11.邂逅
ステンドグラスから夕日が差し込み、木製の床に色鮮やかな光の水玉が映り込む。職人の腕が良かったのだろう。鉱石に濁りがない。
カナを連れて礼拝堂を出る前、シドネは神父へ向き直った。
「ありがとうございます。助かりました」
シドネが頭を下げる。それに倣って子供もお辞儀する。
「いえいえ。お目当ての子が見つかって何よりです」
「その言い方はやめて欲しいです」
一人でぽつねんと長椅子に腰をかけていたところを神父がすぐに見つけてくれたため、存外早く見つかった。
「カナちゃん、またね」
カナはシドネの後ろに縮こまりながら、控えめに手を振った。
元が人見知りな子らしい。
実を言うと、シドネは今の今までこの子の名前を知らなかった。カナというのか。これからは名前を覚えるよう努力しよう。ようやく園にも馴染めたことだし。
「では、お世話になりました」
シドネは「園に帰ろうか」とカナを促し、踵を返した。
「あ、そういえば」
神父の声にシドネの足が止まる。
「明日、日曜でしょ?バザーがあるんです。よければ」と、カラフルなリーフレットを渡された。ぱっと目を通したところ、ミサンガ作りやら小さな屋台やらリサイクルショップが催されるらしい。
シドネとカナは会釈して、今度こそ教会をあとにした。
「……いつもと神父さん違った」
「え?」
歩いて数分、それまでずっと黙っていたカナが口を開いた。
「……いつもは金ぱつの、せの高いおじさんなの」
「え、じゃあ、さっきの白髪のお兄さんは──」
カナがふるふると首を振った。
「知らない」
それきりカナは口をつぐんだ。
「………」
さっきの神父の髪は間白髪だった……と思う。光の当たり具合によっては金髪に見えないこともないのか?
いや、でもカナは「おじさん」だと言い切った。あの男はどう見ても「おじさん」という年齢ではないし、「お兄さん」と区別している。
では、奴は誰だ?
「おかえり!あと遅い!連絡くらい寄こしなさい!」
帰って早々怒鳴られた。予想通りの反応である。シドネは頭をかいた。
「ディアナ」
シドネがカナを指差す。
「あ、カナちゃんは手洗ってから、お夕飯食べてね」
カナが震えているのを見て、ディアナは声のボリュームを落とした。
ディアナの言葉にカナはこくこくと頷き、そそくさとダイニングに消えた。
「で、アイツは?」
「とっくに帰ったわよ」とため息交じりにディアナは答えた。
一日留守にすることもざらなディアナだからと油断していた。今日は早かったらしい。
「コートは置いてあるし、ギルはぐったりしてるし。何かあったんじゃないかって……」
ディアナの心配性は今に始まったことではない。「ごめん」とシドネは軽く頭を下げ、コートを手にとり、羽織る。
やはり、これがないと落ちつかない。
シドネは深く息をついてソファに腰を落とした。
そんなシドネを見て、ディアナも怒る気が失せたのか「次から連絡してね」とシドネの隣に腰をかけた。
「……ねえ。あそこに教会あったでしょ」
「そうね」とディアナは頷く。
「あそこの神父さん、知ってる?」
「知ってるわよ。髪の長い金髪の神父さんでしょ?感じの良い」
「ふーん……」
やはり違うのか。カナを疑っていたわけではないが、これで確定だ。アイツを想起したとき「感じのいい」が第一印象になるはずがない。
「何々?気になるの?」とディアナがシドネに身を寄せた。
「そんなんじゃないよ」と軽くあしらう。
シドネが気になるのは白髪の方だ。金髪も気にならなくはない。
人間の気配に敏感なシドネの肩に触れた。
そして、ついて出たシドネの手刀を軽々と避けた。
気にならない方がおかしい。
「シドネが人に興味が湧くなんて珍しいじゃない?確かにかっこいいものね。へえ、シドネはあんな感じがタイプ──」
こうなったディアナは止まらないのでシドネは放置する。
この国の事情に詳しいシドネの知人──癪ではあるが、あの男に尋ねてみるか。
柄にもなく、シドネの好奇心がかき立てられていた。こんなことは自分の石の研究以来かもしれない。
「……なんだか楽しそうね?」
「別に」とシドネはコーヒーを啜った。
──
シドネは絶対に認めないだろう。
あれは好奇心ではない。
傷つけられたプライドが、勝手に疼いているだけなのだと。
──翌朝
「シドネです。ユリウス君に会わせてください」
「……姓の方を教えてくれないかな。お嬢さん」
「ないです」
シドネの言葉に門番の薄く上がった口角がひくついた。
「入れてください」
だが、怒りを堪えているのはシドネも同じである。
この猛暑の中、このやりとりはもう何度目だ。
数えていない。
「だから姓の方はって聞いてんの!『シドネ』はさっき聞いたって!」
「ないですって」
「じゃあ身分証明書は?」
「あるにはあります」
「では」
「忘れた」
「姓もない身分証明書もない不審者を城に入れられるか!」
シドネは朝っぱらから門番と口論していた。口論というより門番の方が必死になってシドネを追い返そうとしてくる。
「もうよくないですか?ユリウス君に直接聞いてくださいよ」
「ユリウス様は忙しいんだってば!分かる!?」
「……」
シドネに姓はないのは本当だ。
前職の都合上、何度か姓は変えたが、足を洗った今、名字は捨てた。
まず、生まれが貧しい者にこの国は姓を与えない。だからこそ門番はシドネの入城を躊躇っているのだろう。
そして身分証明書。これは本当に忘れた。入城するだけでそんなものがいるなんてシドネは考えもしなかった。
「……次はアポして来て、ね?」
門番が力なく笑った。
「………はい」
シドネは渋々頷く。知らず知らず内にこの人を困らせてしまっていたようだ。ならば今『だけ』は身を退いて出直そう。
「今からアポします」
「だからそれじゃ意味ないんだって!」
「あれ?シドネちゃん?」
門番が叫んだと同時に背後から声がかかった。
シドネが振り返るといつぞやか見知った顔。名前は確か──
「ほら。赤いベストの。今着てないですけど」と男は襟を正すようなジェスチャーをしてみせた。
「暑くなりましたね」と男は付け加える。
シドネは数秒間、考えるようなポーズをとる。別に、この体勢になったからと言って脳の活動が促進されるわけではない。ただ思い出す時間が欲しいだけだ。
赤いベストに、この茶髪───ユリウスの補佐か。
「……グレンさん?」
男はにっこり微笑む。
「ギリギリ合格です。また『赤いベストの人』で止まりになるかと冷や冷やしましたよ」と抑揚のない声に乗せて、男はご丁寧に拍手して見せた。




