第2話 ボロ神社で見つけた、手のひらサイズの神様
「まずは……この子をどうにかしないと」
コハクは、腕の中にいる小さな龍を見つめた。
白銀の体。
小さな角。
細い尻尾。
そして、青く澄んだ瞳。
けれど、その体はひどく冷えている。
「こんなに冷たいのに……よく頑張ったね」
「……きゅ」
小さな声。
ハクはコハクの胸元に顔を埋めている。
どうやら、そこが少し暖かいらしい。
「ふふ」
コハクは思わず笑った。
「甘えん坊さんなんだね」
「きゅ……」
否定するように、小さな尻尾がぴくりと動く。
「はいはい。恥ずかしいんだね」
コハクはハクの頭をそっと撫でた。
すると。
ハクの角が、ほんの少しだけ光った。
「……?」
コハクは首を傾げる。
しかし、今はそれを気にしている余裕はなかった。
「それより、本当に寒い」
コハクは社殿を見回した。
屋根には大きな穴。
壁には隙間。
窓は割れている。
床板も何枚か外れている。
「これじゃ、外とほとんど変わらないよ」
吹雪が隙間から入り込み、社殿の中を白く染めている。
「よく今までここにいたね……」
ハクは答えない。
ただ、コハクの服を小さな爪でぎゅっと掴んでいる。
「……もしかして」
コハクは、ふと思った。
「ずっと一人だったの?」
「……」
ハクの尻尾が止まった。
「誰も来なかった?」
「……きゅ」
小さな頷き。
コハクの胸が、きゅっと締め付けられた。
「そっか……」
この土地には、人がほとんど来ない。
神社を掃除する者も。
お供えをする者も。
祈りを捧げる者も。
いなくなってしまった。
神様がいるのに。
誰にも気づかれないまま。
ずっと一人で。
「……寂しかったね」
「きゅ……」
ハクが小さく鳴く。
「大丈夫」
コハクは優しく抱きしめた。
「もう一人じゃないよ」
その言葉に反応するように。
ハクの角が、また小さく光った。
「さて!」
コハクは袖をまくった。
「神社の大掃除、開始!」
「きゅ?」
ハクが驚いたように顔を上げる。
「このままじゃ寒すぎるからね」
コハクは持ってきた荷物を開いた。
中には最低限の衣類。
毛布。
少しの食料。
火打ち石。
簡単な調理道具。
それから、掃除道具が入っている。
「追放されると聞いたときは、こんなもの必要ないと思ったけど……」
コハクは箒を取り出した。
「持ってきて正解だったかも」
さっそく床を掃く。
ざっ、ざっ。
積もった雪を外へ出す。
ハクはその様子をじっと見ていた。
「ハクはそこで待っててね」
「きゅ」
「寒いから、なるべく動かないで」
「きゅぅ」
「……あ」
ハクが少ししょんぼりした。
「どうしたの?」
「きゅ……」
ハクはコハクの足元まで歩いてきた。
そして。
小さな前足で、コハクの服を掴む。
「一緒にいたいの?」
「きゅっ」
「ふふ。じゃあ……」
コハクは毛布を広げた。
「ここに入ってて」
「きゅ!」
ハクは嬉しそうに毛布へ潜り込む。
すると。
毛布の中から、ちょこんと顔だけが出てきた。
「……可愛い」
コハクは思わず手を止めた。
小さな角。
丸い目。
毛布にくるまった姿。
「ぬいぐるみみたい……」
「きゅ?」
「なんでもないよ」
コハクは笑って、再び掃除を始めた。
しばらくすると。
社殿の床が見えてきた。
「ふぅ……」
コハクは額の汗を拭う。
「少しだけ綺麗になったね」
「きゅ!」
毛布の中からハクが顔を出す。
「まだまだだけどね」
祭壇の周りも掃除する。
すると、古い石碑が姿を現した。
「……これは?」
コハクは雪と埃を払い落とした。
石碑には、古い文字が刻まれている。
かなり風化しているが、何とか読むことができた。
『この地を守りし土地神』
「土地神……」
コハクはハクを見る。
「やっぱり、本当に神様なんだ」
「きゅ」
ハクは胸を張る。
ただし。
その姿は手のひらサイズ。
しかも毛布に包まれている。
「……うん」
コハクは笑った。
「とっても立派な神様だね」
「きゅー!」
ハクは嬉しそうに尻尾を振った。
そのときだった。
石碑の下に、小さな箱があることに気づいた。
「これは……?」
箱を開ける。
中には、古びた札が数枚入っていた。
そして。
一枚だけ。
まだかすかに光を放っている札があった。
「……これ、結界札?」
コハクは手に取った。
巫女だった頃、何度も見てきたものだ。
けれど。
「ずいぶん弱ってる……」
札から感じる力は、ほとんどない。
コハクは周囲を見回した。
すると、神社のあちこちに同じような札が貼られている。
そのほとんどが破れていた。
「なるほど……」
コハクは理解した。
「結界が弱ってるから、寒さもこんなに入ってくるんだ」
「……きゅ」
ハクが不安そうに鳴く。
「大丈夫だよ」
コハクは札を握った。
「これも、直せるから」
「きゅ?」
「私、巫女だったんだよ?」
少し胸を張る。
「こういうことは得意なの」
もちろん。
今のコハクは追放された元巫女だ。
正式な神職ではない。
けれど。
長年、神社を守ってきた経験まで消えたわけではない。
「まずは、神社を暖かくする」
コハクは決意した。
「それから、この結界も直そう」
ハクがじっとコハクを見る。
「どうしたの?」
「……きゅ」
小さな龍が。
コハクの手に、自分の前足を重ねた。
「……応援してくれるの?」
「きゅっ!」
「ありがとう」
コハクは微笑んだ。
そして。
ハクの小さな頭を撫でた。
掃除が一段落した頃。
コハクは社殿の外へ出た。
雪はまだ降っている。
けれど。
「……あれ?」
神社の境内に入ったときより、少しだけ暖かい。
気のせいではない。
冷たい風が、鳥居のところで弱まっている。
「不思議……」
コハクは振り返った。
社殿の中。
毛布に包まったハクがこちらを見ている。
「……もしかして」
コハクはハクに近づいた。
「ハクがいるから、少し暖かいの?」
「きゅ……?」
ハク自身もよく分からないらしい。
首を傾げる。
コハクは笑った。
「まあ、いいか」
今はそれより。
「お腹空いてない?」
「…………」
ハクの耳がぴくりと動いた。
「空いてるんだ」
「きゅ……」
「何か食べられるものを探そう」
コハクは荷物を確認した。
乾燥させた米。
少しの麹。
砂糖。
塩。
野菜。
そして。
「……甘酒、作れそう」
「……!」
ハクの目が大きく開いた。
「そんなに嬉しいの?」
「きゅっ!」
「ふふっ」
コハクは笑った。
「じゃあ、今夜は甘酒だね」
小さな神様は。
嬉しそうに尻尾を振った。
その尻尾の先から。
ぽっ。
小さな光が生まれた。
「……?」
コハクは気づかなかった。
けれど。
神社の境内にある古い石灯籠が。
ほんの一瞬だけ、淡く光った。
長い間。
誰にも祈られることのなかった神社。
誰にも気づかれなかった土地神。
そこに。
一人の巫女がやってきた。
そして。
初めて「一緒に暮らそう」と言ってくれた。
その小さな言葉が。
弱り切っていた神様にとっては、何よりも大きな祈りだった。
――そして翌朝。
コハクは、神社をもっと暖かくするための大作戦を始めることになる。
まずは。
「壁の隙間を塞いで……」
そして。
「床には布を敷いて……」
さらに。
「温かい甘酒を作ってあげよう」
コハクの前世知識を総動員した。
極寒のボロ神社が。
少しずつ。
少しずつ。
ぬくぬくの神社へ変わり始めていた。




