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知識の巫女は見守るだけ。  作者: 篠由
その少年ミザントロープにつき、
12/19

11 おはようの猫パンチ

 目が覚めると、いつもと違う天井の模様といつもと違う匂いの布団。一瞬ここはどこだろうと首を傾げた。


(あぁ、お祖父さんの寝床を借りたんでしたっけ……)


 花那は寝起きのボーッとした頭で昨夜、寝る前のことを思い出す。

 日付も変わるぐらいの時間で、外は酷い降りではなかったが雨が変わらず続いていて。帰宅しようと一度は玄関を出たのだが、やっぱり母屋に戻ったのだ。

 ここはどこだもなにも、母屋である。

 建物自体はすぐ側とは言え眠っている少年を残して離れに戻るのも気がかりだった。寝入り端は安らかだったが、一晩同じ状態とは限らない。

 なにかあったらすぐ気づけるように、と居間からは台所を挟んだところにある祖父の寝所に潜り込んだ。寝巻きもその辺にあるものに適当に着替えた。寝るだけなのだから何でもいい。

 幸いなことに夜中にトミオの様子に変わったことはなく、花那の心配は杞憂に終わったが。

 時間を確認すると普段の起床と同じ時間だ。体内時計というのは侮れない。

 ちなみにさまざまな事情から母屋と離れに別れて生活しているが、祖父と花那は別に不仲ではない。そうでなくても家から徒歩一分で行けるような職場で一緒に働いているぐらいだ。家で寛いでいる時間ぐらい別々でいいだろう、というのが双方一致した意見。

 寝起きの躰にまとわりつく倦怠感を振り払いながら祖父の寝所を出た花那は、居間に敷いた布団でぐっすり眠るトミオの様子を確認し、身支度とおつとめのために離れに戻ることにする。

 一応今日の午前中は休みを貰っている。たまたまだが、昨日臨時の仕事だったのでその振り替えだ。

 ただ宮司不在のため、鍵をあずかっている花那はどちらにしろ社務所には行くのたが。


(お休みではなかったとしても、トミオくんのことがあるので時間を貰うようにはしたでしょうが)


 花那が離れに戻ると、気配に気づいた猫達がするりと近づいて見上げてきた。じゃれついてくるでもないその様子は、なにかを気遣っているようにも見える。


「みぃ?」

「心配いりませんよ」

「みぃ!」


 小さな声で短く鳴くと、何事もなかったように顔磨きや毛繕いを開始する。リラックスモードに入ったようだ。

 花那は身支度のために部屋に向かう。


   ○


 目が覚めると、いつもと違う天井の模様といつもと違う背中の感触。一瞬ここはどこだろうと首を傾げた。


(あぁ、そうだ。余所のお宅だったんだ……)


 いつもと背中の感触が違うのは布団の下が畳だからだ。

 寝起きのボーッとした頭でやっぱりベッドみたいには弾まないなー、とどうでもいいことを考えていたら、眠りにつく前のことを徐々に思い出してきた。


(結構いろいろぶっちゃけた気がするなぁ……あとはまぁ、疲れてる時はごちゃごちゃ考えても解決しないってことがわかったな)


 まだぼんやりした頭で勝手に納得していたら、ぺちっと柔らかい衝撃があった。


「……う?」


 一気に頭が明瞭になった。きょろりと視線を動かすと、枕元にいる小さい毛玉が目に入る。毛玉はビー玉のような大きな眸で見つめてきた。


(ねこ、だな……)


 さきほどの『ぺちっ』の正体はこの子の攻撃だったらしい。可愛い猫パンチである。


「こーら、起こしたら駄目じゃないですか」

「んみゃぁあ」


 相変わらず抑揚はないがどことなく優しく聞こえる声に、猫が鳴き声で応じる。


「あ、ハナさん……」

「おはようございます。トミオくん」


 よく眠れました?と尋ねられて肯く。


「はい、とても。おはようございます」

「それはよかったです。起きられますか?」

「はい」


 むくりと起き上がると、好奇心旺盛な大きな眸がトミオの動作を追いかけて見上げてくるので手を伸ばしてみた。


「トミオくん、猫平気ですか?」

「あ……平気って言うか、ちゃんと触ったことないかも」


 家でペットは飼っていないし、仲のいい友達の家も猫を飼っているところはない。

 トミオの手にすり寄ってきたので頬を撫でてみた。ゴロゴロ喉を鳴らして気持ちよさそうにするのでこっちも癒される。


(かわいい……)


 今まで考えたこともなかったが自分は猫好きなのかもしれない。


「扱い上手ですね」

「や……この子が人懐っこいからじゃないですかね。て言うかハナさん猫飼ってたんですね」

「普段は離れにいるんです。昨日あのまま帰らなかったので朝から様子見がてら連れてきました」

「あー……ご迷惑をおかけして」

「そういう意味では……、大丈夫です猫はある程度放っておいても好きにしてますし。それに一匹じゃないので」

「え、」


 きょろきょろとトミオが首を動かすと襖に隠れるようにこちらを見る毛玉が。見るからに警戒しているのがわかるから、こちらの子は人見知りだろうか。


「みぃあ」


 トミオの手にじゃれついていた毛玉がたたっと走って襖に近づく。そのままにゃごにゃご鳴きながら身を寄せ合う二匹に自然とトミオの唇が緩む。


「仲よしですね」

「仲よしなんです」


 花那の猫を見る目が心なしか柔らかい。

 トミオはふかふかの布団から出て目を擦る。


「お布団ありがとうございました。どこに片づけたらいいですか?」

「それはいいですから、先に顔を洗って着替えましょうか。そろそろ乾燥が終わってると思うので、今着てるものはそのまま洗濯機に入れておいてください」

「わかりました」


 既にきっちり身支度を終えている花那に比べて自分はまだ寝起きだ。促されるままに洗濯機も置いてある洗面脱衣場に向かった。

 花那の言った通り、洗濯・乾燥は終わっているらしく蓋を開けると昨日着ていた自分の服が丸まっていた。まだ温かいそれを取り出し、シワを伸ばして着替える。

 畳まずトミオに取り出させたのは花那の配慮だろう。家族どころか親類縁者でもない昨日会ったばかりの若い女性に、下着まで見られるのは恥ずかしすぎる。

 花那の気遣いにもう何度目になるかもわからない感謝をしながら居間に戻ると、トミオが寝ていた布団は畳んで壁際に寄せられていた。

 空いたスペースで花那が真顔で猫じゃらしのオモチャを振って猫と遊んでいた。シュールな図である。


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