13.詐欺
「……貴方は──神父さんですよね?」
警戒心を隠そうともしないシドネに、金髪は「あら?」と目を瞬かせた。
「なんだ、ご存じなんですね」
「スーツ姿だと、布教に来た人と間違われるんですよ」と金髪はシャツの襟を摘まんで、とほほと肩を落とした。
シドネは視線を下ろす。
聖職者とは思えないほどの装飾品の数々。
そして、視線を目線に戻せば胡散臭い笑み。
絶対に服装のせいだけではない。
シドネは喉まで出かけた本音を飲み込む。
「申し遅れました。私、セリオスと申します。以後、お見知りおきを」
落ち込んでいたと思ったら、急に自己紹介。シドネも慌てて「あ、シドネっていいます」と頭を下げる。
「シドネさん、いいお名前で。ですが──」
セリオスはくすりと笑い、シドネの顔をまじまじと見つめた。
「あまり……信仰心が厚いタイプなわけではないようだ」
「……そうですけど」
当てられた。
十字架を睨みつけていたから無理もないか。
現にシドネは無神論者だ。
「白髪の神父さんにもう一度お会いしたくて」
「白髪?」とセリオスは首を傾げる。
シドネは頷いた。
「三つ編みをした、神父服の」
「ああ、リューエルのことですか」とセリオスはポンと手を叩く。
白髪はリューエルというらしい。セリオスとは知人なようだ。よかった。
万が一、自称聖職者の変質者であったならそれはもうホラーだ。通報案件である。
「ちゃんとあの子、仕事していましたか?」
「え?あ、はい」
宗教の勧誘のことだろうか。それならばしていた。
「脱税」やら「経営」やら口にしてはまずいことも宣伝していたが……言わない方がいいだろう。
「……その人は……リューエルさんは今日はどちらに?」
「……」
セリオスは教会の方に目を向けた。
庭では子供たちが走り回り、大人たちは出店を眺めている。
ミサンガを編む老婆に古本を抱えるシスター。
何か食べ物も提供しているのだろうか。
焼き菓子と水飴のような甘い匂いがシドネの鼻腔をくすぐる。
騎士すら退屈そうにあくびをしているほど、平和な光景だった。
白髪のハの字もない。いや、老人はいるのだがあの人ではない。
「……いませんね」
「やれやれ」とセリオスは肩をすくめ、胸ポケットから何かを取り出した。
「……それは?」
「これですか?」
セリオスの手元には──長方形型の電子機器。
「ポケベルです」
「……古い」
「便利ですよ」
「便利なら廃れてない」
セリオスは、ふふんと胸を張る。
「風情があるでしょう」
ない。不便なだけだ。
プルルプルル……とか細い電子音。
「ふぅ……」
セリオスは一度息を吐いて、柔らかな笑みを崩さないまま、教会の尖塔を見上げた。
「……出ませんね」
「……いないなら、帰る」
シドネが身を翻した。
「待って待って!」
コートが引かれる。無視して進もうと足を踏み出そうとするがダメだ。この神父、意外と力が強い。それにこのボロコートが破れてしまう。
「何」とシドネは渋々目線だけ寄こした。
「着替えてから!着替えてから探しますので!」
確かに、この男がスーツのままではカルトの教祖に見間違えられかねない。完全に営利が目的な団体の長だ。
「………」
今日は特段用事はない。
この言い方ではいつもシドネが多忙みたいだが、シドネのやらなければいけないことはパン屋のバイトとディアナの手伝いくらいだ。
本当は考えるまでもない。コイツに「暇人」だと思われるのが癪だっただけだ。
「……いいけど」
「よかった!」
セリオスは花が咲くように笑った。
ただ、「パフォーマンス感」が否めない。胡散臭い。
「では、行きましょう!」
年甲斐もなく腕を掲げるセリオス。
この教会は何の神を信仰しているのだろうか。
「個性」とかを信仰したら笑えるな、と考えながらシドネはまたしても教会に足を踏み入れることになった。
「まずは着替えです」
「どこで?」
「こちらです」
セリオスが案内したのは──懺悔室。
なんだ、コイツは。まさか懺悔室で全裸になるのか。
やはりどちらも不審者か。とシドネは軽く構えた。
「シドネさんはここにお待ちください。私は着替えてから──え?その目は何ですか?そんなに見つめられると照れちゃいますね」
「おまたせしました」
黒い長丈の衣服に、帯状の布「ストラ」を首から下げたセリオスが戻ってきた。
懺悔室は待機場所だったらしい。
危うく神父が一人減るところだった。
結っていた長い髪は解かれ、腰まで流れている。
飾り物は健在だが、しっかりと神父の装いをしたセリオスは先ほどのスーツ姿とは別人に見えた。
「では、参りましょう」
「はい」とシドネは立ち上がった。
シドネは促されるまま懺悔室をあとにした。
「どこ行くの?」とシドネがセリオスの背中に問うた。
「私たちが寝泊まりするお部屋ですよ」
そのまま人混みを避けるように、教会本堂の裏に回った。
「……ここ?」
裏口だろうか。
表に比べて質素な白い扉。
「はい」とセリオスは鍵を差した。
「シドネさんは少々お待ちください。私は構わないのですが、他の者のプライバシーもございますので」
シドネが頷くと、セリオスは奥に消えた。
──数分待った。
扉が開く。
「……お待たせしました」
セリオスの反応を見る限り、リューエルは不在だったのだろう。若干眉が下がっている。
「寝ているのかと辛抱強く呼びかけたのですが……部屋を見ても不在でした」
シドネは苦笑いする。
「別にいいですよ。また出直しますから」
「引き留めてしまってごめんなさいね」とセリオスは申し訳なさそうに笑った。
「ではお見送りしますね」
「あ、いた。神父ー」
間延びした声。
シドネの視線が自然とそちらに滑る。
白いティーシャツに半ズボン。若草色のカーディガンを羽織っている人物がこちらに駆け寄ってきた。
「貴方……どこにいたんですか。探したんですよ」
「いやあ、遅れて気づいて慌てて出たんですけど。すれ違いになっちゃったみたいですねー。あはは」
「『あはは』じゃないんですよ」
「……」
シドネはそのやりとりを呆然と眺めていた。
背中まである白髪に、翡翠の瞳。男にしては線の細い体躯。
喉仏がない。肩幅も昨日より華奢に見える。
……違う。
今、セリオスと親しげに会話している人物は──どう見ても女だ。
「髪飾りをなさい。みっともない」
「あ、すみません」と言ってリューエルは器用に髪を編んでいく。
「お」というシドネの呆けた声にリューエルと目が合った。
「……あなた」
「な、何……」
リューエルがシドネにずいっと顔を近づけた。
シドネもその分後退する。
まだ状況を飲み込めないシドネにリューエルがにっこりと微笑んだ。
「だれですか?」
「…………は?」




