10.僕らの
――そこからは地獄だった。
泣き喚く子供たちをギルバートがなだめ、騒ぎに乗じて園からの脱走を試みる子供をシドネが捕獲する。
「ほら、もう泣くなって。な?」
「ほら、お外危ないから。あ、そっちも危ない」
「誰が危ないんだよ!」
――それから数時間後。
「はぁー……やっと収まった……!」
ギルバートがソファにどっかりと腰を下ろした。その反動で隣に座る子供が跳ね、きゃっきゃとまたはしゃぐ。
「疲れたー……」
コートを雑に畳んで向かいのソファに腰かけたシドネをギルバートが睨む。
「そもそもテメェのせいだからな。あんな馬鹿でかいモン作りやがって」
「はいはい。これからはギルバートくんの御心ほどの大きさにしまーす」
シドネは鼻を鳴らし、瞬きする間もなく机の上に小さなネズミを生成した。
鼻をひくひくさせたネズミにギルバートの膝に乗った子供が手を伸ばし落ちそうになる。
「ッ──!」
それを慌ててギルバートが支えた。
「まだ懲りてねェのか!!」
ギルバートが跳ね起きた。シドネは肩をすくめ、ネズミを崩す。
落ちたら落ちたでクッション代わりの石を生成するのに、と。
「あとなんで完成度高いんだよ……」
そんなギルバートの小声を無視して、シドネは辺りを見渡した。
何か違和感がある。何かが足りない。
「……あれ?あの子は?」
気づいた。
猫が好きだと言っていた、あの子がいない。
そう、シドネが初めてまともに会話した子供である。
「あー?あの子ー?」
ギルバートは眉をひそめた。シドネに倣って部屋を見渡す。
「……いねぇな」
すぐに気づいたらしい。顔がみるみる青ざめていった。
「僕が行くよ」
「はぁ!?何言ってんだお前!俺も──」
「それ」とシドネはギルバートの膝に乗った子供を指差す。ギルバートも察したのだろう力を抜いた。
「君はこっち」
あの子は見たところ──五、六歳くらいだろう。
自分で帰ってくる可能性は極めて高い。念のためだ。
子供に何かあればディアナが悲しむ。
それに対し、この園には、一番小さい子で三歳がいる。
誰かがこっちを見ていないといけない。
「じゃ、僕探してくるから」とシドネは軽く手を振った。
「いってらっしゃーい!」
「ちょ──おい!」
シドネはギルバートの声を無視して身を翻した。
いくら打ち解けたとはいえ、三、四十人の子供を一人で相手にする自信はシドネにはない。
アステリア家に受け継がれた遺伝子を信じよう。
そう願いを込めてシドネは園を出た。
「……あ」
外に出てしばらくして気づいた。
コートを忘れたな、と。
道理でしっくりしないわけだ。
夏場でも肌身離さず着ているコートがない。
「……いないし」
探し回ってかれこれ数十分。
どこにもいない。
公園、公民館、美術館──子供の好みそうな場所は片っ端から探した。
だがいない。
「……あとは」
シドネは馬鹿でかい十字架を見上げた。
そのオブジェに対して小さな三角の屋根をした真っ白な建造物。
──教会。
小さな庭で子供たちがかけずり回っているのを遠い目で眺める。
「ここ、子供たちがよくお世話になってるのよ」とおつかい帰りにディアナが言っていた。
「……」
教会……出来れば入りたくない。
シドネは眉間にしわを寄せ、もう一度十字架を見上げた。
青空と白色のコントラストが眩しい。
本来、シドネは世間様に顔向け出来ない恥ずべき人間である。
だが、無神論者であるシドネに罪を懺悔するような気概はない。
つまり、相性が最悪なのだ。
入るしかないよなあ、とは思う。でもなあ、と躊躇う気持ちがやや優勢。中々足を踏み入れる決意が固まらない。
──その時
「教会に興味がお有りで?」
右肩が掴まれた。割とがっしり。
「──ッ」
振り返りざま、シドネの手刀が発動する。
「まずい」と思った。
急には止められない。
しかし、シドネの焦りもつかの間。杞憂に終わる。
「危な」
という抑揚のない声とともに呆気なくかわされた。
「………」
声の主は身をかがめている。
シドネはその白い頭を見下ろす。
正直、謝罪する言葉よりも先に「何だコイツ」という率直な感想がシドネの脳裏を過った。
だが、「大丈夫ですか?」とシドネは何とか気を取り直す。
「あー、はい。大丈夫ですよ」という間延びした声とともに立ち上がった。
緩く結ばれた三つ編みに、翡翠色の瞳。
無愛想とも、愛想がいいとも言い難い独特な微笑を浮かべている。平均ほどの背丈をしたシドネより目線はやや上といったところか。年はシドネと大差ないように見える。
「いきなり腕を振り回したらダメですよ。危ないんで」
「あれは振り回したわけじゃ……まあ、いいです」
コイツには何言っても無駄な気がするとシドネは肩を落とした。
まだ二言ほどしか言葉を交わしていないのに徒労感がすごい。
ふと、男の服装が目に入った。
――裾が足元まである黒い長袖の平服。
「……もしかして、神父さんですか」
「あー、はい。そうですよ。一応」
「『一応』?」とシドネは首をかしげたが、口笛を吹いて華麗に無視された。
まあいい。シドネは子供を探しに来たのだ。宗教統計調査じゃない。
「なら、中見せて貰っていいですか?」
シドネの言葉に「え、な、なんで?」と神父は大袈裟にのけ反った。
「も、もしかして、お、お嬢さん、ざ、財務の方……?ウチは脱税なんてしてな、ないですよ?」
なら、何故そんなに目が泳いでいる。
「ちゃんと、この国から許可とって経営……じゃない、布教しています。ほら国家許可証も──」
シドネの訝し気な視線を察してか、神父がしどろもどろになり、一気にまくしたてた。
「そうじゃなくて」と神父の言葉を打ち切る。
シドネはどこぞの財務官の貴族ではないので家宅捜索などはしたりしない。
だが、これ以上、この教会の内部事情を知ればシドネも共犯になりかねない。
「ここによく遊びにくる園の子がいて。迎えに来たんで──」
「あー、なるほど」とシドネが身分証明書を取り出す前に神父は歩き出した。案内するということだろうか。
「ありがとうございます」とシドネは神父のあとについた。
聖職者様がこれでいいのか、とこの国の行く先に不安を覚えながらも、シドネは教会に足を踏み入れた。




