【6日目】永久の誓い
「うん…………? 眩しい……」
すっかり日が昇ってからフェウーはベッドの上でもぞもぞと寝返りを打った。
何一つ遮るものなく降りかかる朝日を眩しそうに手で防ぎながら渋々と起き上がる。
眠そうに自分の瞼を童女のような仕草でこしこしとこすりながら控えめに欠伸を漏らした。
「ふわぁ……。あら?」
フェウーは自分が野外の、それも瓦礫の真ん中のベッドで寝ていたことに気が付いたようだ。
「昨日の私は随分日当たりの良いベッドで寝たものねぇ」
「あぁ。ちょいと大掃除をしたんでな」
俺の声を聞いてようやく俺の存在に気付いたのか、ゆっくりこちらを向いた。
「!?」
フェウーは俺の姿を見てビクリと肩を跳ねさせた。
それもそうだろう。
昨日の戦闘の汚れも返り血も落とさず、少女の眠るベッドの脇に座って一晩泣き明かした中年男性を見て驚かない少女は、そういないだろう。
「悪いな。これでもこうしてお前が寝てるベッドと今俺が座っている椅子だけはなんとか直したんだ」
「だ、大胆な大掃除ね……家主の豪胆さが伺えるわ」
珍しくフェウーがビビっている。見慣れるとこの虚勢も可愛いものだ。
「それで? あなたがその豪胆な家主さん?」
「そうだ。俺はユータという。まずはこれを読んでくれ」
俺は苦労して瓦礫から探し出したフェウーの日記を手渡した。
「……あら。そういうこと」
受け取ったフェウーはそれが過去の自分が書いた日記だとすぐに理解してそのまま読み始めた。
「……今日って何星の日かしら?」
暫く読みふけっていたフェウーが不意にそう尋ねた。
「今日は砂星の日だな」
「この日記は樹星の日までしか書かれていないわ。ということは、昨日の私は日記を書かなかったのかしら?」
フェウーは自分の顎に左手の人差し指を当てて思案するいつもの仕草をしてすぐに。
「……まぁ、この家の有様を見ればだいたい想像できるわね」
と、呆れたように溜め息をついた。
「すまない、俺は…………。昨日のお前を守れなかった」
俺は目を伏せて絞り出すようにかろうじてそう伝えた。
それを聞いて少し間を置いてから、フェウーはベッドから降りて俺の傍に近寄ってきた。
「まぁいいんじゃない?」
椅子に腰掛けたまま俺は声のするほうにゆっくり顔を上げた。
同じ目線の高さにあるフェウーの顔は、可憐な少女の外見に反しまるで……泣く子をあやす母親のような慈愛に満ちた表情を俺に向けていた。
「もう終わったことだし、昨日の私と今日の私は別人よ。気にしないわ。それにその様子だとあなたは最善を尽くしてくれたのでしょう?」
そう言ってフェウーは、今日のフェウーにとっては初対面のはずの俺の頬を優しく撫でた。
「きっと、昨日の私はあなたのような人に想われて……幸せだったと思うわ」
俺は思わず2日続けてフェウーの前で無様を晒しそうになり、必死に涙をこらえて顔を逸らした。
俺のそんな様子を見てフェウーはあえて気づかないふりをして話しかけてきた。
「それより、そろそろ昨日の私に何があったのか詳しく教えてくれるかしら?」
俺は自分の不覚を誤魔化すように背筋を伸ばして立ち上がった。
こうなると一気に俺とフェウーの身長は倍近い差があることがわかる。
傍目にはどう見ても大人と子供だが、やはり精神的には俺よりもフェウーのほうが随分と大人のようだった。
「そうだな。ん……んん」
俺は大人の男性としての威厳を少しでも取り戻すために短く咳払いをした。
そして昨日の出来事をフェウーに説明しようと頭のなかで整理していると、ふと思い出した。
「そういえば、昨日のお前から遺言で言われたことがあったな」
「遺言……?」
「俺にお前のことを『フェリシア』と呼べと言っていたな」
「……………………もう一度。お願いしていいかしら」
じっくりと、間を取ってからフェウーはそう言った。
不意に顔を出したフェウーの神妙な面持ちにどきりとしながら、俺は前後の状況を含めてより正確にフェウーの遺言を伝えた。
ごく短い説明であったが、その間フェウーは冗句や嘘を許さない真剣さで話を聞いていた。
全ての説明を聞くとフェウーは「そう」と、吹っ切れたような清々しさで頷いた。
「ひょっとしなくてもこれってお前の本名……もとい、真名だよな?」
「えぇ」
エルフやドワーフは本名とは別に通り名を名付ける種族だと有名だ。
世間的には主に通り名を使い、家族にだけ真名を知らせるのだそうだ。
ダークエルフの風習は知らないが、俺なんかに教えてよかったのだろうか。
「………………」
突然、フェウーは押し黙ってしまった。
しかしそれは嫌な沈黙ではなかった。むしろ、嬉しさを我慢しているような……?
フェウーは突然ベッドの上に立ち上がり、俺と目線の高さを合わせた。
「……そう! そうなのね! 選んだのね、『私』は!」
高々に、誇らしげに声を張ったフェウー。
希望に満ち溢れたその黄金の瞳は朝日を浴びてきらびやかに輝いていた。
俺はといえば、フェウーの突然の変化にただただ戸惑うばかりだ。
「ねぇ。あなた、私のこと好き?」
「ぶはっ!?」
そんなことを考えていると思いもよらずフェウーの口から爆弾が飛び出した。
なんの脈絡もなく何を言っているんだこいつ!?
冗談かとも思ったが、フェウーの顔は真剣そのもの。
射抜くように真っ直ぐな視線が俺の返事を待っている。
「ん……んん……っ」
俺は居住まいを正した。
毎日人間関係がリセットされるとはいえ、俺とフェウーは濃密な時間を過ごしてきた。
俺とていい年の大人。今更俺たちの関係性を明言することに尻込みするような坊やではない。
俺は……思いきって、言った。
「好きだ――フェリシア。君のことを誰より愛している」
…………い、いくらなんでも歯の浮くようなセリフを言い過ぎか!?
しかしこの空気はこういう流れだろう!?
俺は自分のくさい発言に後悔しながらも、顔から火を噴くような気恥ずかしさに耐えた。
どれほど恥ずかしくても耐えなければならない。
なぜなら、フェウーが嬉しそうだからだ。
俺の告白を受けて見た目相応の少女のようにはにかんだ笑みを浮かべるフェウーは可愛らしかった。
そしてその途轍もない可愛らしさと同じくらい、美しかった。
フェウーの背後を朝日が後光のように包み込んでいた。
世界の全てが彼女を祝福するような神々しさに包まれながらフェウーは「嬉しい」と小さく言った。
フェウーの囁くような気持ちを受け入れる返事に俺は衝撃を受けて思わずよろめいた。
そんな俺の様子を見ていたフェウーは満面の笑みを浮かべ……歌うように呪文詠唱を始めた。
『久遠の時を超え、悠久の時を紡ぎ、永久の時を渡る輝石に依りて世界を満たす――――』
突然フェウーが唱え始めたその呪文は聞いたことのない呪文だった。
俺にもわかるような平易な呪文は、精霊の力を借りて外的作用を起こすような普通の魔法ではない。
『この世界に祝福を。この私に制約と誓約を。彼の者に慈しみと祝福を――――』
ただ自分自身にだけ効果を発揮する『誓言』の呪文だった。
『我らが太祖ブランドラ・メイルーン・フロウライトの名の元に、フェリシア・メイルーン・フロウライトが誓う――――』
フェウーが俺に向かって手を伸ばす。
俺は熱に浮かれたように、自然な動きでその手を取る。
『生ある限り共にあり、死せる時には傍らに、永久に続く契約を』
朝日の瑞々しい生命力で満たされた光を浴びながら。
――――フェウーは俺とそっと唇を重ねた。
『“二度と繰り返さない”――――』
フェウーの唇が離れた後も俺はずっと呆けていた。
体験したことのない神気を一身に受け、俺は痺れたように指一本動かせないでいた。
「ちょっと? いつまで呆けているのよ」
結局フェウーに軽く頭を小突かれるまで俺は放心していたようだ。
「い、今のはなんだ?」
「何って、聞いていたでしょう? 夫婦になる契約よ」
「ふっ……夫婦!? 急過ぎないか? いくらなんでも……もうちょっと段階を踏むべきじゃないだろうか」
「あら。今更反故にするなんてダメよ。もう私に掛けられていた魔法は解けてしまったもの」
「魔法? 何の?」
俺は怒涛の展開に間抜けな反応をした。
「だからこれで、私に掛けられていた『記憶と身体が0時にリセットされる魔法』は解けたわ」
「……はっ?! そん……っ、だってお前。えぇ…………?」
わちゃわちゃと慌てる俺の姿を見て、フェウーは大きな溜息をついた。
俺の妻(になったらしい少女)は早くも俺に冷ややかな視線を向けている。
いくらなんでもこのままではまずいと俺は自分を気合で奮い立たせ、可能な限り状況を整理した。
「つまり……今のお前の呪文は夫婦の誓いであると同時に、リセットの魔法を解く為の呪文でもあったということか?」
「そうよ。ダークエルフ……特にフロウライト一族は決して他人に真名は明かさないの。例えそれが兄弟であってもね。真名を知るのは名付けた両親と、伴侶となる相手だけ」
「伴侶……」
「そう。昨日の私が真名をあなたに伝えたってことはそういうことよ。『私』はあなたを伴侶として選んだのよ」
あの遺言にはそんな意味あったのか。
切なさと同時に、今更ながらも沸々とむず痒い嬉しさがつま先からぞわりと背筋を上ってくる。
「私に肉体と記憶がリセットされる魔法が掛けられていたのは、自分の身とダークエルフの血脈を守るため」
「信頼できる伴侶と出会うまでリセットを繰り返し、伴侶と出会えたなら自分の真名を教え、誓いを立てて魔法を解くのよ」
「な、なるほど?」
「…………」
ゴスッ!
「うぐわっ!」
せっかく説明してくれているフェウーに対して上の空で返事する俺を見かねて、ベッドから降りたフェウーが俺の脛に蹴りを入れた。
「…………あなたねぇ。いつまでもそうしてボケっとしていると蹴っ飛ばすわよ」
「もう蹴ってるだろ……」
「まったく。あなたは今から私の旦那様なのだから、それなりの振る舞いをしてくれないと困るわ」
ふんっと口を尖らせてそっぽを向いたフェウーは、よく見れば可愛らしいエルフ耳がほんのり赤くなっていた。
「そ、そのだな。遅くなっちまったが、これからよろしく頼む」
「な、何よ。急に畏まらないでよ」
俺たちはギクシャクしながら目を逸らしつつお互いをチラチラと見た。
そうして浮かれている時、俺の視界にリーゼから受け取った荷物が入った。
すぐさま俺は自分たちが置かれている状況を思い出し、浮ついた気持ちを深呼吸で抑えた。
「フェウー……じゃなかった、フェリシア」
「なぁに? 先に行っておくけど真名で呼ぶのは二人きりの時だけにしてね」
「あぁ、勿論。それよりこれからの話をしよう」
俺の真剣な物言いにフェウーも気持ちを落ち着け緊張感を高めた。
「魔王は『二日やる』と言っていた。恐らくは明朝がその刻限だろう」
「じゃあまだ猶予があるのね」
「そうだ、幸いにも時間はある。つまり……」
「夜までに作戦を練るということね?」
フェウーは『逃げる』と一言も漏らさなかった。
絶望的な状況であっても、彼女は躊躇わず立ち向かうつもりなのだ。
フェウーを守ると誓った俺も当然、諦めるという選択肢はない。
俺とフェウーは不屈の笑みを浮かべて打倒魔王の作戦を夜まで話し合った。
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