第四十二話 【歳月が語るもの】
P.D. 4030年、クレセリス12日。
あの日食から二年。
今年は、織り機の世界にとってあまりにも巨大な出来事を起点とした年号に属している。時の計算にそれを組み込む必要があったからだ。当時の偉大な天才たちも、暦を持つ方が実用的だと考えたのだろう。
当初、その暦は『エメロロジオ』と呼ばれていた。
現在では『エメロロジウム』として知られている。
年号のカウントは、『ポスト・ディアテケ』と呼ばれるものの後に始まった。
より単純な言葉で言えば「誓約の後」という意味になる。
だが、俺はその誓約が何なのか、それが世界にとってどれほどの意味を持つのか、まったく知らない。
少しだけ興味を引かれる。
なにより、ルビーが話していた、俺の知らない神聖法を思い出させるからだ。
前世には、グレゴリオ暦というものがあった。
これもそれに似ている。かなり似ている。
この世界には閏年という概念が存在しない。月が満ち欠けする周期が前後するような時期も観測されていない。
毎年、まったく同じ日数が繰り返される。
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あの日食と、王のメッセージから二年が経った。
その間、俺は自分の力の訓練と研究に専念してきた。同時に、村の子供たちに読み書きや、基本的な円の描き方も教える。
アメリアは最も強い関心を示した一人で、あっという間に円を使いこなすようになる。
成長期も相まって、素晴らしい成果を出していた。風の魔法への適性が高いため、俺は彼女の訓練をそこに特化させる。
エットは本を読む方が好きだが、ノイドの扱いには熱心だった。
剣士になるには、ただ剣を振るうだけでは足りない。思考することも必要なのだ。
剣が大好きだったアンドレスは、結局のところ、畜産など他の分野で才能を発揮する。剣よりも動物の扱いの方がうまい。
ララには何ヶ月もかけて弓を作ってやった。その出来に満足してくれている。今は他の戦士たちと一緒に、エルピダの熟練した弓手であるセドガーという男から教わっている。
ソフィアは料理への関心を深めているため、熱の分配や吸熱、そして熱を生み出す魔法を教える。
エリスは最初は内気だったが、見た目以上におしゃべりであることが分かる。魔法や剣を拒み、詩作のみを選んで、未来の吟遊詩人としての歩みを始めた。
そして最後にカイロス。彼は剣と魔法の両方を同時に学ぶと決めた。簡単ではないと警告したにもかかわらず、その道を進みたがる。
いや。
俺も同じことをした。
だが、俺には熟練の指導者と無尽蔵のリソースがあった。
ここには、訓練のための十分な食事も、環境も存在しない。
「猿……」
その動物は、俺の目の前にいた。
どうやら、もう俺の存在に慣れてしまったらしい。
単に遊んでほしいだけなんだろう。
訓練の他にも。
俺はこの村での滞在費を稼ぐために、いろいろなことをしている。
エルピダは生活費を求めてこないが、ただでここに居候するわけにはいかない。
王に俺が生きているとバレれば、村が常に危険に晒されると知っていればなおさらだ。
狩りや、エルピダの境界の警備を手伝う。
温水の円を使って風呂を沸かし、お年寄りの手伝いをする。
森の奥深くまで入り、周辺を見回って近くのエリトを避ける。
時にはノイドを使って重いブロックを持ち上げ、建設中の家に資材を運んだりもした。
毎イグニフォスには教会の掃除もする。
他にも色々とやった。
猿の攻撃を避ける。
身体をうまく制御できるようになった今では、たやすいことだ。
近くの水たまりから水を操り、猿を空中で捕らえて動きを封じた。
だが、地面に降ろそうとしても、水が動かない。
本当に、これが気に入らない。
俺は周囲62メートルの範囲で水を操ることができる。
だが、予想していた通り、水を使ってダメージを与える手段が存在しない。
標的に対して少しでも否定的、あるいは危害を加えるような感情を抱いた瞬間、水は散らばり、元の場所に戻ってしまう。
水が猿から離れなかったのは、もし離れれば猿が地面に叩きつけられてしまうからだ。
少なくとも、俺はそう推測している。
落ちたところで怪我一つしないだろうに、猿が「安全」な高さになるまで少しずつ降ろしていく。
猿が足をつくと、水はそこから離れた。
猿が不思議そうに俺を見る。
何か言いたげな顔だ。
混乱か?
驚きか?
それとも、感謝か。
何を伝えたいのかは分からない。
「どうした、モロイ」
猿は小首を傾げると、木の幹を登り始める。
葉の間に姿を消すまで、俺の方をじっと見つめていた。
俺は水たまりに手を向け、すべての水を制御下に置く。
土に染み込んだ分も含めて。
そのせいで、地面にひび割れができる。
ボールを掴むように、少しずつ両手を近づけていく。
すると、集められた水はどんどん圧縮されていく。
「ただの実験だ……」
猿が登っていった木の頂上に狙いを定める。
そして、その力を一気に解放した。
凄まじい量の圧縮された水が撃ち出される。
何滴かが零れ落ちるのを眺めていたが、残りの水は目標に届く直前でピタリと止まる。
まるで俺を見つめ返しているかのようだ。
その後、圧縮された水は逆流し、俺の全身をずぶ濡れにする。
「こうなる気はしてた……」
今のところは諦めよう。
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元素の操作には、ある特殊なスイッチが伴う。
それは、まるで俺という人間に向けられたもののように思える。
女神が俺のことを完璧に理解しているかのように。
実際に女神アテは知っているのかもしれない。
水を操るためには、共感と繋がりを感じる必要がある。
相手が目の前にいるかどうかは関係ない。
前世の俺にはなかったものだ。
炎は、苛立ちから生まれたようだった。
そのスイッチは、情熱と温もりになるはずだ。
それも前世の俺にはなかった。
風は、記憶と郷愁から生まれた。
だからそれは、悪いこととしてではなく、思い出すことの必要性を表しているのかもしれない。
それもまた、前世の俺にはなかったものだ。
そして土は、その元素の性質上、強さや、家を持つこと、自分がその一部であると感じることに関係している気がする。
前世の俺が一度も手にしたことがなく、常に自分に問いかけていたもの。
家とはなんだろう。
その忌まわしい問い。
その同じ疑問が、俺につきまとう。
その同じ迷いが、俺を……。
そうだ、そのやり方が分からないことへの苛立ちを使うべきなんだ。
一瞬だけ手を見つめ、今度こそ炎が現れるのを待つ。
いや、俺は家が何なのかを知らない。
答えられないし、築くこともできない。
科学的に研究したり発見したりできるものでもない。
いや、俺には理解できない。
いや……。
そうだ、俺だって家が何なのか知ることができる。
理解できれば答えを出せるし、方法を見つければ築くことだってできる。
それを手に入れさえすれば、科学的に研究して発見することだってできるはずだ。
そうだ、俺には分かる。
いや、そうじゃない。
いや、俺は理解したいんだ。
その問いの一部となり、最後には答えを出したい。
だけど……どうすればいい?
答えを出せず、向き合う勇気すらなかったものを、どうやって?
望むことだ。
そう、それだ。
望むこと。
望みたい。
自分がそれを求めていると感じたい。
ただすべきだ、ただしたい、ただ必要なんだ。
俺は再び手を見つめる。
ただの必要性として片付けるのではなく、自分自身のプロセスの一部にしたい。
過去にどれほど傷つけられようと関係ない。ただ炎を生み出したい。
誰かを守るためではなく、自分自身を守るために。
その時、初めて炎が現れた時と同じことをしようと考えた。
手を背後の限界まで引き、前方に向かって掌底を放つ。
焼け付くような熱が全身を駆け巡り、右腕に集中してから、一筋の火柱となって放出されるのを感じる。
弱いが、確かな手応えはあった。
何度も、何度も繰り返すが、何も起きない。
「ダイくん? 空に向かって何をしてるのっ?」
少し驚いたが、彼女が来るのは予想していた。
「アメリアか。森で何をしてるんだ?」
「お母さんがマリアを探してて、マリアがダイくんはここだって教えてくれたから来たんだよっ! お猿さんとケンカ? それならアンドレスに言ってあげる、あの子たちとすっごく仲良しだもん!」
「いや、ただ……掌底の訓練をしてただけだ」
「ショウテイ?」
「ああ……そう、掌底。信じられないかもしれないが、かなり効果的なんだ。臓器を直接狙えるからな」
アメリアは小首を傾げる。
「ゾーキって何? 心臓と胃袋しか知らないよっ!」
「ええと……肺とか、腎臓とか、腸とか、他にもいくつか。実は皮膚も臓器の一つなんだ」
「ええーっ!? ウソだあぁぁっ!」
俺は思わず、しばらく黙り込んでしまう。
「次は、脳みそも臓器で、私たちは私たちじゃないとか言い出すんでしょっ!」
「実際……」
「やーだ、ダイくんっ! 冗談だよっ。ねえ、冗談だよねっ!?」
俺はしばらく彼女を見て、ため息をつく。
「ああ、冗談だ」
もちろん、嘘はついていない。
脳が正確にどう機能しているのかなんて、俺には分からない。
どうして俺には前世の記憶があり、同時に今の記憶もあるのか。
脳にとっても、それは不可能だとされている。
だから、この世界の脳がどう機能しているのか、確信が持てない。
「あー、よかった……自分の頭を撫で回しちゃうところだったよっ」
「別に悪いことじゃないだろ」
「撫でるっていうか、頭の中が空っぽなのか、いっぱいに詰まってるのか、ちょっと叩いて確かめようとしたんだよっ!」
「えっと……さあな。俺だって、いつも全部知ってるわけじゃない」
「そうだよねっ、エルカくんにもそう言ってたもん!」
「お前も子供だろ」
「わたしはもう七歳で、ダイくんは九歳だから、あんまり変わんないもん! エルカは五歳だよっ!」
「そうだな。たいして変わらない」
アメリアは頬を膨らませてそっぽを向く。
アメリアは自分の年齢にかなり誇りを持っていて、子供扱いされるのは気に入らないらしい。
時々うっかり口が滑って少し怒らせてしまうこともあるが、背中を軽くポンポンと叩いてやれば、すぐに機嫌を直してくれる。
時々、理解するのが難しいジレンマだ。
俺自身の魔法なんかよりもずっと。
最近、アメリアが明るく振る舞っているのは、去年カリエが死んでしまったからだ。
正直なところ、予想はしていた。
カタツムリである以上、長くは生きられないだろうし、そもそも何歳なのかも分からないからだ。
カタツムリの葬式に巻き込まれることになったが、俺は敬意を払って参列した。
アメリアはただ、仲間の死を乗り越えるために前向きであろうとしているだけだ。
あのカタツムリは、俺に死の形にはいくつもあると気付かせてくれた。
一つ、孤独に死に、単なる自然の養分として終わる。
二つ、自分を愛してくれる人たちに囲まれて死ぬ。
あるいは三つ。たとえ悪人であったり、数え切れないほどの過ちを犯したりしても、自分のために泣いてくれる人がいるなら、少なくとも孤独ではなかったということだ。そして、その相手にずっと愛されていたと伝えることができたなら、あとは悔いを改めて前に進むのが一番だ。
俺を売り飛ばそうとしたあの男のように。死の間際、彼は失敗の屈辱や犯した罪を悔やむのではなく、娘のことを思い、もし別の道を選んでいたらすべて違っていたかもしれないと考えたのだ。
つまり、どんな過去があろうと、どんな過ちを犯そうと、果たせなかった約束があろうと関係ない。まだ何かが変えられると感じるなら、「あの時ああしていれば」という後悔にとらわれてはいけない。もっと言えば、どうなっていたか決して分からない可能性にばかり縋ってはいけないのだ。
あのカタツムリは単なる養分ではなくなり、たとえ仕事のために動物を殺すことになろうとも、裁縫を愛する少女の心に長く留まり続けることになった。
「ねえ、ダイくん。カリエは自分が誰だったか分かってると思うっ? 小っちゃすぎるから、全部ちゃんと覚えてないかもって思うんだ」
「分からない。だが、お前は絶対にあいつを忘れない気がする」
「うん、それは絶対にそうだよっ、ダイくん。お母さんがね、足跡を残す人が残るんじゃなくて、その足跡を見て誰のものか分かってもらえる人が残るんだって言ってたの。ええと……なんて言えばいいか分かんないけどっ!」
「ああ、それは本当だ」
そう言って、俺たちは村へと向かった。
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12日。
俺は再び森で訓練をしていた。複数の元素を同時に使っているところを誰にも見られないための口実として、ここを利用している。
村の人間は俺が天恵者であることは知っているが、俺が上位天恵だと思い込んでいる。
能力は水を操ることだけだと信じており、俺もその思い込みに便乗している。
もしこの情報が重役や王本人のような権力者の手に渡れば、彼らは間違いなく俺をスカウトするか、少なくとも俺の存在を把握し、何に利用できるかを見極めようとするだろう。見つかった場合、ある分野でかなり役立つ力だと判断されるはずだ。だからこそ、俺はこの力が極めて限定的であると見せかけるつもりだ。
マリアだけは俺が隠れて訓練していることを知っている。もし権力者が来た時は、力に対して興味がなくて訓練もしていないと誤魔化せば、使い道のない力だと認識させられる。
俺はパッと頭を振る。
よし。
あとは、もう一度炎を生み出すだけだ。
「俺は……」
深く息を吸い込む。
「ただ……」
目を見開き、手を爪のような形に曲げる。
「自分の力で生きたい。俺は、生きたいっ!」
再び息を吸い込み、叫ぶ。
蛇のような形をした炎が撃ち出される。
それは空を這うように進み、やがてかき消えた。
「やった……」
すぐに消えてしまうほど弱いが、確実に掴みかけている。
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一時間以上、何度も何度も弱い炎を出し続けようと試みた。
目を閉じ、集中する。
生きる。
俺は生きたい。
守りたいが、自分自身も守りたい。
新しい母である、マリアを守りたい。
お前がいつも見せてくれるその笑顔を守りたい、アメリア。
俺を受け入れてくれた、この村の平穏を守りたい。
これが、求めていた情熱なのだろうか?
水は、静かな川を模倣するかのような繊細な腕の動きを必要とするが、炎は、空気を力強く握りしめる動作を必要とする。
見えないボールを持つように両手を合わせる。
実体のないその物体を囲むように、指をフック状に曲げる。
両手の間の空間と同じ大きさの火球が顕現した。
だが、水や風と違って、その熱を感じることはできない。
俺は危険な賭けに出ることにする。
「今回だけだ……」
炎を顔に近づけ、覆い隠すようにする。
だが、空気が肌を撫でるような感覚以外、何も感じない。
何も起きないため、別のことを試すことにした。
しゃがみ込み、火球を花に近づける。
炎が触れた瞬間、花は粉々に砕け散った。
その時、服から飛び出していた糸が焦げていることに気付き、慌てて両手を離す。炎は一瞬で消え去り、空中に消えていく軌跡だけが残った。
いつも俺とケンカしている猿が、首を傾げ、耳に指を突っ込みながらこちらを観察している。
「?」
まるで、俺が今したことを理解しているかのように見つめてくる。
俺の真似をして、同じことをしようとしているようだ。
だが、枝にしっかりと足を踏ん張ったまま、その場から動こうとはしない。
「ああ、時々、お前みたいに力がなければと思うこともあるよ。でも……どうしようもないだろ?」
俺はため息をつき、その日が終わるまで訓練を続ける。
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宿屋に戻った頃には、すっかり夜になっていた。
マリアは腰に手を当てて待っている。「大喜び」とは程遠い表情だ。
「どうして服を焦がしているの?」
「ちょっとだけだよ、母さん」
「ちょっとでも、言い訳にはならないわよ。森で焚き火でもしたの?」
「うん、まあ、そんなところ」
「うーん……まあ、いいわ。ご飯はもうできてるけど、こんなに遅く帰ってきちゃダメよ、分かった? せめて連絡しなさい、このいたずらっ子。エリトに耐性があるからって、無敵なわけじゃないのよ。忘れないで……」
俺は少し彼女を見てから、言葉を遮る。
「分かってる。油断は最大の敵だって、覚えておくよ」
マリアは近づいてきて、俺の額にキスをする。
「大きくなったわね」
「ああ、成長期だからな」
「もう」
マリアは俺の頬を限界まで引っ張る。
「痛い、ごめん、ごめんって」
「よろしい」
マリアは手を離し、俺の髪を整えてくれる。
「さあ、ご飯にしましょ。冷めちゃうわよ。もう一回作る気はないんだからね」
マリアは時々、ひどい嘘をつく。
以前、ご飯が冷めてしまった時も、結局作り直してくれたのだから。
この二年間、マリアは信じられないほど俺に愛情を注いでくれた。
それは、俺が抱える多くの問題なんかよりもずっと確かなものだ。
そして同時に、俺自身も彼女に情を抱くようになっている。
彼女を守りたい。
だからこそ、彼女の笑顔や、俺に向ける温かい声色を思い浮かべた時、炎の力がこれほどまでに引き出されたのかもしれない。
温かい……。
手が少し震えたが、すぐに振り払う。
「どうしたの?」
「えっ、いや、なんでもない……ちょっと調子が悪いだけ。たまに、近くの水が勝手に動くんだ」
「あぁ。それなら、さあ行こ? ご飯を食べたら元気になるわ。たくさん訓練したんだから。その後お風呂に入って、まっすぐ寝るのよ」
「うん、母さん……」
だから、俺は彼女を守らなければならない。二度と、炎の熱に彼女を奪われないために。
あの火事の熱。
切断された腕を焼き切った熱。
彼女の笑顔の温もり。
俺は腕を取り戻した。
……それがどうした?
この温もりが、もうこれ以上、俺から何も奪わないように。




