05.思春期
シドネは低く腰を下ろし――地面を蹴った。
石畳にひびが入る。
その勢いのまま、大きく鎌を薙いだ。狙うは男の膝裏。
≪標的≫の腱を切り、確実に逃げ場を断つ一撃。
男はシドネの攻撃を予測していたかのように跳び、刃をかわす。
シドネは即座に柄を返す。
鎌が宙に弧を描き、下から振り上げられる。
男はようやく剣を抜いた。
金属同士が激しく衝突し、火花が散る。
――だが。
男の首筋へ、石槍が伸びた。
鎌とは別に生成した、ちいさな欠片。
武器とは言えない粗末な代物。だが、間違いなく脅威。
「――ッ」
男は剣で叩き落とした。
その瞬間、男の胴ががら空きになる。
――もらった。
鎌の柄が形状を変え、あっという間に巨大な斧と変貌する。
体を大きく捻り、木を切り倒すような要領で振り下ろした。
刹那。
男の脇腹と斧の刃の間に――赤紫色の結界が展開された。
「……チッ」
思わず舌打ちがこぼれる。
シドネが武器を下ろした。
こんな粗末な結界、男の胴体を叩き割るのは容易い。
戦闘が妨害されたこと自体は不快だが、シドネとしても部外者を巻き込むのは不本意だ。
「何やってんですか!?」
この結界の主であろう男が駆け寄ってくる。赤いベストの――確かコイツの部下だったか。
「邪魔するな」
男は平然と言い放つ。
満遍なく鉱石を生成する余裕がなかったのか、剣には苔のように鉱石がこびりついていた。
鞘に戻そうとするが、スムーズに鞘に収まらず、男は顔を顰めた。
赤べストは「いやいや!」と首をブンブン振る。
「危機一髪だったじゃないですか!僕が止めていなかったらアンタ体真っ二つになってますよ!」
赤べストの声量の大きさに男は顔をひそめた。
「ただのお遊びだ。気にするな」
「気にしますよ?」
「というかシドネさんも」と赤ベストの男がこちらを向く。
シドネは怪訝に眉をひそめ、首を傾げた。
「あ?なんでお前が私の名前知ってんだよ」
赤ベストは未確認生物を目の当たりにしたかのように目を剥く。
はてさて、コイツと知り合いだったか。
過去の依頼人だというのなら、そんなもの一々覚えていない。
身に覚えがないのも頷ける。
「僕ですよ。グレン」
「……」
永遠に感じられるほどの長い沈黙。記憶の引き出しを開ける音だけが頭の中で虚しく響く。
遠くで鴉が鳴いていた。巣に帰るのだろうか、と一瞬現実逃避しそうになる。
シドネは沈黙を埋めるように、鎌で石畳に弧を描く。斧よりやはりこちらが落ち着く。
赤ベスト――グレンが「公共物です」と目を細めた。
「傷つけないでください」
シドネは鎌を霧散させる。手持ち無沙汰になってしまった。
気まずくなり、頬をポリポリとかく。
「あー……グレンさんね。うん。当たり前だろ。覚えてるよ。久しぶり」
「僕がユリウス様の補佐に就任したの、一週間前なんですがね」
「……」
またしても沈黙。
一方、男はこびり付いた鉱石と格闘している。剣を振ったり、指で削ったり――
「……あっ、そう?一週間しか経ってないんだ。……男前になった?」
「初めて顔を合わせたの、三日前です」
追撃。
くそ。コイツ謀ったな。
それはそれとして、シドネは三日前のことも覚えていないような鳥頭だったのか?
自分の記憶力の悪さに一抹の不安を感じた。
「……では、改めて」
シドネは気を取り直すように、咳払いして、グレンに手を差し出す。
「よろしくお願いします」
「このやり取り二回目です」
グレンが右手を出した。
「もうお喋りは済んだだろ」
握りかけた二人の手の間にユリウスが割って入った。
ユリウスがシドネを見下ろす。
「もう遅い。お前はもう帰れ。ディアナ殿に心配をかける」
「お前が引き留めたんだろ」とシドネは抗議したが、ユリウスは無視を決め込んだ。
「先ほどの男は」
「大人しく連行されていきましたよ」とグレンは答える。
完全に蚊帳の外。
釈然としないが、シドネはコートのポケットに手を突っ込み、身を翻した。
今からでも夕食の片付けには間に合うだろうか。
街道の明かりがポツリポツリと灯り始めていた。
シドネが曲がり角に姿を消したことを確認してから、グレンは口を開いた。
「なんかシドネさん、キャラ違くありませんでした?」
帳簿に目を通していたユリウスの動きが止まる。
「……何がだ」
「初対面の時はもっとお淑やかなイメージありましたけど」
ユリウスは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
帳簿をめくる手が再開する。
「素はあんなだ。気にするな」
やけに湿度の高い視線が向けられているのをユリウスは肌で感じた。
「……なんだ」
「その『好きな子にちょっかいかける中学生』みたいな態度」
帳簿を閉じる音。
「そろそろ卒業しません?」
ユリウスは深く息を吐いた。
感情を抑えているような、落胆しているような、曖昧な吐息。
「グレン」
「はい」とグレンが答える。
背筋が凍った。
ユリウスが――笑ってる。
「愛想さえ良ければモテるだろう」と呆れていた自分の浅はかさが憎い。
本能的にグレンは悟る。終わった。
「何ですか」
グレンは開き直った。
「クビだ」
「理不尽」




