【5日目】魔王軍襲来。
…………また頬に何か刺激を感じる。
つんつんと、指先で誰かにつつかれているような感覚がある。
相変わらずフェウーは俺よりも早く起きる。もうこのやり取りにも随分慣れたものだ。
「――おはよう、フェウー」
「あら、おはよう」
フェウーはいつも通りの挨拶を返してきた。
……意外と、こうした生活も悪くないのかも知れない。
あるいはこのままずっと少女との関係を保留し続け、この生活をずっと続けるのもいいかもしれない。
フェウーがそれでいいと言うのであればだが。
「その様子だと私の事情は知っているみたいね。早速だけれどあなたの名前を教えてくれるかしら?」
「ユータだ」
「ユータ、ね。ところで私とあなたの関係を教えてもらえるかしら?」
俺は軽く説明してからフェウーの日記を手渡した。
フェウーは自分で書いた本の内容と俺の説明で現状を概ね把握したようだった。
やはり自分で書いたメモというのは信用できるようで、フェウーは(今日のフェウーにとっては初対面の男の)俺相手にかなり警戒を解いていた。
「それで? 今日は何をするのかしら」
「そうだな……まずは何より朝食だよな」
「わかっているわね」と言いたげにうんうんと頷くフェウー。
相変わらず食い意地の……いや、食欲旺盛なフェウーだった。
「その後は、いい加減お前用のベッドでも作るか。お前はどうあってもベッドを譲る気はないようだしな」
「レディーをソファーで眠らせた、なんてことにならないように。殿方のプライドに配慮しているのよ」
髪をかきあげながら冗談めかしてフェウーが反論した。
彼女は何が面白いのかクスクスと笑っている。
「それで、ベッドを作るですって? あなた、そんなことまでできるのかしら?
「ん、まぁなんとかなるだろ」
「私の日記にも書いてあったけれど、あなた見た目より器用ね」
「見た目は関係ないだろう。あとは、そう。衣装箪笥とか鏡台とかも必要か……?」
この無骨なアジトで女の子が暮らすにはまだまだ色々と足りないものがある。
「至れり尽くせりね。その見返りに私は何を要求されてしまうのかしら?」
「ばっ……よせよ。ただ足りないものを揃えるだけだ」
「ふふっ、そうね」
うろたえる俺と、そんな俺を見て笑うフェウー。
俺とフェウーの間にははまるで家族のように和やかな空気が流れた。
こうして日記を書き続ければ記憶が一日ごとにリセットされてしまうフェウーでも、一日一日を積み重ねていけるだろう。
もっと早くこうしていればよかったのかもしれない。
そしてゆくゆくはフェウーに掛けられた魔法を解ければいいと思う。
魔法が解けたあと、フェウーがどういう選択をするかわからない。
フェウーがどんな選択をするにせよ、今のような生活を続けることは難しいだろう。
それでも、今の俺は。
孤独に1日を繰り返して生きるこの少女さえ幸せになりさえすればいい――――そう思うようになっていた。
だが今は、もう暫くこんな生活が続いて欲しいと。
そう、少しだけ思った。
しかし。
俺が抱いたそんなささやかな願いは、一瞬後に泡沫のように掻き消えてしまった。
『ガラガラガラガラ!!』
突然アジトにたくさんの木が打ち鳴らされるようなけたたましい音が鳴り響いた。
「な、なに?」
驚いたフェウーがキョロキョロと不安げに辺りを見回す。
俺はフェウーを落ち着かせるためにゆっくりと語りかけた。
「これは俺がアジト周辺に張っておいた結界の警報音だな。この鳴子音は俺の趣味」
「そのナリコ? っていうのが何かは知らないけれど、つまり侵入者ってことかしら?」
「魔力の強い魔物が通ったりすると鳴るようになっているんだ。多分通りすがりのドラゴンか何かだろう。よくあることさ」
「それって十分危険な状況だと思うのだけれど……あなたはそれくらいなら余裕ってことかしら?」
「あぁ。ドラゴンの一体か二体程度なら楽勝だ。ただし――」
『ガラガラガラガラ!!』『ガラガラガラガラ!!』『ガラガラガラガラ!!』『ガラガラガラガラ!!』『ガラガラガラガラ!!』『ガラガラガラガラ!!』『ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!!』
「…………こうやって数が多すぎるとちと難儀だけどな」
俺は弾かれるように動いて素早く鎧と武器を装着した。
「あなた……!」
フェウーが飛び出そうとする俺の裾を掴む。だが今は構っていられない。
「お前はここにいろ! 俺は迎撃に出る」
多数を相手取っての戦いでは、フェウーを守り切ることは出来ない。
アジトには一応それなりの結界が施してある。当座の防御くらいには役立つだろう。
「でも……っ」
「お前は足手まといだ! 恐らくこいつはかなりの軍勢だ。お前を守りながらでは戦えん!」
俺はフェウーの制止を押し切りアジトを飛び出した。
慢心して初動で遅れたせいか、アジトのすぐ傍まで既に魔物は押し寄せていた。
体長2メートルはゆうにある筋骨隆々のオーガ達が俺を見つけるや否や巨大な棍棒を振り上げた。
オーガは雑兵の中では耐久力のある奴らだ。急所を潰さない限りしぶとく喰らいついてくる。
俺は両手に持った2丁の銃で道を塞ぐオーガの頭と心臓を正確に撃ち抜いて道を作る。
オーガ程度なら俺は何体に囲まれても負けることはない。
だが俺はあえてオーガを全滅させず、突破するために最低限の数だけを殺してその隊列を破る。
何故ならこいつらはただの足止めだからだ。
突破したオーガの隊列の後方には予想通り、見るからに魔法に長けたハイゴブリンやミノタウロスキャスター達が呪文詠唱をしていた。
「“JAMMER”!」
短く、戦闘用に最適化した詠唱妨害の呪文を発声する。
落ちぶれたとはいえ俺とて元勇者だ。
多勢に無勢であっても、召喚勇者としての圧倒的な魔力量を持つ俺は妨害魔法で魔物達の詠唱を強制的に止めた。
その隙に魔法使い達に肉薄した俺は背中に差した剣を抜き放ち次々に両断していった。
「グギャアアア!」
不快な魔物達の返り血と叫び声を身に受けながら俺は不意に背筋に寒いものを覚えた。
俺は魔法使い達を守ろうと再び背後に襲い掛かってきたオーガ達をしかし、迎撃することなく別の危険を察知して咄嗟に大きく跳び退いた。
「グオォォォン!!」
俺がほんの数瞬前にいた場所をオーガやゴブリン達の生き残り諸共に巨大な炎が薙ぎ払った。
着地したと同時、俺は全身にまるで自分の周囲だけ重力が強くなったような超自然的な重圧を感じた。
「ぐっ……!?」
炎が放出された発生源を見やると、そこには2体の巨大なドラゴンとそれぞれの背に乗る2体の人型の魔物がいた。
森の木々を薙ぎ倒しながら現れた2体の赤と黒のドラゴンは数ある竜種の中でも極めて強力と恐れられる炎龍と黒龍。
古傷によって片腕と片目が失われている炎龍は手負いというより、歴戦の猛者を思わせる風格を纏っている。
鎧のような黒い鱗に覆われた黒龍はその存在自体が非常に珍しい幻とも言われる竜種だ。
さらに、炎龍に騎乗しているのは魔物は非常に厄介な魔物であるメデューサ……それも普通のメデューサと比べて極端に長い蛇の髪を禍々しくうねらせている。
黒龍に騎乗するのは魔物の中でも貴族と呼ばれ恐れられる上位魔族。額に宝石のように虹色に輝く第三の目を持ち、妖しい輝きの魔眼を光らせるバジリスクだった。
「ちっ……面倒な組み合わせだな。それも全部ノトーリアス(悪名高い名付きの個体)ときたか」
俺は魔力を集中させてメデューサとバジリスクが放つ魔眼の束縛に抵抗する。
いかな勇者といえども、これほど陰湿な妨害を受けながらたった1人で伝説級のドラゴン2体と戦うのは自殺行為だ。
4体の魔物は種族として持つ力だけでも強力だが、更にこいつらは見る限りその中でも選りすぐりだった。
「しかし、軍勢に統一感がねぇ。本来なら半目するメデューサとバジリスクが同じ軍勢とはな」
そう。人間は『魔物』と一括りに読んでいるが魔物と呼ばれる者たちは数え切れないほどの異なった種族が存在する。
当然相性の悪い種族というのは存在し、例え知能の高い種族であろうとも、いや知能が高い種族ほど相容れない相手というのは存在する。
特に同じ生まれ持った魔眼で強さを競うメデューサとバジリスクが行動を共にするというこは本来ではありえないことだ。
そう、例えば。彼らより強大な存在に命令でもされなければ――。
「まさか……!」
俺が最悪の想像に至る前に、アジトの方角から大きな爆発音がした。
「――――ッ! フェウー!!」
アジトに向かって走り出そうとした俺はしかしドラゴンのブレスによって阻まれた。
「このっ……! どけぇぇぇぇぇ!!」
俺は怒りで紅く染まりつつある視界の中、魔物に向かって突進した。
「はぁ……! はぁ……! ぐっ――」
決死の覚悟でドラゴンたちを退けた俺が駆けつけると、アジトは爆発によって全壊していた。
結界を解除するために結界の基点を物理的に爆破するのは盗賊ではよくある手法だ。
が……、中に居る人間を拐うのが目的であれば絶対にこんな手は使わない。
標的の人間が「1日で怪我も記憶もリセットされる人間」だとわかっていなければ――!
「フェウーーー!!」
爆破跡から魔物が少女を連れ去ろうとするのを見咎めた俺は火を噴くような速度で接近し、魔物がこちらに気付く間もなく細切れの肉片へと引き裂いた。
死んだ魔物の腕から落ち、床に投げ出されそうになったフェウーを俺は慌てて抱きかかえた。
驚くほど軽く華奢な少女は全身が弛緩し、完全に気を失っていた。
フェウーは…………重傷、いや。
これはもはや致命傷だった。
爆炎による火傷のみならず、爆発の衝撃で飛んできたと覚しき大きな瓦礫の破片が腹部に突き刺さっていた。
恐らくどんな回復魔法や治療を試みようとも……もって半日。
この襲撃の首謀者は恐らく、一日でリセットされるフェウーの性質を知っている。
だから最悪死んでもいいとこんな乱暴な襲撃を仕掛けてきたのだ。
「フェウー! おい! フェウー!」
いくら傷付いても、死んでも0時には元通り――。
そう知ってはいても俺は強く抱き締めながら彼女の名前を呼び続けた。
その間、俺達を取り囲む魔物たちは襲いかかることもせず、一定の距離を保ったままじっと俺たちを見ていた。
「まさかとは思ったが――――お前が生きているとはな、勇者ユータよ」
聞き覚えのある声に俺はビクリと震えながら顔を上げた。
見ると、リーダー格らしきエンシェントリッチが水晶を掲げている。念話だ。
「やはり、お前か。――――魔王」
「久しいな。あれから何年が経った? 随分と落ちぶれたようだな」
全ての魔族を束ね、数多くの勇者を返り討ちにしてきた最強の魔王。
かつて勇者だった俺が挑み、敗れ。
仲間を皆殺しにした宿敵。
二度と会いたくはなかった怨敵。
「この手で確かに葬り去ったはずだが、如何にして生き長らえた?」
俺は、心の奥底から蘇るおぞましい恐怖に震える膝を悟られぬように、精一杯の虚勢を張って答えた。
「……さぁな」
水晶を使った念話でこちらの映像まで見られているのかはわからないが、いずれにせよここで弱みを見せれば殺される。
そう――――殺される。殺される。
このままでは、俺も、フェウーも……。
ドラゴンたちとの戦闘で満身創痍の俺と、ほぼ死に体のフェウーでは。
「ふん。まぁいい、いずれにせよ生きていたのならば今度こそ確実に殺すまでだ」
俺は魔王との戦いと、死にたくないという一心で無様に逃げ延びた惨めな過去を思い出し、もはやまともに立っていられないほどの震えが湧き上がってくるのを感じた。
「だが……お前の出方次第では、見逃してやらんこともない」
「な、何?」
虚を突かれた俺は間抜けな声を上げてしまう。
「“私の娘”を大人しく渡せば、お前の命は見逃してやろう」
「お前の娘……だと!?」
俺は驚いて自らの腕に抱くダークエルフの少女を見た。
「その娘は私がダークエルフの妻に身籠らせたものだ。愚かな我が妻が己の命を掛けて城から逃したのだ」
「……」
「あれはひどい妻だった。いくら娘を生かすためとはいえ、奴隷として市井に逃がすくらいなら、一思いに命を絶ってやったほうが何倍も楽であっただろうに。その娘が100年以上もの時間どれほどの地獄を味わったことか――――」
「…………」
俺は、魔王の言葉がだんだん遠くなっていくように感じた。
聞こえてくる話に耳を傾けること無く、ただ今にも消えんとするフェウーの吐息に耳を澄ませていた。
「貴様、聞いているのか?」
フェウーは意識を失い、血の気の引いた顔でふうふうと辛そうにか細く息をしていた。
苦しんでいるフェウーに俺はどうすることもできない自分に落胆し、ただ絶望感だけが募っていく。
「…………二日待ってやろう」
業を煮やしたように魔王がそう告げた。
「二日目の夜までにその娘を引き渡せ。さもなくば私自ら赴いて貴様の息の根を止める。……ゆめ、逃げられるなどと思うなよ」
そう言い捨てると魔王の念話は終わり、魔王の軍勢は引き上げていった。
後には、俺とフェウーだけが残された。
崩れ落ちたアジトで燻る火の粉がパチパチと鳴る音が耳障りだった。
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