08.遊戯
できるだけ存在感を消して、シドネは朝食を済ませた。
「美味い?」とギルバートが向かいに座る子どもに尋ねた。
「おいしい!」と子どもが元気いっぱいに答える。
「そりゃあ俺の姉さんが作ったからな」
ギルバートは自分が褒められたかのように胸を張った。
「……ごちそうさま」
シドネは席を立ち、既に朝食を食べ終えた子どもたちの食器を洗いにシンクに向かう。
子供は周りの子たちが食べ終えていることにハッとしたのか、一気にサンドイッチをほおりこんだ。
「味わって食えって」
自分は既に食べ終えているくせにギルバートは席を立つ気はないようだ。
ディアナの弟なだけあってギルバートは子供の扱い方が上手い。
それか、子供には無意識下に大人の深層心理を見抜く力でも備わっているのだろうか。
どちらにしてもシドネにはできない芸当である。
「おい」
ギルバートは座ったままだ。最後の子どもが食べ終えるのを待つつもりらしい。
シドネからしてみれば、そちらの方がプレッシャーになるだろうに、と思う。
とはいえ、まあ、それも人の気遣いの形か、とシドネは口を挟まない。
「何」
シドネは洗い物をする手を止めずに答えた。
「次何すんだ」
「あー……」とシドネは濡れた手をタオルで拭う。
「適当に子供の相手すればいいよ」
「お前は?」と、ギルバートは頭を傾げた。
「……僕は見てるよ」
この男にディアナを盾にされたら適わないので一応、形だけでも「子守り」を装うことにする。
シドネの返答に、ギルバートは軽く肩をすくめ、子供たちの輪へ入っていった。
言葉通り、シドネは壁にもたれたまま、その様子をぼんやり眺めた。
……平和だ。
シドネがいなくても世界は回るんだろう、という当たり前の事実がまざまざと思い知らされる、何気ない日常の一ページ。
ふと、裾引かれる感覚がした。
「……ん?」
シドネの古びたコートをぎゅっと掴むのはさっきの子供だった。
今食べ終えたのか、その短い腕いっぱいにプレートが抱えられている。
怖がらせないよう、シドネはすぐさましゃがみこんだ。
「どうしたの?」
その愛想笑いに、子供の喉が小さく上下したのをシドネは見逃さなかった。
「……何?」
覚悟を決めて、シドネは少しだけ声のトーンと口角を抑えた。
自然体で向き合うことにしたのだ。
「……食べ終わったから」
子供は俯きがちに口を開いた。おずおずとシドネに皿を差し出す。
わざわざ報告しにきてくれたようだ。
「……おいしかった」
その言葉に、シドネは自嘲気味に鼻を鳴らした。
作ったのはディアナだ。シドネはパンに具材を挟んで、作り置きされていたスープを温めただけ。
この子でもできる。
「それはお粗末さん。作ったのはディアナだけど」
沈黙。
しまった。今のは嫌味として捉えられかねない反応だ、とシドネは遅れて気が付いた。
どうして自分はこんなにも気が回らないんだと、自分を殴りたくなる。
自然体にもほどがあるだろう。
「……でも」
シドネの弁明よりもさきに、子供が口をついた。
「ありがとう」
シドネは間を持て余したように、耳に何度も髪をかけ直す。
子供とこうして話せたのは何年ぶり……いや、初めてかもしれない。
「……どういたしまして」
「お兄ちゃんすごーい!」
「水色のウサギさんだー!」
向こうから子供の歓声。
シドネと子供はほぼ同時にそちらに視線が向いた。
「ふふん。すごいだろ」とギルバートは胸を張る。
「次は何がいい?大体は生成できるぞ。なにせ、俺は優等生だからな!」
「せいせい?」
「魔法で作るってことだ」
ダイニングテーブルに鎮座していたのは、よく庭先で目にする動物を模したオブジェだ。
丸みの帯びたコンパクトな体型に、耳を後ろに寝かせたウサギ。
しかし、一般的な代物とは圧倒的に違う点がひとつ。
そのウサギは水色の輝きを放っていた。
「ねえねえ、次はー?」
「じゃあ、犬とかどうだ?うちで飼ってるやつ」
「見たいー!」
シドネは視線を巡らせる。
ギルバートの『魔法』を遠くから覗き見る一人の子供と、ギルバートを囲うようにできた子供の輪。
「……動物好き?」
シドネの突然の問いに、子供は遠慮がちに頷く。
「……なんの動物?」
「……ねこ」とか細い声。
「......猫」と復唱。
猫。それならシドネにも生成できる。
子供の頃、よく路地裏で目にしていたから。
生成の精度は、本人のイメージとなじみ深さに直結するという師匠の言葉が脳裏に過った。
「見てて」
シドネの手元に淡い光がさした。窓から入り込んだ日の光ではない。
もっと人工的な光――墨を溶かしたような黒い輝き。
「わぁ……」
子供が思わず息を呑む音。
「どう?」
柄にもなく少々『演出』を加えてしまった。
その気恥ずかしさを埋めるように、シドネは子供に問う。
「すごい......」
一本一本の毛並みの質感や、耳の細部まで立体的に再現された――黒猫。
その瞳は、心地よさげに閉じられ、口元を少し緩めて眠っている。
「手、出してみて」
「手?」
小さな手が水を掬うようにシドネの前に出された。
しなやかな曲線を描いて――猫が跳び乗った。
「……わっ!」
先ほどとは違う、純粋な驚きと高揚感を帯びた、嘆声に、ギルバートの意識がこちらに向けられた。
「……は?」とギルバートは目を丸くする。
動いている。猫が迷い込んだのか、とギルバートは窓を見る。
開いていない。
正真正銘――魔法。
まぎれもなく、使っているものは同じ。
なのに、なんだ?
この圧倒的センスの差は――
猫は、くわぁっとあくびを一つ。
肉球を舌でペロリと舐めあげ、また丸くなった。
「……嘘だろ」
「すごい……すごいよ!すごいよシドネちゃん!ほんとうにまほうなの!?」
子供が飛び跳ねる振動に、猫は一瞬顔を顰めた。
シドネが苦笑する。
「正真正銘魔法だよ」




