14 ホールドアップ
花那と別れ、トミオは中に入る。椅子を勧められ、言われるままに座って待った。
「あと20分ぐらいでご家族さん着くみたいだからゆっくりしててね~」
「あっ、はーい」
「好きにしてくれてていいから~」
緩い口調で言うのはお巡りさんだ。トミオの両親と連絡を取り合ったらしく、それによると家族は今電車でこっちに向かっていると。
キィ、と椅子を軋ませて背もたれに体重をかける。椅子に座って窓から見る景色は明るかった。昨日の雨と雷が嘘みたいに。
ここまでの道のりを、手を繋いで歩いてくれたヒトのことを思い出す。
もうすぐ中学生のトミオとどう見ても成人済みの花那。親子にも姉弟にも当然恋人にも見えない。
客観的に見て謎の組み合わせだったことは間違いない。実際たまにすれ違うヒトからは奇異の目で見られていた。
この街にひとりの知り合いもいないトミオは気にしなければ気にならない。むしろ気にしなければならないのはこの街の住人である花那のほうだろう。昨日図書館の職員達が話していた様子から察するに、花那はそれなりに知られた存在のようだ。
見慣れない少年と手を繋いでいるのを見て困惑する通行人など、まったく意にも介さず平然と挨拶していたが。……よかったんだろうか。
駐在所に着くと見覚えのあるお巡りさんが対応してくれて、後はよろしくと引き渡された。
繋いだ手が離れていくことに喪失感を感じたことは秘密。だが花那には気づかれていたかもしれない。
握手の形で手を握られ『大丈夫』と伝えられた。不安を見抜かれたような気がする。
正直なところ自分のなにかが変わったとはあんまり思わない。
だが昨日、春雷の中でパズルのピースがはまるみたいに取り戻した記憶は。あれはあの場所だから、自分の心が叫んだなにかを汲んでくれた神さまによってもたらされたものだと思う。
ならきっと大丈夫なんだろう。花那の言うように。
『心から願うことなら』それがわかりやすく目に見える形ではなく、自分の思った通りではなくても。きっとちゃんと叶う。
手元に花那が持たせてくれた紙袋がある。中はおにぎりだと言っていた。
『成長期の男の子が食べる量なんてわかりませんから、朝ごはんがあれでよかったのかどうか……もし途中でお腹が空いたら小腹塞ぎにどうぞ』
……だそうだ。
朝食の量が足りてなかったとは思わないし、今だって別に空腹を感じているわけではないのだが。
「すみません、お巡りさん。ここで飲食してもいいですか?」
「別にいいよー」
お巡りさんの許可を得て、トミオは紙袋の中からビニール袋を取り出す。ラップに包まれたおにぎりをかじると具はほぐした鮭で、トミオは朝食で食べた焼き鮭を思い出す。
花那の作ったお味噌汁のない和朝食は美味しかった。ふと食事前にした会話を思い出し、家族ともその話をしてみようと思ったそのタイミングで。
「トミオっっっ!」
「ぶっ」
ちょうどご丁寧にも一緒に用意されていたペットボトルのお茶を飲んでいたところで、悲鳴のような声で名前を呼ばれて危うく水害が起こるところだった。
口の回りが少し濡れた程度で済んだことに安心し、慌てて手で拭う。その間にも、血相を変えた人物がすっ飛んできた。
「トーミーオぉおおっ」
「ちょ、母さん」
「わぁああ生きてたぁああっ」
ぎゅうぎゅうにしがみつかれて身動きが取れなくなる。抱きつかれて泣きながら怒る母親になにも言えなかった。言わせてもらえなかった。
しかも何だか不穏なことを言っている。
その間、母親の後から入ってきた父親がゆるっとお巡りさんに挨拶していたのだが、トミオにそんなことに気づく余裕はなかった。
○
(えぇー……)
母親に力任せにがっちり拘束されたトミオは、身動きできないので仕方なく大人しく待った。気分は拳銃を突きつけられた逃走者である。
「お、トミオー」
「父さん、このひとどうにかし、」
「元気そうだなー。あはは、よかったー」
「て、って。ちょっと笑ってないで何とかしてよ」
お巡りさんに挨拶した後、ゆったり近づいてきた父親が平然と話しかけてくる。何ならへらへら笑いながら話しかけてくる。
(この天然!母さんに突っ込むなり嗜めるなり何かあるだろ)
トミオがしっかり者に育った理由はここにもあった。
「いやー、目の前でこれだけ騒がれたらもう笑うしかないって!」
「それはそうかもしれないけど、そろそろ止めさせて。さすがに恥ずかしいから」
「うーん。母さん、トミオが恥ずかしいらしいから放してやったら?そんで、そろそろ落ち着こう」
父が母に優しく話しかけ、ようやくトミオは解放された。するっと離れていく手は、やはり薬指より人差し指のほうが短い。
「はぁい、取り乱してごめんなさい」
「うん……ぼくもごめんね、母さん。父さんも心配かけてごめんなさい」
鼻をすんすん啜りながらも、ようやく落ち着いたらしい母とへらへら笑う父にトミオは謝る。
「連絡があってからは父さんはそんなに心配してないよ。母さんは大騒ぎだったけどなー」
「当たり前でしょう!」
真っ赤になった目で平然と宣う父を睨みつける母。これは思ったよりも心配をかけていたらしい。
「ん……?父さん今日仕事は?」
考えてみれば今日は平日。まだ春休み中のトミオと違って社会人の父は仕事ではないのだろうか。
「もともと休みもらってたんだよ。昨日出張だったしな」
「あ、そうなんだ」
「休みじゃなかったのは母さん。おまえのこと迎えに行くって無理やり休みもぎ取ってたよ」
「え、」
「だから、当たり前でしょう!子どもの一大事なんだからっ」
トミオの母は週に三、四日パートで働きに出ている。
(父さんが空いてたのにわざわざ自分も休み取って来てくれたのか……)
下の子がまだ小学生なのでパートに入っている時間はそれほど長くはないとは言え、職場にも迷惑をかけてしまっただろう。
「……あれ、じゃあフユちゃんは?」
「お友だちのミカちゃんちに遊びに行きたいって言うから、ミカちゃんママにお願いして預けてきたの」
すん、と鼻を啜って言う母の言葉にトミオは軽く目を見開いた。
『フユちゃん』はトミオの妹だ。『お友だちのミカちゃん』は家がご近所さんなのでご家族ともども親しい関係ではあるが。
「そ……っか」
四歳下でまだ低学年の妹より、トミオを優先して駆けつけてきてくれたのか。
少し落ち着いてきたのか、ばつが悪そうな顔で誤魔化すように髪の毛をいじる母を見た。節が少し目立つが、指の長い綺麗な手だと思う。トミオはこの手が好きだ。
昔、トミオに二本指の法則の話をして、だからなのか自分は全然モテないと笑っていた母を思い出す。『でもいーんだ。トミオとお父さんにモテたから』……そう言って。
母は昔からトミオに対して優しいが、ちゃんと厳しい。それは妹に対しても同じだ。
ただ母は自分には『息子』というより『男の子』という接し方をする気がする。
母からの愛情は感じているし、それが嫌だとも思っていない。漠然と『違うんだな』と思っていたに過ぎない。それは多分今後もそうなのだろう。
(でも、だからって言ったらダメってことはないよな)
トミオは泣き腫らした母の目を見る。気づいた母も不思議そうに見つめ返してきた。
「トミオ?」
「母さん」
「なぁに?」
手始めに、さっき考えていたことから言ってみようか。
「明日の朝はパンじゃなくてご飯がいいな」




