第38話 平等の意味は同じなれど、価値は人それぞれ
「なんじゃこりゃ……」
花の都セツカに降り立ちわかる異様な光景。
つい数分前まで、肺を凍らせるほどの絶対零度の中にいたはずなのに。今、俺の肌を撫でるのは、温室の中にいるような熱気を帯びた南風。
そして、むせ返るような百花の芳香だ。
着込んだ防寒着を脱ぎながら、俺はその名に偽りがないことを把握する。
そこに積もるは、花びら。
体感気温は、二十五度。
道行く人は、半袖姿。
極寒の地において、何から何まで、不自然のフルコース。
空を見上げると、鳥……ではなく、コースのトリを飾るデザートか、ホイップクリームのような厚い雲が太陽を覆い隠す。
クルリと外周へ視線を動かすと、吹雪と言う名の白い壁。
まるで、この国が、花のバリアでコーティングされているような、そんな光景。
あり得ない環境に脳の処理が追い付かず目を回す俺。
シータはそんな様子をニヤニヤ笑い、
「花の都。ねえねえダイチ。その呼び名は大仰かしら? ねえねえ、どうなの?」
指先でツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンしてくるのだった。ちょ名人、痛い痛い。十六連射はヤメて!
「……いや。その通りだし、それに奇跡の国って呼び名も間違ってない」
流石にこれは異論の余地がない。
これが、千生雪花の加護。
開いた口が塞がらない中、南風に乗って涼しげな声が肌を撫でる。
「ようこそシータさん。ご足労頂き感謝します」
呼び止めるのは、曼珠沙華をあしらったクローク姿の青年。
シータを前に手のひらを合わせ、親指で十字を作る。
その見た目や挨拶が聖職者っぽくて、高貴なオーラが溢れ出る。
「シャーウッド。久しぶり。大変なことになってるみたいね。大丈夫?」
シータは挨拶を返すと、華やかな黄色の髪を揺らす青年の心配をする。
「私は大丈夫です。ただ、少々国が……花が傷みました。その件についての詳しい話は王宮で。ついて早々ですが、事態は一刻を争います。ご足労願えますか?」
「ええ。そのために来たんだから。さ、行きましょ」
シータは即決即断、行動に移す……が、
「して、後ろの方々は?」
進み始めた時間を戻すように、シャーウッドは口開く。
それは敵意を少し薄めた軽蔑。
シャーウッドの視線は明らかに俺たちを蔑んでいた。
シータ以外は取るに足りない存在。
その暗黙のメッセージを断ち切るように、
「仲間よ」
シータは考える間もなく答える。
「……シータさん以外はお待ちいただけますか?」
「どうして? 依頼を受けて来たのは、私じゃなくて、私たち」
シャーウッドは妥協案を示すも、シータは頑として引かない。
「……わかりました。では、みなさんでどうぞ」
花の都に起きている事態はそれほどに深刻なのだろうか。シャーウッドはこれ以上の議論は無駄と言わんばかりに簡単に折れ俺たちを案内した。
「にしてもすげーなこりゃ」
王城へと続く大通りを歩きながら、俺は感嘆の声を漏らす。
「ダイチ、よく見ておきなさい。この国はね、上空から見ると一輪の薔薇に見えるように設計されているのよ。中央にあるあの赤い王城“紅蓮閣”を花の芯に見立てて、東西南北に四つの花弁が広がっているの」
シータは指を差しながら、観光ガイドさながらに説明を続ける。
「北は商業施設が中心よ。その中でも、花の蜜を使った甘味が人気でね、花咲くこの国の展望台から外の雪を見ながら食べる雪見だいふくが、甘味売り上げ三年連続一位となってるわ」
ここって異世界であってます?
「東と西は居住区ね。ま、ここは別段説明するところもないかしら。で、肝心の南のエリア。あそこは聖地と呼ばれている、この国の心臓部よ。ダイチ、わかってると思うけど」
「近づかねーよ」
俺はシータの言葉と被せるように答えた。
回りくどく説明をしてたが、要はこれが言いたいためのことだったのだろう。
聖地なんてまっぴらごめんだ!
それこそ、そんなもんに手を出して問題が起きた日には……考えたくもない。
「そっ。ならいいんだけど。別名は“花の守護地”。本来はセツカ家の一族以外、足を踏み入れることすら許されない絶対の禁域なの。その神聖な力が花の都全体を覆って、この常夏の結界を維持しているんだけど……ちょっと様子が変ね」
進むにつれ、聖地の無残な姿が露わになっていく。
美しいはずの守護地は、巨大な獣に引き裂かれたかのように建物が粉砕され、色鮮やかだったはずの花々は黒ずむ。
「うぅ~ん。やっぱおかしいわね……。この国の力の源である聖地をここまで徹底的に破壊するなんて、普通じゃ考えられない。ただの暴走にしては、あまりに殺意がピンポイントすぎるわ」
「ドラゴンの目的……なぜ、わざわざ聖地を狙ったのか。それを突き止めるのが、俺たちの仕事になるってわけだな」
腕組みをして首をひねるシータの横で、俺の名探偵スイッチがカチリと入った。
「ドラゴンの目的。なぜ南を襲ったか。これに意味が――っは!? 待て、方角!」
「方角?」
「そうだ方角だ! 南。そこを守護するもの……つまり、朱雀!」
「朱雀?」
「朱に染め上げるその名から、血に結びつけるのは素人の推理! これはそうじゃない。そうじゃないんだ! 朱雀、即ちそこから連想すべきは『夏』だ!」
「夏?」
「そう。謎は全て解けた! これは、花の都セツカを覆う常夏の季節が終わるといった暗示が隠されているんだよ!」
名推理を決める、俺こと、金ダイチ少年。
ドヤ顔全開でシータからの「なんだってーっ!?」を待つが、
「ダイチ。はい」
シータが手渡してきたのは、お薬。
「なにこれ?」
「高いやつだから。それ飲んで直らなかったら、今すぐ病院に行ってきなさい」
「はい」
こうして、謎深まる、花の都、その中心地。
――朱く花咲く、セツカ家の居城に、迷探偵は、足を踏み入れたのだった。




