表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
114/156

乙女は春の夢を

『ガチャリ』と。


実際には聞こえないはずのその音が、その瞬間、はっきりと耳に響いた気がした。

外側から開くはずのない扉が開いて、その奥から現れたのは━━━━。



「お母さん・・・!?」



自分の記憶の中にある姿より、幾分やつれて小柄に見える母の姿。


ベランダの入り口付近にいる自分達の姿には気付かない様子で、淡々と靴を脱ぎリビングに向かって歩いて来ている。


「お母さん!!」


私は堪えきれず母の姿に駆け寄って、思い切り抱き付こうとして━━━━その身体をすり抜けてしまう。


「・・・そんな・・・!嘘、嘘、どうして━━━」


()()()いるのはこちら側からだけなのか、母親の方からの反応は何一つ起こらない。

まるでこの部屋には誰もいないと、わかりきっているような態度。


「お母さん・・!華朱だよ!私・・・、私ここにいるんだよ!━━━お母さんっ!!」


チラリとも合わない視線。

虚ろな表情で部屋を見渡して、深い溜め息を落とした後、そのまま床にペタリと力なく座り込み━━━━。


唇が私の名前の形に動くのを見てしまったら、私の我慢もとうとう限界に達してしまった。


「う・・・うわあああん!!お母さんお母さんお母さーーーん!!う”うぅ~~~~~っ!」


小さな子供みたいに母親の身体に縋りついて、わんわん泣き始めたらもう止まらない。


実際には触れる事もできなくて、膝立ちの不安定な体勢だったんだけど、いつの間にかごく自然にシグが私の身体を支えてくれてた。


「ごめんね、ごめんね、お母さん・・・。勝手にいなくなってごめんなさい・・・っ」



どのくらい時間が経ったのかわからない。

泣き過ぎて声が枯れるぐらいの間、いて。

ふと気付いた時には、もうそこに母の姿は無かった。


「おかあさ・・・」


『なんで、どうして』

そんな言葉ばかりが頭の中を埋め尽くす。

いままで敢えて考えないようにしていた現実を、いきなり眼前に突き付けられて。

何もできず、ただ歯噛みするしかない自分が心底悔しかった━━━━━。







・・・小さな頃の夢を見た。


何かと日常的に迷子になる子供だった私を、いつも探し出して迎えに来てくれてたのは、意外にも青磁おとうさんの方だった。


『ハナちゃん、やっと見つけた!』


あの頃はまだ青磁も家に居る事が多く、若手の料理研究家として忙しく立ち働くお母さんの代わりに、よく私の面倒をみてくれていた。


せいちゃぁぁん~~~』


『もーハナちゃんは~~、メッ!一人で探検するのも、かくれんぼもダメだって何度も言ってるのにー』


『・・ご、ごべんだざぁぁい』


『おウチに帰れなくなっちゃったらどうすんのさー』


とかなんとか言っといて、結局先に“帰れなく”なったのは青ちゃんの方だったし。


『まったくも~、目を離すとすぐどっかに行っちゃって。いったい誰に似たのかなぁ・・』


あんたがソレ言う?


私の見た目と性格はお母さんの縮小版でも、このおかしな体質は完全に青磁おとうさん譲りだよね?


━━━夢の中で、青磁おとうさんに手を引かれて歩く小さな私は、両手を広げて待っていたお母さんの腕の中に飛び込んで、ようやくホッとした表情になり笑顔を見せた。






・・・ああ。私まだ、幸せな夢の続きを見てるんだ。


だってほら、身体が小さなまま。

大きな腕に包まれてる。

━━━温かくて気持ち良い。


目を開けたらきっと、夢から覚めてしまうから。

もう少しだけこのままでいよう。


・・・・・お母さんの手、こんなに大きかったっけ。

背中を撫でる指の感触が、いつもとちょっと違う気がする。


自分の身体を包み込む温もりにそっと手を伸ばせば、布越しに意外と筋肉質な手応えがてのひらに伝わった。


・・・筋肉質・・・?


お母さんは女の人にしては大柄だったけど、体型は男性おとこ浪漫ロマンを体現したかのようなグラマーだった。


触る ━━━ 硬い。揉む ━━━ 掴めない。


・・・・・・・・・・・・・・・。


覚悟を決めてそっと目を開けると、目の前には立派な大胸筋。



・・・・・・なんかこれ、前も見たことあるぅ。



ギギギ、と軋む首を無理矢理上向けると、そこには━━━━某有名美術館の女神像も及ばぬ造形美の生物ナマケモノが、あった。


『━━━♂☆※&◎%▲□?━━━う”ほぇ!!!』


睫毛長っ!じゃなくて!!


ナゼこんなとこにぃぃーーーーーーっ!!!


一拍置いて脳が事実を認識した後、家中に響く私の叫び声を聞き付けたグウィネスさんが、鬼の形相で駆け付けるのは、この数十秒後━━━━━━━。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ