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知識の巫女は見守るだけ。  作者: 篠由
その少年ミザントロープにつき、
16/19

15 いつか少し先の未来で

 本日の午前中は仕事が休みの四鏡神社の神職・守里花那だが、その姿が神社の境内にあった。

 勤務先が神社だと言うだけで、神職にも普通に休日はある。そこは当たり前だが他の職業と変わらない。

 ただ休日でも決まったおつとめというものは幾つかあり、それは神職という職業ならではと言えるかもしれない。

 まぁそれとも無関係に、花那の姿が神社の境内にあることはそう珍しいことではないのだが。

 なにぶん、ほとんど生まれた時から神社は花那の家であり遊び場である。職場となった今となっても、休日だろうと用事があろうとなかろうと行動範囲なことに変わりはない。

 花那は昨夜トミオ少年を保護した階段を昇り、儀式などを行う場所である拝殿を歩く。

 この奥が本殿だが、本殿手前の通路途中のスペースで足を止めた。そこある木製の扉の持ち手に、花那は昨夜と同様ためらいなく手をかけた。

 木の軋む音が小さく鳴って扉が開くと、中にはもちろん丸渕の鏡がある。

 トミオはここが本殿でこの鏡をご神体だと思っていたようだが、実はどちらも違う。ここはお供え物などをする弊殿という場所に相当し、本殿はここよりもう少し奥だ。

 この扉に関して言えば、普段から清掃する時などでも開けられるぐらいなので、花那が開ける分には問題ない。

 当然、この鏡もご神体ではない。ただし、貴重な品ではあるのでお供え物としてここに預けてあるものだ。だが預けられたのはせいぜい二十年ほど前ではないだろうか。

 ご神体ではないが貴重な品である鏡を花那が好きに触っていいのかと言われると、一応この鏡の所有者は花那であるので良しとしておいてもらいたい。

 少なくとも昨夜トミオ少年を立ち直らせるのにひと役買ったことは間違いないのだから。

 鏡面を見ると、見慣れた可愛いげのない自分の顔が映っている。特に感慨はない。


「あの子どもは(おの)が進む(みち)を見つけたようだな」


 何の前触れもなく、声が聞こえた。気配もなく突然に、しかも単刀直入に本題のみ。

 それでも鏡の中の花那が眉ひとつ動かさなかったことは花那自身が見ていた。

 別に驚く必要はないし、疑問にも思わない。ここはそういう場所なのだ。

 そして花那は振り返りもしなかった。振り返ったところで誰の姿も見えないことを知っている。

 声はすれども姿は見えず……気配も、おそらくはヒトの身では感じることができないのだろうと推察していた。

 花那が彼らの中で姿を拝したことがあるのはひとりだけ、それもある特定の人物の傍らにいる姿だ。


「……なら、よかったです。ご助力いただいてありがとうございました」


 気配のない声にそう答えた。


「礼には及ばぬ。自分がなにを求めているのかもわからぬ子どもに、真実の記憶を視させただけ。後は子ども自らが掴んだに過ぎない」

「確かに、求めるものがわからない様子ではありましたね……それで、彼はあの春雷の中で何と?」

「───────」


 トミオが『心から願うこと』を知り、花那は妙に納得してしまった。


「なかなか面白いですね」

「あぁ、我らの前でそれを願うとは、見込みがある」

「えぇ、本当に」

「おまえと同じくらいにな」

「!!」


 予想外の言葉に、花那は絶句して目を見開く。だが唐突に声は聞こえなくなり、話が終わったことを知った。

 そしてまた、何事もなく普段通りの表情に戻った自分の顔が映った鏡を最後に見て、扉を閉める。

 振り返って、見上げた空の青さに思わず深呼吸をした。

 花那は起こった出来事を記憶することは得意だが、先見の明はない。だからこれは根拠のない想像だが。

 いつか少し先の未来で、今よりも少し強くなった少年が自分の前に現れて。かつての『心から願うこと』を叶えた姿を見せてくれるのではないか。

 昨夜の豪雨と春雷が嘘のような晴れ渡る空を見て、花那にしては珍しく口の端を笑みの形に吊り上げてそんなことを思う。

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