09.意地
「わー!シドネちゃんすごい!」
その声にシドネの肩が揺れた。
あまりにも聞き慣れていない──子供の声と『シドネちゃん』という呼ばれ慣れない呼称。
「え?」
シドネは振り返り、そのまま視線を下ろした。無数の小さな手のひらがシドネの灰色のコートを鷲づかみにしている。
「すごいよ!わたしにも作って!」
「あ、ずるーい!おれにもー!」
どういうことだ、とシドネの脳内が大混乱を起こす。
今までこんなことは一度もなかった。
シドネがどんなにモノで釣ろうと、愛想を振りまこうと、子供たちは怖がるばかりで、まともな会話など今の今までしたことがなかったのに。
「え、あ、うん。な、何がいい?」
シドネが子供に合わせて中腰になる。
「おれ、きょうりゅー!」
「……ごめん。恐竜はイメージが掴みづらいかも」
「えー!」と子供が頬を膨らませた。
悪いな、とは思う。だが、イメージしづらいものは無理なのだ。すぐに崩れたり、ところどころに綻びが生まれてしまう。子供に生き物が崩壊するところは見せたくない。
「他にあるかな?……動物園の生き物なら──」
「おい」と低い声に遮られた。
シドネは仁王立ちになる声の主を見上げる。
「何」と素っ気なく返す。
初めて、チヤホヤされたのに、とシドネの眉間に皺が寄る。
「お前その技、どこで覚えた」
「……独学で」
「はっ、小細工だけはお手のものだな」
「ねぇ!シドネちゃん!カエル!カエル作って!」
見事に遮られた。
「え、カエル。いいけど」
田んぼ。小屋。梅雨。連想ゲームのようにカエルのイメージを探る。
「……はい」
カエルが現れた。ピョコンという擬音が聞こえるような軽やかさでカエルが跳ねる。聞こえたのはつめたい無機物の音だけだが。
「うごいてるー!」
黒光りするカエル。カエルなんて、シドネでも初めて生成した生き物だ。
普通のカエルよりも、どことなく神々しさを纏っている。
……少し気持ち悪い。
つい、馴染みが深いウシガエルの方を生成してしまった。
「すげー!つぎ、鳥がいい!」
「鳥?鳥ってなんの──」
「はいはい。ちょっと待った」
ギルバートが場を仕切り直すように手をパンパンと二度叩いた。
「お兄ちゃんも混ぜてくれ。お姉さん一人じゃあ──大変だろ?」
シドネが首を傾げた。
「大変じゃないが?」
「お前は黙ってろ」
「でも、お兄ちゃん、ウサギさん、動かせるのー?」
ギルバートの口元がかすかにひくついた。
シドネはそれを目の端にとらえた。
「いいかい、君」
シドネは膝をつき、子どもの華奢な両肩に手を添えた。
子供は残酷だな、と教訓にしつつも、この機を逃すシドネではなかった。
「これはね。誰にも出来るわけじゃないんだよ。『選ばれた魔法使い』にしか出来ないの」
事実無根だ。訓練を重ねれば習得出来る技術かもしれないし、本当に生まれ持った感性のみが成す技なのかもしれない。
だが、ちょうどいい機会だ。
ここらでお灸でも据えてやる。
「……やってやるよ」
「え?」とシドネは思わず目線を上げた。ギルバートが覗き込むように、シドネを見ていた。
流石のシドネもぎょっとする。ギルバートの目が笑っていない。その眼光だけがぎらぎらと闘志に燃えていた。
「お前に出来て、俺に出来ないことは、ない」
……コイツ、言い切りやがった。
「えー!すごーい!じゃあ、次は、ウマさん作って!」
「ゾウはー!?」
「キリンもー!」
「ああ、全部作ってやる」
またしても、言い切った。シドネは立ち上がる。
「無理に決まってるでしょ。デカい生き物をそのまま再現するのも、縮小するのも、集中力が──」
「もたない」とシドネは続けようとした。
「出来ないのか?」
「……あ?」
子どもの背筋がピンと伸びた。先ほどの喧騒が嘘のように遠のく。
「負けるのが怖いから、最初から同じ舞台に立たないんだろ?」
「………」
「いや、いいと思うぜ?それも一つの生存戦略だからな。無理すんなよ。嬢ちゃん」
「……やってあげるよ」
シドネは本棚に収まった数冊の生き物図鑑を抜き取り、ダイニングテーブルに叩きつけた。
「のってあげる。君の挑発」
シドネの言葉に、ギルバートの口角がつり上がり、犬歯が露わになる。
「決まりだな」
「次フクロウー!」
「次タカー!」
「ニワトリがいい!」
矢継ぎ早に飛んでくる子供たちからのリクエスト。
「なんで鳥類ばっかなんだよ……!」
愚痴がこぼれるのも無理はない。
鳥というのは『飛ぶ』からだ。
人間に出来ないことから、イメージは生まれない。
それらは想像力で補完する必要があるのだ。余計に集中力が消耗される。
羽を広げる黒いフクロウ。
天井近くを旋回する水色のタカ。
床を忙しなく駆け回る黒いニワトリ。
鳥を生成させては、部屋の隅から隅へと飛行させ、子供たちの「すごーい!」という歓声。
五回目以降からか、シドネは数えるのが面倒になっていた。
「……ッ」
ギルバートの額から一筋の汗が伝う。そろそろ、鉱力も集中力も底を突く頃だろうか。
キリンもゾウももはや部屋の隅。水色のキリンに至っては頭に亀裂が入っている。
こちらとしても、もうそろそろ勝負をつけたいところだ。肩が凝ってきた。
「まだ……ッ」
「……なぁ、もういいだろ」
「なら、お前が降参しろ……ッ!」
ここまでくると関心よりも呆れが勝つ。どこから、そんなモチベーションが湧き出てくるというのか。
シドネはこの手のプロフェッショナルだ。生成専門の師匠もいたし、これを生業としていたといっても過言ではない。
決して、ギルバートの実力不足というわけでも、才能がないからというわけでもない。
費やした時間と、生まれた環境が違う。
お坊ちゃんのお勉強と貧乏人の必死の覚悟。勝負になるはずもない。
「じゃあ、次はライオン!」
「……ライオン」
シドネは片手で生成を維持したまま、図鑑を開く。
ライオンくらいなら、実寸大で大丈夫だろう。キリンやゾウのように小さくする必要もない。鳥のように飛ばす必要もない。なら、生成に極振りだ。
ここで勝敗を決める。完膚なきまでに闘争心を折ってやる。
「......できた」
大地を踏みしめる力強い四肢、肩や前足、太ももの筋肉の隆起。大きく開いた口から覗く牙、獲物に狙いを定めた肉食獣の鋭い眼光。風になびくような、漆黒のたてがみ。
間違いなく、ここ最近の中の最高傑作。
それこそ、図鑑から飛び出してきたかのような――
シドネは薄い胸を張り、鼻をならした。
「どうだ」
あまりの出来栄えに、言葉も失っているらしい。だが、シドネにとってそれは少し味気ない。
ライオンは低く肩を揺らし、一歩だけ前へ出た。
ゆっくりと頭を持ち上げる。
底知れぬ黒さを放つ双眸が子供たちを見据える。
――静寂
「きゃああああああ!!」
返ってきたのは感嘆でも、賞賛でもなかった。
「……え?」
悲鳴というには生ぬるい――絶叫。
「やり過ぎだ馬鹿ッ!!」
ギルバートの怒声がシドネの鼓膜を遠く揺らした。




