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ユータの夢、フェウーの夢。在りし日の記憶





 その夜――。

 窓から漏れる樹星じゅせいの暗く深い翠緑の光を浴びながら俺は恐ろしい夢を見た。




 ――――魔王の間は静寂に包まれていた。


 ほんの1分前に始まった魔王との最終決戦はその実、俺達が全滅するまで30秒もかからなかった。


 真っ先に魔王に飛び掛かった格闘家は魔王の放った魔法の火球で黒焦げになった。

 格闘家を回復しようと前に出た神官は風の刃で真っ二つにされた。

 魔王の魔法を阻害するため矢を放とうとした弓使いは数え切れない魔法の矢で串刺しにされた。

 素早い動きで遮蔽物に隠れた盗賊は遮蔽物ごと氷漬けにされた。

 そして最後に俺を守ろうと俺を突き飛ばした戦士は重力で床に押し潰されて肉塊となった。


 後には苦楽を共にした俺仲間の亡骸と、突き飛ばされたままポカンと座り込む俺と、玉座に座ったまま俺を見下す魔王だけが残った。


「勇者ユータよ、お前はなかなかの魔力を持っているな」


 あまりにも一瞬の出来事に呆然としている俺に魔王は語りかけた。


「この世界における『勇者召喚の魔法』は異世界から魔力の高い者を選び出して喚び出す魔法なのは知っているな。そして呼び出された者は勇者となり、魔王と戦うこととなる――」


 魔王は油断して饒舌に語りだした。


「お前達がこれまでにどれだけの修羅場を潜ってきたのかは知らんが、貴様の魔力より私の魔力が強かった。この勝敗はただそれだけのことだ。この世界では魔力こそが全て……。だから魔王という存在があり、それに対抗する勇者という存在が召喚され――――」


「――っ!!」


 俺は決死の突撃をしようと腰から聖剣を抜いて跳び起きた。


「それが貴様の切り札か? “GATHER(ギャザー)”」


 魔王が短い呪文を唱えると、俺の魔法抵抗(レジスト)をものともせず聖剣はするりと俺の手を離れ、緩やかな軌道を描き魔王の手中に収まった。

 その魔法は、俺がもっとも得意とする物体を引き寄せる魔法だった。


 魔王と俺の魔力の差は――――絶望的だった。


「これが噂に聞いた『魔王殺しの聖剣』か? 確かに魔力と歴史は感じるが……」


 聖剣を矯めつ眇めつしていた魔王はおもむろに刀身周りの空間を歪め、ボキリと聖剣を折ってしまった。


「なんということはない、ただの古くて少し頑丈なだけの剣だな」


 折れた聖剣をこちらに投げて寄越しながら魔王はつまらなそうに吐き捨てた。

 最後の切り札を潰され、俺は膝から床に崩れ落ちた。


「……なぜ、私だけがこれほど強い魔力を持っているのか知りたいか?」


 そう――――、魔王の魔力は明らかに異常だった。


 勇者である俺はこの世界に来てから様々な冒険をしてきたが、俺以上どころか俺と比肩しうるほどの魔力を持った者は人間にも魔物にも居なかった。


 そんな俺ですら足元にも及ばない魔力を持つこいつはまさに魔王と呼ばれる恐れられるべき存在だ。

 これがもしゲームの世界なら、バグやチートの類を疑ってしまうだろう。


「それはな……私が元勇者だからだ」


「なっ……?」


「俺とて召喚されたばかりの頃は今のお前のように勇者と呼ばれ、仲間と協力して様々な冒険を乗り越えてきた。そして死闘の果て……辛くも魔王を倒した」


「だが。魔王を倒し、生き残った仲間と平穏な生活を送る私の前に。勇者だと名乗る者が現れた時、私はこの世界の仕組みを悟った」


「なんということはない。魔王を倒した勇者が次の魔王になるのだ」


「どうだ? 実にくだらん世界だろう、この世界は」


 自虐的に自分の過去を語る魔王の瞳は深い悲しみを湛えていた。


「私を召喚した集団を皆殺しにし、何度目かの勇者を退けた時。私はこの世界にとって真に魔王と呼ばれるべき存在となった」


「今まで私のもとに訪れた勇者の中でも、お前はかなり見込みがある。だが、だからこそお前を生かしておくわけにはいかない。……さらばだ」


 魔王はゆるやかな仕草で俺に手のひらを向けた。


「“FIRE BOLL(ファイアボール)”」


 殺到する巨大な火球の灼熱を感じる。

 誰の目にも明らかな不可避の死。

 だが俺は魔王に聞こえないような小声で、短い呪文を唱えた。


「――“ANOTHER(アナザー)”」








 気が付いた時、俺は魔王城付近の森の中にいた。


 遠くから爆発音が聞こえる。

 どうやら俺を殺す為に放った魔王の魔法によるものだろう。


 俺が咄嗟に使った魔法は“ANOTHER(アナザー)”。

 俺が得意とする“GATHER(ギャザー)”と対をなす魔法であり、その効果は自分の傍にあるものをどこか遠くに飛ばす魔法だ。


 しかしこの魔法は飛ばす先を選ぶことが出来ず、使い勝手の非常に悪い魔法だ。

 テレポートさせた対象は運が悪ければ壁や地面の中に埋まってしまう危険があるからだ。

 だからこの魔法を生物に、ましてや自分自身に使うことはまさに最後の手段だ。


 リスクを背負ったお陰で俺はあの強大な魔王からなんとか逃げおおせることができたようだが――。


「ゲゲゲッ! 人間だ! 人間だ!」


 魔王城の周りは強力な魔物によって守られており、今の自分は仲間もおらず、聖剣も折られ、魔力も大部分を使い果たしてしまった。

 襲いくる魔物の群れに俺は惨めに逃げ回り、隠れ、傷つき、無様に涙し。

 命からがら逃げ延びた。



 その出来事は、勇者としての俺の心を折るのに十分過ぎた――――。





















 その夜――。


 窓から漏れる樹星じゅせいの暗く深い翠緑の光を浴びながら私は夢を見た。





「フロウライトの血を引く者として、常に胸を張って生きなさい」


 それがママの口癖だった。


 ママはとっても厳しくて、お食事の時もお勉強の時も。

 怒られてばかりだったわ。


「いずれダークエルフを……私達の国を復興させる為にも。女王として相応しい振る舞いを身に着けなければなりませんよ」


 それがママの生きる意味であり、ダークエルフの長い寿命をかけて叶える夢だって言っていたわ。


 大昔にあったダークエルフの王国は他のどの国よりも誇り高く、どんな国よりも強大だった。

 でも、最後は王族と貴族による内乱で滅んでしまった。


 散り散りになったダークエルフたちはその希少性から捕らえられ、奴隷にされ。

 少しずつ確実にその数を減らしていったわ。


 ママはそんなダークエルフの王国最後の生き残り、それも女王だった。

 すごい魔法使いでもあったママは自分に「殺されても時間を巻き戻す」魔法をかけた。


 身体だけでなく、精神を殺された場合も想定して。記憶の巻き戻しも。


 そうすることでママは、ダークエルフの王族の血を絶対に絶えさせないようにした。

 自分が奴隷にされて毎日酷い目に遭わされてもけっして死なないように。


「ダークエルフの王国を復興させることが、内乱で国を滅ぼしてしまった私達王族の責任なのよ。あなたにはまだ難しいかもしれないけれど……」


 私は厳しすぎるママのことより優しいパパのほうが好きだったけれど。

 ママの強い心をずっと見て育ってきた。












 ある日。

 いつものように私の部屋で寝る前の読書をしていると、夜も遅いのにママがやってきた。


「ママ? こんな遅くにどうしたの?」


「◯◯◯◯◯、よく聞きなさい。今からあなたに魔法を掛けるわ。前に話した“巻き戻しの呪い(リムーブ・カース)”よ」


「えっ?」


「時間が無いの。本当はせめてあなたが大人になってからにしたかったのだけれど、もうそんなことは言ってられなくなったの。わかりますね?」


「わ、わかんない……」


 パァン――!


 急にママが私の頬を強く叩いた。

 今までどれだけ怒られても、叩かれたことはなかった私はただただ驚いて、泣くことも忘れたわ。


「あなたが大人になるのを待っていられる猶予は、もうないのよ。今、この瞬間に大人になりなさい。甘えは許さないわ」


 叩かれた頬を押さえながら見上げたママは、これまで一度も見たことないくらい辛い顔をしていたわ。

 私は泣きそうな大人の顔というのを初めて見た。


 ママの顔を見て、私はママが意地悪しようとしているわけでも、冗談を言っているわけでもないとすぐにわかったわ。


「これからは、あなたがフロウライト家の誇りを守らなければならない。ダークエルフの王国を復興させなければならない。もう誰もあなたを守ってはくれないの」


 本当に――――ママとお別れの時が来たんだ。


「――――わかりました。ママの夢は私が必ず叶えます」


「……ありとあらゆる艱難辛苦があなたを待つでしょう。それでも決して挫けず、自分の役目を果たしなさい」


 ママがゆっくりと呪文詠唱を始めると、私の意識は徐々に解けていった。

 

「いつか、あなたにも生涯を伴にする人が現れるわ。だから、それまでどうか……」


 虚ろになった意識で私が最後に聞いたのは。


「ごめんね、◯◯◯◯◯……」


 ママから私への、悲しすぎる別れの言葉だった。






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