第3話 元巫女の本気! ボロ神社をぬくぬくにします
「よし!」
翌朝。
コハクは、社殿の中央で両手を腰に当てていた。
「今日は、防寒対策の日です!」
「きゅ?」
毛布にくるまっていたハクが、ひょこっと顔を出す。
「寒いのは、もう終わりにしようね」
「きゅ!」
ハクの尻尾が嬉しそうに揺れた。
とはいえ。
現実は厳しい。
「……まず、屋根」
コハクは上を見上げた。
屋根には大きな穴が開いている。
そこから雪が、はらはらと落ちてくる。
「これは後回しにできないね」
屋根を完全に修理するのは難しい。
材料もない。
そこでコハクは、持ってきた荷物を確認した。
「布が少し……木材も少し……」
追放されると決まってから、コハクは必要になりそうなものをできるだけ持ってきていた。
その中には、丈夫な布や縄もある。
「これを使おう」
コハクは布を屋根裏側から張り、雪が直接落ちてこないようにした。
さらに、外から風が入り込む隙間には布を詰める。
「よし……」
これだけでも、かなり違う。
次は壁。
「ここも隙間だらけ……」
コハクは細い木の板を使って、壁の穴を一つずつ塞いでいった。
前世の記憶が役に立つ。
家の中を暖かくするには、まず外からの冷気を入れないこと。
そして。
「空気の層を作るんだよね」
薄い布を何枚か重ねる。
その間に乾いた藁を詰める。
即席の断熱材だ。
「これなら、かなり違うはず」
「きゅ……」
ハクが興味津々で見ている。
「ハクもやってみる?」
「きゅ!」
ハクは小さな前足で藁を一束持ち上げた。
「……」
ふらふら。
「……」
よたよた。
「……きゅぅ」
ぽてっ。
藁の束に埋もれた。
「ハク!」
コハクが慌てて駆け寄る。
藁の山から。
小さな角だけが出ている。
「……ふふっ」
コハクは笑ってしまった。
「手伝ってくれたの?」
「きゅ……」
「ありがとう。でも無理しないでね」
コハクはハクを抱き上げた。
その小さな体は、まだ冷たい。
「やっぱり、もっと早く暖かくしてあげないと」
コハクの表情が真剣になる。
「待っててね」
元巫女として。
そして。
一人の人間として。
目の前の小さな命を放っておくことはできなかった。
昼過ぎ。
「……こんなところかな」
神社の隙間を塞ぎ終えた頃には、コハクの手はすっかり赤くなっていた。
「寒い……」
吐く息が白い。
それでも。
社殿の中に吹き込んでくる風は、明らかに減っていた。
「さっきより、暖かい」
「きゅ!」
ハクも嬉しそうに跳ねる。
といっても。
数センチ。
ぽすん。
「……」
コハクは笑った。
「ハク、元気になってきたね」
「きゅっ!」
今度は尻尾を振る。
すると。
その小さな角が。
ぽっ。
淡く光った。
「また光った……」
コハクは不思議そうに見つめる。
「ハクの力なのかな?」
「きゅ?」
本人にも分からないらしい。
「まあ、いいか」
コハクは立ち上がった。
「それじゃあ、次は――」
お腹のあたりを押さえる。
「ご飯!」
「きゅっ!」
ハクの反応が早い。
「ふふ」
コハクは持ってきた食材を取り出した。
米。
麹。
砂糖。
そして少しの塩。
「今日は、甘酒を作ります」
「きゅー!」
まるで料理番組を見ている子供のように、ハクが目を輝かせる。
「そんなに好きなの?」
「きゅ!」
「まだ飲んだことないのに?」
「……」
ハクが固まった。
「……まさか」
コハクは笑う。
「甘いものが好きなんだね?」
「きゅ……」
図星らしい。
「じゃあ、作ってあげる」
鍋に水を入れる。
火を起こす。
少しずつ温度を上げていく。
そして米を柔らかく煮る。
「この世界でも、甘酒の作り方は大体同じかな」
前世の記憶を思い出しながら作っていく。
コハクが知っている甘酒は、米麹から作るもの。
砂糖を大量に入れなくても、麹の力で自然な甘みが出る。
「よし」
麹を加える。
温度を確認しながら、ゆっくり混ぜる。
しばらくすると。
「……あ」
甘い香りが広がった。
ハクの鼻がぴくぴく動く。
「いい匂い?」
「きゅ……」
ハクの目が鍋から離れない。
「まだだよ」
「きゅぅ……」
「もう少し」
「きゅぅぅ……」
「そんな顔しても駄目」
「きゅ……」
ハクはしょんぼりと伏せた。
「……ふふっ」
コハクは笑う。
「じゃあ、少しだけね」
小さなお椀に甘酒を注ぐ。
そして。
「はい」
ハクの前に置いた。
「熱いから、ゆっくり飲んでね」
「……」
ハクは恐る恐る近づいた。
鼻を近づける。
くんくん。
そして。
ぺろ。
「……!」
目が大きくなる。
もう一口。
「きゅっ!」
今度は勢いよく飲み始めた。
「ちょっと、ハク」
ごくごく。
「ゆっくり」
ごくごく。
「そんなに急いだら――」
ハクはお椀を抱えている。
「……」
コハクは呆然と見つめた。
小さな龍が。
両前足でお椀を抱えて。
夢中になって甘酒を飲んでいる。
「……可愛い」
思わず口から出た。
「きゅ?」
「なんでもないよ」
コハクはハクの頭を撫でた。
すると。
ハクの角が。
ぽっ。
ぽっ。
ぽっ。
今までより強く光り始めた。
「……え?」
社殿の中に、柔らかな光が広がる。
冷たかった空気が。
ほんの少しだけ。
暖かくなった。
「ハク?」
「きゅぅ……」
ハク自身も驚いている。
けれど。
その顔はとても幸せそうだった。
「……美味しかった?」
「きゅ!」
大きく頷く。
「そっか」
コハクは嬉しくなった。
「じゃあ、また作ろうね」
「きゅ!」
ハクがコハクの膝へ飛び乗る。
ぽすん。
「わっ」
小さな体が膝の上に収まった。
「……ここが好きなの?」
「きゅ……」
ハクは目を細める。
コハクの膝の上で丸くなる。
「ふふ」
コハクはそっと撫でた。
「暖かいね」
「きゅ……」
ハクは幸せそうに眠り始めた。
そのとき。
社殿の外。
雪に埋もれていた古い石灯籠が。
――ぽっ。
また一つ。
光った。
そして。
誰も触れていないのに。
壊れていた結界札が、一枚。
ふわりと宙に浮かんだ。
札に刻まれていた文字が、淡く輝く。
――土地神、回復。
――神域、再生開始。
コハクは、それに気づかない。
ただ膝の上で眠る小さな龍を見ながら。
「明日は何を作ろうかな」
そんなことを考えていた。
けれど。
この日から。
神社の空気は、確実に変わり始めていた。
弱り切っていた土地神が。
少しずつ。
少しずつ。
元気を取り戻していたのである。
そして翌朝。
コハクは、神社の中に起きたある変化に驚くことになる。
――「なんだか、昨日より暖かい?」
その小さな変化が。
やがて、神社全体を包む奇跡の始まりだった。




