07.神は死んだ
「おら、ギルバート様がいらしてやったぞ。茶ァ出せ」
暑苦しい顔立ちに、尊大な態度。
それでも、やはり姉弟というべきか。ディアナと同じ、透き通るような青緑の瞳をしている。
血筋もあって、顔立ちこそ似ているが、姉とは人相がまるで違う。
攻撃的な顔立ちに佇まい。
「……」
見上げて、シドネは顔をくしゃりと歪める。日差しのせいだけではない。
神は死んだらしい。
……昨日の晩に。
「早く入れろよ。暑いんだよ」
「……静かにしろよ。ガキが起きる」
シドネは無造作な黒髪を雑にまとめながら踵を返す。
「入れ」という無言の指示。
夏の暑さと眠気と、早朝一発目に拝んだ面がこの男であるという事実に、シドネの機嫌は地の底まで落ちていた。
「はぁー……相変わらず愛想ねぇな」とギルバートはシドネの後に続いて、園に足を踏み入れた。
「俺は女性はもっとお淑やかであるべきだと思うぜ」
「安心しろ。お前にだけだ」と振り返りもせず吐き捨てる。
ギルバートは歩みをピタリと止めた。
「は?告白?キモ」
「殺すぞ」
「しかし、相変わらず狭ぇな」
椅子にどっかり腰を下ろすギルバートはダイニングを見渡した。
「ディアナ姉さんもよくこんな貧乏くせぇとこ住めてんな。ウチの犬小屋くらいじゃねぇの?」
「お前の姉曰く、『子供をしっかり見守れるように』らしいけどな」
シドネは冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。
この男に出すモノは、ない。
ギルバートはシドネの嫌味を気にした様子もなく「ふぅん」とあくびをかみ殺した。
この孤児院は決して小さくない。住宅街では浮いてしまうくらいのスペースを設けている。
この男――というより、ディアナの身内の金銭感覚そのものがイカれているのだろう。
「このくらいがちょうどいいの」とはにかむディアナも、相当変わっている。
「で、ガキはいつ起きんだよ」
時計の針が六時半を示していた。
「あと三十分くらいだな」
「飯は?」
「ディアナが作ってったやつ温めて盛るだけ」
「……お前いらなくね?」
本当にそれである。
しかし、シドネはディアナに「子供たちを見ていて欲しい」と頼まれたのだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「お前ひとりに任せたら、夕方には町中に届けを貼り出す羽目になりそうだからな」
「届け?」とギルバートは太い眉を寄せた。
「何の?」
「捜索」
「殺すぞ」
「おはよー」と廊下から挨拶を交わす声。
その声を皮切りに、廊下の喧騒が濃くなる。
「起きたか」
ギルバートが重い腰を上げた。
「飯、できてんのかよ」
「あと盛るだけ」とシドネはスープをかき混ぜる。
「あっそ」とギルバートは素っ気なく答えた。
「じゃ、俺はガキどもの相手してっから。準備しとけ」とギルバートは廊下に消えた。
「お前じゃ無理だろ」という嫌味な捨て台詞を残して。
「お兄ちゃんだれー?」と訝しむ子供の声。
シドネはお玉を回しながら聞き耳を立てた。
「ディアナ先生の弟だよー」
普段からは考えられないほどの柔らかい声。
シドネは一瞬、あの男の声だと理解するのに脳が遅延を起こした。
「そうなんだー」と子供たちがはしゃぐ声。
「おめめの色先生とおんなじだー」
「じゃあ、アイツ――じゃない、お姉ちゃん待ってる間、俺と遊ぼうなー」
『お姉ちゃん』
シドネは背筋に寒気が走る。
「……キモ」
「……よし」
テーブルに食器を並べ終えた。
温め直したスープに、シドネが具を挟んだだけのサンドイッチ。
とりあえず最低限、ディアナに指示された通りのことはできたはずだ。
「できたよ」
シドネはギルバートに声をかけた。
「おう」と子供を何人か背負ったままギルバートは軽々と立ち上がる。
「落とさないようにね」
「落とすわけねぇだろ。これくらい」
ギルバートは子供たちを背負い直した。
きゃっきゃっと子供たちがはしゃいでいる。
ギルバートの背は、男の平均身長よりも少し高い程度。
体格は騎士を志す男としては決して大柄ではない。
シドネは、背負われた子供たちがいつか落ちてしまうのではないかと気が気ではなかった。
それで怪我をしたり、首の骨を折ったり――
「じゃあ、あとは任せたから」
シドネは不穏な想像をかき消すように視線を逸らした。
すぐさま「おい」と後ろから低い声がかかる。
「何だ、ソレ」
ギルバートはシドネの手にする「ソレ」を指さした。
「これ?普通に朝ごはんだけど?」
シドネは両手にプレートを持っていた。
「心配しなくても、君の分もダイニングにあるよ」
「そうじゃなくて、コイツ等と食わねえの?」
「いいよ。僕は」
「『僕』?」とギルバートは首をかしげる。
そうか、子供の前でギルバートと話すのは初めてか。
「とにかく」
シドネは構わず続けた。
「自分の部屋で食べるから」
シドネは身を翻す。
「ディアナにチクるぞ」
シドネの肩がほんのわずかに揺れた。
「『見てろ』って言われたんだろ」
「……」
「じゃあ見てないとダメだろ」
子供と目があった。ギルバートの背にさっと子供が隠れる。
「……わかったよ」
「子供が苦手だから」と子供の前で言えるはずもなかった。
何より、この男に弱みを握られたくない。
「よし。決まりな」
鼻歌でも歌い出しそうな足取りで、ダイニングに向かうギルバートをシドネは恨めしげに睨む。
こうして、シドネは初めて子供たちと同じ食卓につくこととなった。




