第五話 【懐かしき、わが家の味】
翌年の一年間、こんな風にして時間を過ごした。
あの時、母は俺が魔法の練習をしていることに気づいたが、
本を取り上げるどころか、むしろ練習を続けるようにと言ってくれた。
そのため、自室で練習する代わりに、
バルコニーや庭でやるようにと決められた。
今までいた部屋はメインの寝室ではなかった。
本命の部屋は別にあったのだ。
父は、その部屋が改修中だと言っていた。
そして準備が整ったということで、部屋を移動することになった。
新しい部屋は以前より広く、床は大理石だった。
バルコニーへのアクセスは、もうこの部屋からしかできない。
階段や、他に登る手段はない。
それはさておき。
毎日休むことなく練習に励んだ。
技術を維持し、内部魔力を高めなければならなかった。
本によれば、幼少期からの鍛錬が何よりも重要らしい。
手遅れになれば、何も成長しない。
少なくとも、魔力量は増えないと書かれていた。
疲れ果てるまで練習する。
魔法における限界まで出し切るのと同じことだ。
使える呪文の数は増えていった。
ある時、ふと疑問に思ったことがある。
魔法の呪文の数には、果たして限界があるのだろうか?
だが、魔法陣を改変し、
風と水を加えれば霧を作り出せると気づいた。
順序を変えれば靄になる。
さらに別の順序なら、雷雲になる。
描きたいイメージに合わせて機能するのだ。
そのためには、二つの魔法陣を均等に重ね合わせる必要がある……。
そうしなければ、腕が凍りつくか、焼け焦げてしまうかもしれない。
最悪の場合、死に至る。
『発達の窓』と呼ばれるプロセスが存在する。
それは目に見えて検証可能なものであり、単なる身体の成長に留まる話ではない。
幼少期から内部魔力を限界まで引き上げるという行為だ。
そのプロセスは成長とともに失われる。だからこそ、十六歳で成人扱いとなるのだ。
内部魔力をこれ以上増やせなくなった時こそが、大人になった証拠だ。
この世界では、年齢という概念にさえ、ありとあらゆる場所に魔法が関わっている。
魔術師が魔力を送り出し、呪文を行使するために到達すべき状態が存在する。
ゼロ点。
子供のうちに鍛えなければ、後になってからでは使えない。
もし手遅れになり、思春期などに、
ゼロ点へ至る方法を学ぼうとしても、もはや自然に行うことはできない。
魔力に関しても同じことが言える。
通常、点は全部で六つある。
どうやら『堕ちし者の浄化』には十二の点が含まれているらしい。
これらの点を視覚化する必要はない。
ゼロ点のおかげで、ほぼ無意識のうちに処理されるからだ。
昔は呪文の行使方法が違っていた。
六つの点をすべて視覚化する必要があったのだ。
時が経つにつれ、人々はそれを一つの点へと統合していった。
数学でゼロが発見された時、人々はそれを門と結びつけた。
だからこそゼロ点という名がついたのだ。
魔力は0を通り抜け、呪文へと姿を変える。
名前に深い意味はない。
そして、他の点については……。
ゼロ点。術者が到達すべき虚無の状態。
第6点。門。
第5点。貯蔵庫。
第4点。無駄を防ぐための魔力処理。
第3点。秩序ある魔法を構築するための魔力の統合。
第2点。三と一を繋ぐ架け橋。
第1点。最終的に魔力が到達する場所。
非常に単純なことだ。
ゼロ点に至れば、他のすべての点も達成できる。
すべてのプロセスは一秒足らずで終わり、残った魔力は自分へと戻ってくる。
配置しなければならないのは第1点だけだ。
これが呪文の向かう先を決定する。
羅針盤のようなものだ。
上に放ちたいなら、それを中心に据えればいい。
右に放つ場合は、東に向ける。
「なるほど、だから最初の呪文はあちこちに飛び散ったのか……」
指示を与えなければ、魔力はただ散乱するだけだ。
試しに、軽く魔法陣を描いてみた。
「よし……」
冷風の魔法陣を描き、中心に数字の1を配置した。
風は上へと勢いよく吹き上がったが、こちらには向かってこなかった。
呪文を止めることなく、今度は別の数字を東に配置した。
「なるほど……」
風は上へと吹き続けているが、同時に右へも向かっている。
しかし、呪文が二倍になったわけではなく、威力が落ちている。
つまり、分割されたのだ。
だが、他にも方法はあった。
◇ ◇ ◇
ある時、地下室で何かを発見したことがあった。
下に降りた時に感じたあの寒さは、言葉では言い表せないほどだった。
まるで草原から山頂へと移動したかのような感覚。
「寒い……」
もう少し奥へ進もうとしたが、止められた。
誰かに腕を掴まれたのだ。
父だった。
「何をしているんだ?」
「あ、父さん。ちょっと見てただけ」
「ああ、地下室には入ってはいけないよ。魔法陣があるから、書き換えてしまうかもしれない」
「うん。でも、書き換えるには意図を持たなきゃいけないんだよね?」
「それは事実だが、ここのは違う。自律型の魔法陣なんだ。だから絶え間ない環境マナの変動によって干渉を受ける可能性がある。お前の魔力は発達途中だから、大惨事になりかねない。良くも、悪くもね」
書き換える。自律型の魔法陣。
聞いたことがある。環境マナを吸収して稼働するものだ。
「良くも悪くも?」
「ああ、そんなこと聞かれるとは思わなかったな。ええと……副作用だ。高熱が出たり。まあ、そういうことだ」
ヴァレリウスは際立った知性で家を治めていた。
だが、一つ欠点があるらしい。それは俺への接し方が分からないということだ。
実際、ヴァレリウスの方がその話題に詳しかったとしても、
疑問にいつも答えてくれたのは母だった。
「分かった。でも、意図を持たなかったり、ゼロ点に至らなければ、何も起きないんだよね?」
「それでもだ、気をつけるんだよ。いいかい? ここにいるのを見られたら、父さんはお前の母さんに殺されてしまう。だから、よそへ行きなさい」
そう言って、彼は立ち去った。
その手には大量の書類が握られ、上着には一枚の紙が張り付いていた。
可哀想な人だ。
家族と過ごすよりも、部屋に閉じこもっている時間の方が長い。
なぜ彼に親近感を覚えるのか、時々不思議に思う。
父さんと呼ぶのには抵抗がある。
礼儀としてそう呼んでいるが……。
これからもずっと、こんな感じなのだろうか?
もはや無意識の癖になっているのか、自分でも分からない。
◇ ◇ ◇
再び生まれ変わってから、四年が経った。
この世界の誕生日の仕組みは、すでに理解した。
人によって、それぞれ祝い方があるのだ。
貴族階級の場合。
成人するまで誕生日は祝わない。
貴族や王族は、その日が来るまで何もしないのだ。
ただ毎年、盛大なパーティーが開かれるだけだ。
中流階級の場合。
数年おきに小さな宴を開く。
他の商人と契約を結んだり、婚姻関係を取り決めたりする。
貧困層の場合。
彼らは毎年祝う。
幸福と祝福に満ち溢れている。
世間一般の認識とは違い、下層階級は決して金銭的に貧しい人々ではない。
実際のところ、他の場所でいう中流階級に相当する。
ジュリエットは中流階級の出身だった。
母親と一緒に商売をしていた。
しかし、誕生日の伝統を受け入れた。
誰も忘れないような盛大なパーティーにするという、ただ一つの条件付きで。
初めて母親になった人に、あんなパーティーはやりたくないなんて、どうやって伝えればいいのか……。
拒否することなどできない。不可能だ。
受け入れるしかない。それしか道はないのだ。交渉の余地などない。
母が宴を開きたいと言えば、そうなる。
母が休めと言えば、休む。
母が……もうこれ以上例を挙げる必要はないだろう。
彼女には逆らえない。
これが、いわゆる母親の権威というやつだろうか?
絶対的な上位者への服従なのか?
単にこの新しい体の本能的な反応なのだろうか?
それとも……? 彼女を思い出させるからだろうか?
首を横に振った。
◇ ◇ ◇
翌日、新たな訓練が始まった。
バルコニーで魔法の練習をしているところを、ヴァレリウスに見られた。
俺を見るなり、彼は頷いて叫んだ。
「ダリアン!」
「どうしたの、父さん?」
「降りてきなさい。お前に会わせたい人がいるんだ」
「後回しじゃダメ?」
「ダメだ。ほら、早く降りてきなさい」
ため息をつき、下へと向かった。
◇ ◇ ◇
訓練場へと案内された。
破壊された、補強済みの丸太の的。
綺麗に切り刻まれた丸太。
倉庫に積まれた真新しい装備。
そして、数え切れないほどの武器があった……。
無数の剣、弓、槍、鉾槍、斧。
鎖鎌のようなものまである。
そこに一人の男がいた。
父と比較して身長を推測してみる。
190センチ前後か、もう少しあるかもしれない。
赤茶色の髪に、緑色の瞳。
筋骨隆々。
頑強。
そして、百戦錬磨を物語るような眼差し。
「ダリアン。こちらはアレクシオ・シオスパ。我が家の護衛隊長だ」
その立ち姿からは、圧倒的な威圧感が放たれていた。
隊長という肩書きがちっぽけに思えるほどだ。
一国の支配者だと言われても信じてしまうかもしれない。
「随分と大きくなられましたね、ダリアン様。覚えていらっしゃらないかもしれませんが、あなたがまだ赤ん坊だった頃にお会いしているのですよ。その直後、遠征に出てしまったので、今日までお目にかかれませんでしたが」
父の親しい部下が、また一人現れた。
「分かった。俺はダリアン。まあ、それは知ってるか」
「ふむ……これから何をするか、お父上から聞いておられないようですね」
「聞く? ここに来いとしか言われてないけど」
横へ視線を向ける。
父の姿は、もうそこにはなかった。
(いつの間に消えたんだ?)
「ああ、そうです。お父上は内部魔力を使って立ち去られました」
「内部魔力? 体内の魔力……」
アレクシオは姿勢を変えて言った。「この国では、子供は幼い頃から剣術を学びます。通常は六歳から始めるのが最適ですが、あなたは次期当主の候補ですから、もっと早く始めるべきなのです。その過程を少し早める必要がある。お分かりですね?」
この世界の人々は成長が早い。
俺は四歳だが、六歳の子供と同じ体格をしている。
大した違いではないが、無視できない感覚だった。
「剣術、って言った?」
彼の提案は非常に興味深いものだった。
「あなたが魔法陣に集中していることは存じています。ですが、魔法の才能があるのなら、剣術の才能も間違いなくあるはずです。思考法は違えど、外部魔力と内部魔力は本質的に同じもの。それらを正しく結びつけることができれば、『空斬り』と呼ばれる技を放つことができる。例えば、こんなふうに……」
瞬きをした次の瞬間、岩が真っ二つに斬られていた。
(いつの間に……?)
「これを極めれば、本能的に放てるようになります。そうなれば、二つの魔力についてわざわざ考える必要もありません」
「ちょっと待って……今、次期当主の候補って言った? えっと……断れないの? 次の当主は知性とか、努力とか、実績で選ばれるべきでしょ。当主の息子だからって、その座を継がなきゃいけないわけじゃないし……」
手本を完全に無視していた。
「はあ、普通の子供なら私の技を見て興奮するところなんですがね、まあいいでしょう……では、一つお聞きします。学びたいですか、それとも学びたくないですか?」
しかし、彼もまたこちらの言葉を無視した。
だから、こう答えるしかなかった。
「うん、やるよ」
「完璧です。では、始めましょう」
こうして、訓練が始まった。
◇ ◇ ◇
アレクシオは自身の生い立ちについて少し語ってくれた。
尋ねたわけではないが、日を重ねるごとに、
休憩のたびによく昔話をするようになった。
「九歳の頃に両親を亡くしましてね。アレックスとシオマラ。それが私の名前の由来です」
俺とは違い、彼は前に進む方法を知っていた。
「その後、あなたのお祖父様に助けられたのです」
アレクシオは多くを語らなかった。
言葉を慎重に選んでいた。
彼にとって、俺はまだ幼い子供にすぎないからだ。
だが、助けられたという言葉から、奴隷として売られたのではないかと推測した。
あるいは酷い飢えに苦しんでいたのかもしれないが、前者の方が現実的だ。
この世界では、奴隷制は許可されていない。
しかし、許可されていないからといって、存在しないわけではないのだ。
「あの時、命を救われた私は、一生お仕えしたいと願いました。たとえパンの欠片すら手に入らなくとも……ですが、お祖父様は私の前に立ちはだかり、こう仰ったのです。『お前の才能を金に換える気なら、ここに残れ。才能を無駄にするつもりなら、今すぐ出て行け』と。そして私をローゼンライへと送り出しました」
アレクシオは口数の少ない男だった。
しかし、ひとたび口を開けば、自身の半生について多くを語ってくれた。
たとえそれが、彼にとって痛みを伴うものであったとしても。
それでも、俺に向ける言葉は常に優しかった。
彼に姓はなかった。
この王国の多くの平民がそうであるように。
だが、とある遠征で貴族の娘と出会い……最終的に彼女と結ばれた。
今では、アレクシオ・シオスパと名乗っている。
彼はそれ以上何も言わなかった。
俺も深くは詮索しなかった……。
彼についてもっと知りたいという気持ちは残ったが。
子供であるというのは、本当に、もどかしい。
「ダリアン……」
アレクシオが指を鳴らした。
「目を覚ましてください、ダリアン。訓練の時間です」
「あ……うん。ごめん、ちょっと考え事をしてて」
基本の構えをとる。
膝を曲げ、
右足を前に出し、
左足を下げて、重心をわずかに落とした。
「違います。リラックスしてください、ダリアン。体に力が入りすぎています」
「しょうがないよ。この体……言うことを聞いてくれないみたいなんだ」
「何が起きているのか分かりましたよ。あなたは地面に打ち込まれた杭のように自分をイメージしている。自分を竹だと思いなさい。風に逆らわず、身を任せるのです。しなり、流れ……そしてまた真っ直ぐに立ち上がる」
頷き、訓練を再開した。
◇ ◇ ◇
一時間が経過した。俺は地面に倒れ込んでいた。
息を切らし、頭は汗まみれになっている。
手から剣が滑り落ちた。
「ダリくん! あなた! 私のかわいい赤ちゃん、お昼ごはんの時間よ!」
「でも、母さん、あと少しだけ……」
初めて、要求を拒否した。
しかし、母の目が完全に変わった。
「お母さんの命令に逆らう気かしら、ダリアン・セラフェル?」
「う、ううん……今行くよ、母さん」
ジュリエットはそれだけでは満足しなかった。
お風呂の準備をするよう命じてきた。
髪がまだ濡れたまま、テーブルについた。
母は、今まで見たことのないシミがついたエプロンを身に着けていた。
「あなた、これはお母さんの最高傑作よ……」
お菓子が山盛りになったお盆。
そしてその中央には、大きなマグカップが置かれていた。
「母さん、これは……」
「ホットチョコレートよ! 昔はお店で売ってたんだけど、あなたにはタダであげるわ。でも、言うことを聞かないならお金を取るわよ」
チョコレート……。
「俺……何て言えばいいか、母さん……」
「何も言わなくていいのよ。飲んでみて。お母さんのモットーは、深く考えずに流れに身を任せること、覚えてるわよね?」
両手でカップを握りしめる。
慎重に一口すすった。
「これは……」
「どうかしら……?」
「……故郷の味がする……」
「故郷?」
「つ、つまり、すごく美味しいってこと」
それを証明するように、もう一口飲んだ。
「きゃあああっ! 愛してるわ、私の可愛い坊や!」
若く、明るく、初めて母親になった彼女。多くを語る必要はなかった。
だが、その笑顔は俺には理解できない形で心をすっかり満たしてくれたし、口に広がるチョコレートの味は……。
これまでに感じたことのない感覚を与えてくれる……。
俺を愛してくれる、母親。
今回は、彼女の温もりに身を委ねることにした。




