崩御
それは突然のことであった。クアイフオの屋敷いつも通り過ごしていた。
それが急にあの女………比丘尼が軍人を引き連れて屋敷に押し入って来たのである。そして、玲を見つけるなりその細くてキレイな左手首を力強く握った。
「やっと見つけたわ。さぁ一緒に王宮に行きましょう。そしてすぐに即位の義を行うのよ」
不気味な笑みなのに、その目は玲を見ておらず視界が定まっていない。玲はトラウマを思い出して可哀想なくらいブルブルと震えている。
バシン!!
大きな音と共に叩き落とされる比丘尼の右手。
「大后。貴方がいつまでもその座に座り続けられるとは思わぬことです」
ロンがそう言うと、黒色の軍服を着た男性達が比丘尼を包囲する。
「カルディア本部の命にて遅ればせながら参りました。デスカードルのテア・マフィンです」
カルディアの構成員達を指揮していたのは、先日ぶりの登場であるテアだった。
「離しなさい!!この私を誰だと思っているの!!」
構成員に拘束されてもなお暴れる比丘尼。
「大人しくして下さい。貴方の罪状の証拠は全て本部に提出されており、劉家が完全に滅ぶのも時間の問題ですよ」
テアにそう言われた比丘尼はダラリと力を無くし、構成員達に支えられながら外に連れて行かれる。どうやら比丘尼が連れてきた軍人達も捕縛されたようである。
「先日ぶりです、公主様。奴等が乗り込んで来る前にに到着出来たら良かったのですが、フレグレンスを出る前に皇帝陛下が置き手紙を残されて、どこかにお出かけになられたという騒動に巻き込まれたり、獣王様が崩御されたと聞き混乱してしまったことが遅れてしまった原因かと……」
テアしゅんと悲しそうに玲の赤く腫れた左手首を見る。
「崩御?事実を確かめたい。テア、カルディアの命に従い罪人を連れ出すなら、王宮でも貴族の社交場でも、オレが立ち入ることを許可する。楓、リベーリュ、屋敷のことは任せてもいいか?」
「「おう」」
玲の指示にテアは右手を左胸に添え、静かに礼する。楓とリベーリュは返事をして屋敷の者達に警備の指示を出す。
そして、玲がロン、勝峰、ファントムに目を向けると、三人はバイフウ式の両手を重ね合わせての礼をする。
「ここに来る前に聞いた話では、崩御されてすぐ後に長男の虎・砕様と次男の虎・苑様が王室を離脱され、行方をくらまされ、王宮は混乱していると聞きました。民間人の暴動が無いとも限りませんから、十分にお気をつけて下さい」テアはロンたちに見習いバイフウ式の礼で四人を見送る。
四人がやって来たのはの、かつては商業が栄え賑わっていた首都・ジャオメイだったが、今は欲に溺れた色街となっている。
民間人達が住む住宅街は質素でボロボロなのに対し、貴族街や色街は絢爛豪華で赤色が映える大きな建物が多い。色街を歩くと聞こえるのは、肌けた色っぽい漢服を華やかに着飾り、客を呼び込む妓女の可愛らしい声と、欲に溺れる男達の下品な笑い声……
ファントム以外の三人は、その様子に不快そうな顔をする。
ここでは、男は欲と見栄が渦巻き、女は気に入りの男を取り合い色を売り、今日生きるのに必死なのだ。
四人は早足で色街を出て王宮へとやって来た。色街や貴族の屋敷より華やかな赤色の壁、オレンジ色の瓦屋根。大きな赤い城門を潜れば、丸石で整えられた道が数々の宮殿に繋がっている。
玲はその道を迷いなく真っ直ぐ、真っ直ぐ進み、王宮のド真ん中にある宮殿へと入る。そこには王の執務室、寝室、王の間があり、王の間の扉を迷い無く開け放つ。
黄金に輝く玉座の前で何やら言い争う赤い服の官服を着て、胸と背中に“補子”(ほし)と呼ばれる階級を表す動物が刺繍されたパッチを縫い付けられた服の老人達がいた。王が崩御したというのに、喪に服すでも無く、こんな所でワラワラ集まって言い争うなんて見苦しいと玲は思った。
「公主様、もはやお世継ぎは玲様と衣様のみ……どうかうちの息子と結婚し、共に平和で美しいバイフウを取り戻そうではないですか」
「いやいや、何を言う。玲様はワシの甥っ子と結婚されるに決まっておるわ」
「ええい、どけ!!公主様、うちの孫息子は逞しく、容姿端麗で博識ですぞー」
玲の登場に気がついた老人達は押しのけ合い、玲に詰め寄っては結婚の話をする。
「何を言う。玲様も衣様も既にご婚約されているわ、老いぼれ共め!!」
「親が決めた婚約など今となっては効力を持たぬわ馬鹿め!!貴様も老いぼれではないか」
ワーワーと玲を取り囲んで叫ぶ老人達に玲は耳がキンキンと痛むのを感じ、白虎のケモミミがペタリと下がった。
「老い先の短い者達よ、黙りなさい。公主様は獣王様が溺愛されたお世継ぎです。貴方方が取り入れ得る用なお方ではないのです」
ロンにそう言われて一時期的に黙る老人達。
「お前は誰じゃ!!この国に関係の無い者は出て行け!!」
一人の老人が声を上げると次々と賛同する老人達。
「お黙りなさい。王を敬い、喪に服すでも無くこんな所でワラワラと集まっている方がどうかしています。恥を知りなさい」
勝峰がそうピシャリと言うと、図星を突かれた老人達が静かになる。
「言っとくが、お前達は今日限りで文官、武官をクビにする。さっさと王宮から出ていけ。出て行っても、お前達に待っているのはカルディアが管理する刑務所だけどな」
そう玲に言われると、老人達は次々に地に伏せて絶望する。
「新しい時代にお前らみたいな民を虐げるだけのお荷物はいらない。さっさと出て行け」
静かに怒気を孕んだ声音で告げると、老人達が慌てて去って行く。
「とにかく先に葬儀を終わらせるぞ」
崩御ともなれば、王宮の者たちが王の間に崩れ落ち大声で泣き叫んで哀悼の意を示すのだが、誰一人としてしていないのを見るに、誰にも慕われていなかったことが分かる。
まずすべきなのは、小斂・大斂といわれる遺体を清め、数々の高価な衣類を包み、棺に納める納棺の儀式をする。葬儀までの間、棺は宮殿内の特定の場所で安置され、祭祀が行われる。
祭祀が終わると、次は先々代台の獣王様が収められている旧王宮の静殿といわれる場所に埋葬される。
それが終わり旧王宮の絢爛豪華な白虎の間に関係者が集まる。大理石の床、高い天井、白の窓の向こうにはバルコニー。西洋の作りをしており、まるでダンスパーティー会場である。そこには赤いソファーが並べられ、雑談できそうなスペースが設けられている。
集まったのは玲一行、分家の虎・鏨と虎・柏と、利に仕えていた年老いた口のきけぬ老人だ。
「言っておくが、俺と柏は後継者争いに来た訳ではない。同じことが起きぬよう、第三者として立会人として見届けに来た」
腕を組み白の漢服に身を包み、ガタイがよく、厳つい顔の男が鏨である。
「少し荒っぽい口調だけど、心配しているからだと理解してほしい。玲が獣王になると言っても僕達は支えるつもりでいるから」
優しく微笑む少し小柄で、優しい顔立ちに鏨と同じ漢服を着た男が柏である。
「父上の遺言も無い状態で、民からの不信感が募っている今、冷静に考えたい。早く決断するから、少しだけ一人にさせてくれ」
玲はそう俯いてしまい、表情が伺えない。
自分が獣王になるべきなのか?兄を連れ戻すべきなのか?いつまでも獣王の座を空白にもできず、玲は一人大きな壁にブチ当たっていた。
この頃天気が悪く、体調の変化など皆様は大丈夫ですか?日々の体調管理はしっかりとして、よく食べ、よく寝て、よく休んで、無理せずもう今年の半年も乗り切りましょう!!




