは、オハナの特徴である為、少年はオハナの人か、オハナの出身だと考えられる。
「俺のことなどどうでもいい。何をそんなに思い悩む必要がある?お前は考えるよりも身体が先に動く質だろう」
少年は、まるで昔から玲を知っているかのように話す。玲は少年の言動と見た目とのギャップに少し不気味さを感じ、鳥肌が立った。「オレのこと知ってるのか?」
否、国外の人は玲の存在を知るわけがない。それが王族や貴族やギルドの者といった、情報通なら知っていてもおかしくはないが、こんな幼い子供で、一般市民であるなら王宮に閉じ込められ、その後は比丘尼に連れられて劉家の屋敷で幽閉されていたのだから、玲のことを知れるのはカルディアや国内の人々のみとなるのだ。
「知らん」
だが少年はバッサリと表情を変えることなく言いきった。
「だが、お前は考えるよりも先に人を助ける為に動ける者であり、その人達が欲している言葉を自覚無く言ってのけるほどの人たらしだ」
言われている言葉が理解できずに首を傾げてしまう。人たらしの自覚がない玲には、少年の言っている人物が自分だとは思えないのである。
「数十年程前、ヴィーという女がいた。お前と同じで考えるよりも先に、民を愛し、心から寄り添っていた彼女は、民のために春になれば炊き出しを行い、夏になれば水や氷を無償で受け渡し、秋になればドレスで畑に入り民と豊作を喜び、冬には寒い日に備えて温かい毛布や暖炉に使う炭を受け渡していた」
ロンから各国の色んな歴史を教えてもらっている玲だが、少年が話す出来事はロンから聞いたことのないものだった。
「彼女は王族ではあったが、側室の娘であり、王位は継げぬ身ではあったが、皆から愛されていた。王は孤独なる存在だが、皇女たる彼女は、気品があり、美しかった」
少年の話を聞いていると、どこか母と重なる部分があることに気づいた。玲の母である鈴麗は、春には花々を愛でて食べられる花は引っこ抜いて、女官たちに持たせていた。
夏には利が持ち込んだ大量の氷をこっそり削りフルーツの果汁をかけて、暑さに弱い子達を中心に食べさせていた。
秋にはこっそりと庭に出て、薬草やら栗やらキノコやらを取って来て、保存がきくように加工してから使用人達に配っていた。
冬は自分の古着をリメイクして玲や衣に着させたり、まだ幼い女官達にあげていた。
「この世には王になりたくても、生まれた順番、実力や才能、母親の身分によって王になれない者も多い。故に王とは時に血を分けた兄弟達と血で血を争いその座を奪い合う。お前は争いも、民が傷つくことも嫌うならば、いい方向へと、仲間と共にこの国を導く王となれ」
少年の言葉に玲は頭がズキズキと痛む。
{それはまだ、母と共に暮らしていた時のことだ。母の顔は全く思い出せないものの、暖かく抱きしめてくれる母の温もりは覚えていた。
「玲、貴方にはね伯父様が二人いるの。喧嘩することもあったけれど、お兄様も兄上様もとってもお優しかった。でも、血は絶対みたい………だから、貴方達には王位継承争いなどしてほしく無いわ」
母は父が政務で忙しくしていたある日、そんなことを言っていた。母は父の目を盗んではいつも女官の服を着て外出することが多くて、美人白麗といわれる見た目とは違って、お転婆なところがあった……}
母の言葉と、少年お言葉が重なって胸が苦しくなる。親不孝なことに、父の顔は思い出せるのに、母の顔はずっとぼやけたままで思い出せないのだ。
「逃げるなよ、玲。今お前がフレグレンスに住みたいと考えていたとしても、お前を王へと望み動いている仲間達をがっかりさせてやるな……俺から祝の品をやろう。今日はバイフウの愚王が崩御し、新たな王が誕生した日だ」
少年はそう言って封筒を渡してきたが、玲は受け取りながらも、少年の瞳から視線を反らせずにいた。何故なら、その瞳は黄金に輝いていたからだ。
玲は、自分の瞳が黄金に輝いていたことがあることを知らない。けれども見たことがある気がして、見入ってしまっていた。
「悪いな、時間だ。次は別の“形”で会える日を楽しみにしている」
少年は年相応の楽しそうな笑顔を見せると、バルコニーへと向かい、そこから飛び降りて姿を消してしまった。
少年と話していると、家族と話しているかのような安心感と、心がスッキリとした晴れやかな気持ちになっていた玲は走り出す。
旧王宮の客間は大きな本棚がいくつかと、大きな茶色の窓に赤の分厚いカーテンが一つ。部屋の真ん中には茶色のヴィンテージテーブルと、花がらの赤色のソファー。そのソファーにはロン、ファントム、勝峰、鏨、柏そして玲の双子の妹である衣の姿もあった。
そしてその部屋の扉が勢い良く開け放たれた。
「オレ、獣王になってこの国を豊かにしたい!!一人じゃ何もできねぇから手伝ってくれ!!!!」
突然現れた玲は開口一番にそう言って頭を下げた。
「ええ、私はどこまでもお付き合いいたします」
「カルディアの給料の真相を証明してくださったのです、給料以上の働きをして是非ボーナスを!!」
ロンは静かに素早くバイフウ式の礼をして答え、勝峰は元気に返事をしつつ交渉もしている。
「私はつい先日闇ギルドを脱退し、この一生を玲に尽くすと決めた身だ。帰る場所などない」
なんだか驚くべき発言をされたが、真剣な顔でサラッと言うものだから玲は気づいていない。
「フン!!善良な市民を傷つけたなら俺がその根性を叩き直してくれる!!」
「僕達も玲に助力するよ」
鼻を鳴らし、腕を組んで仁王立ちで返事をする鏨と、優しく微笑みながら助力すると言ってくれた柏。
「姉さん、私にできることがあればなんでも仰って下さい。不可能なことも、姉さんの為にどんな課題だって乗り越えて見せますから」
玲と瓜ふたつの顔だが、女性らしいふわふわとして表情ときらびやかな簪に、華やかな化粧をしている衣。




