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空明の再誕 - 生きる理由を取り戻すために  作者: 日和秋彦
第4章 - 風

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第四十話 【届かない光】

 エクリプサの月、二十一日。


 今日は俺の本当の誕生日。窓辺でどこにも見当たらない光を待ちわびる日だ。これほど遠く離れていると、地球の丸みや間にそびえる山々に阻まれて、光を見ることは不可能だというこの世界の理がある。


 それでも俺は今、窓枠に腕を乗せて遠くを見つめている。もしかしたらたった一つでも、いつもより明るく輝く星があるかもしれないと期待しながら。


 だが、そんなことが起こるはずもないのは明白だった。


 今見ているのは、とうに死を迎えた古い星々であり、その光だけが未だにこちらへと旅を続けているのかもしれない。あるいは、この世界では違っていて、光源が消滅した後も光が届き続けるという法則自体が存在しないのだろうか。


 それとも、また俺の幻覚なのだろうか。だが、そんなこともあり得るはずだ。現実的なこと。明白なこと。あるいは、単に俺の心が信じたがっているだけのこと。今のところは、そうとしか言えない。


 ただ、他にも気になることがある。


 この世界の月の名前は、少なくともアントロフォス王国においては、月を基準にして作られている。


 エクリプサはまさに一年の最後の月であり、それゆえに最も長い。毎年エクリプサの三十一日には、目を痛めることなく日食を観察できる。まるで誰かが、一年の終わりを告げる巨大なイベントとして意図的に配置したかのようだ。


 これはゼレニアでも起こっていたことだが、正直なところ、俺は今まであまり気にしていなかった。

 懐疑的な者たちは信用せず、一方で俺の母親のように過保護な者たちは、日食を見ることを禁じていた。彼女に言わせれば、どんな考えにも間違いはあり得るし、後悔するよりは常に予防する方を選んでいたからだ。


 まさにその保護が、今の俺には必要だった。

 だが、考え続けても仕方がない。

 遠く離れているし、今の俺には新しい人生がある。

 もし再び彼女に会えるとすれば、それは法令が失効したか、あるいは王がそのことを完全に忘れることにした時だろう。


 もし十年後に戻ったとして、彼らは以前と同じように俺を愛してくれるだろうか。

 もしかしたら、エリザベスが俺を忘れさせ、前を向く手助けをしてくれるのかもしれない。

 わからない。


「何があっても愛しているわ」


 あぁ、それは本当だ……。


「ダイキ! 聞いてるの?」

「ああ、うん……どうしたんだ、母さん?」

「窓際で何をしてるの?」

「母さんこそ、こんな時間に起きて何してるんだ?」

「質問に質問で返すなって、どう言ったかしら……?」

「ああ、悪い。空を見てただけだ」


 マリアは少しの間、俺を見た。

 ほんの一瞬だけ。

 それから、俺と一緒に空へ視線を向ける。


「あのね。今まで聞かなかったけど……本当にエリットを見たの? それとも一瞬だった?」

「前に言った通りだよ。見たけど、完全じゃなかった。効果が出る前に、母さんが奴の頭を砕いてくれただろ」

「でもねダイキ、あれは一瞬だって言われているのよ……。実際、創設者は一分で死んだわ」

「たぶん、そいつは違ったんだ。本には、魔物は種族によって異なると書いてあった。エリットに別の種族がいないなんて誰が言った?」

「んー、あなたの言う通りかもしれないわね。でも、そう簡単には見過ごしてくれないわよ」


 彼女は俺の頭に手を置いた。


「あなたは古い魂なんでしょう? エリットに免疫があるのは、死んだことがある人だって言われているの。臨死体験をした人じゃなくて、本当に死んで……それから生き返った人。古い魂は経験を共有しているのよ。もしそれが何か関係しているとしたら?」

「言われてみれば、筋が通ってるな」

「それなら、あなたが古い魂だとしたら、多くのことの説明がつくわ。古い魂もエリットに免疫があるなんて知らなかったけど、理にかなっているわね」


 実際、俺は死んで生き返った。だからエリットは俺には効かなかったのだ。

 俺の人生のあらゆる悪いものを染み込ませようとしたが、死の冷たさの方が強力だった。


「あのね。猫はなぜか、エリットの効果に免疫があるの。信じられる? 肩に猫を乗せているだけで追い払えるのよ。猫がこの地域に適応したがらなかったのは残念だけど、もしかしたら、いつか……」

「猫が適応するには、自らそうしたいと思う必要がある。犬とは違うんだ。居心地が悪いと感じたら、すぐに出て行ってしまう」

「犬って何?」


 犬が存在しない?

 考えてみれば、魔法があるから人間は狼よりもだいたいのことを上手くこなせる。だから飼い慣らそうとしない道を選んだのだ。あまりにも合理的すぎて、どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ。


「ああ、それは……クリオヴァルの向こうにいる、新しい種族だよ」

「ああ、それなら随分と遠いわね……。どうしてそんなことまで知っているの?」

「ここに来る前はたくさん本を読んでいたし、いろんなことを教えてくれる老人がいたからな」

「ずいぶんと物知りなお爺さんだったのね。まるで、あなたが本当にたくさんの猫を育ててきたみたいに聞こえるわ」


 彼女は少し笑った。

 もしかすると、俺のような人間が猫を飼っている姿を想像したのかもしれない。


「ただ本を読みすぎて、よく観察していただけだ」

「そうね」


 マリアは小さく笑い声を漏らす。


「それじゃあ、いつか彼らもここに来ようと思うかもしれないわね」

「かもな。誰にも邪魔されずに、ここで一日二十時間も眠れるって気づけば」

「二十時間?」

「猫だからな。あいつらの基準はすごく高いんだ」

「なるほどね」


 少しの間、俺たちは再び空を見上げる。


「一匹いたら素敵でしょうね」

「そうだな」


 そして、この夜初めて、俺はそれ以上何も付け加える言葉を持たなかった。


「さて。おやすみなさい。ずっと窓の外を眺めてちゃダメよ、わかった?」

「もう少しだけ起きててもいいか?」

「ええ、いいわよ。でも……んー、あと十秒だけね」

「それじゃ短すぎる」

「私に口答えする気?」

「わかったよ。十秒な」

「よろしい。おやすみ」


 彼女は俺の髪をくしゃくしゃと撫でて、部屋を出て行った。


 あぁ、休まないとな。

 今俺に残されたやるべきことは、それだけだ。


 ---


 朝。


 アメリアはカタツムリのキャリーに特注の帽子を作ってあげていた。かなり長生きしているそのカタツムリは、殻の上の新しい衣装を誇らしげにしているように見える。

 カタツムリが人間にこれほど従順になっているのを見るのは、少し滑稽ですらあった。


「それでね、この前キャリーがわたしの植物を食べてるのを見たんだよ……わたしの植物だよっ! だからお仕置きして、外の植物をあげたの。わたしの植物を食べたから、一週間は特別な葉っぱなし! もう二度としなかったから、反省したんだと思うな。それから、ある夜に起きてて窓を登ってるのを見たの。何しようとしてたのかなっ?」


 アメリアはカタツムリを見つめた。


「カタツムリってどれくらい生きるの、ダイくん?」

「あ?」


 なんて唐突な質問だ。


「えっと……たぶん四年くらいじゃないか。確証はないけど」

「うー、それってすっごく長いよねっ?」

「かもな」


 祝福者になってから理解できないことが一つある。それは、俺の時間感覚が少しずつ意味を失ってきていることだ。時々、数週間が早すぎるほどあっという間に過ぎていく。最初はそうじゃなかった。一日一日をはっきりと感じていたのに、この村に馴染めば馴染むほど、時の流れが早く感じられるようになっている。


 祝福者であるという状態のせいだろうか?


 前向きに考えれば、百年以上生きるようになれば、一日のことなどちっぽけなものに見えがちだ。おそらくそういうことなのだろう。上位の祝福者は自然に二百年生きるというが……俺の場合はどうなるんだ?


 つまり、それは……。


 俺が何をしようと。

 どれだけ抗おうと。

 どれだけの高みに到達しようと。

 愛する者たちが死んでいくのを防ぐには、俺一人の力では足りないということだ。たとえ上位の祝福者であるアレクシオやマリアでさえも。


 俺にずっと付き合えそうな動物といえばニシオンデンザメくらいだが、ここにそんなものは存在しないし、海の生き物を飼うなんて全く現実的ではない。


 何をしようと、結局はいつも愛する者たちの死を見届けることになる。

 祝福者であるというのは、やっぱり最悪だ。

 何も持たない、ただの普通の子供だったらよかったのに。

 裕福な家庭だとしても、ごく普通の子供に。


(人生ってやつは、どうしてこうなんだ?)


「ねえ、ダイくん。いつかはこの村を出て行っちゃうの?」

「いや、出て行かないよ……少なくとも今はな」

「大きくなったら出て行った方がいいよっ。ダイくんにはすっごい才能がある気がするし、無駄にしちゃうのはよくないもん。ママがね、良い体はしっかり栄養をもらわなきゃダメだって言ってたの。どういう意味かはよくわからないけど、きっと素敵なことだと思うな。わたしは偉大な仕立て屋さんになって、ゼレニアに行って自分の服を売りたいんだ! 将来性あると思うっ?」

「ああ、すごく将来性がある。そもそも、カタツムリに特注の帽子を作るなんて驚くべき仕事だ」

「ありがとう、ダイくん! ダイくんはとってもいい親友だよっ!」


 彼女は俺に抱きつくと、それからカタツムリを手に取った。


「こら、キャリー! おじさんの植物に手を出しちゃダメだよっ!」


 今のアメリアは俺を兄のように見ていて、キャリーのおじさんと見なされるほどになっている。俺としても別に嫌ではなかった。アメリアの手に渡る前は人間の食料になる運命だったことを思えば、これほど従順なカタツムリを見るのは純粋に興味深かった。


「キャリーったら、本当に困った子なんだから。いつも他人の植物ばっかり狙ってっ!」


 彼女はカタツムリを手のひらに乗せ、帽子を外した。


「迷惑じゃないよねっ?」

「いや、全然。食いたければ食わせてやればいいさ」

「だーめ、だめ。他人のものを尊重することを学ばなきゃ。キャリーには自分のものがあるんだからねっ」

「なるほどな。いいお母さんになる将来性もあるな」


 どうしてそんなことを言ったんだ?

 アメリアの顔を赤らめさせてしまった。


「ほ、ほんとに言ってるの? そうかもね。ママはいつかその時が来るって言うけど、誰とだかわかんないもん。ここはみんな友達だもん!」

「ゼレニアでかもな?」

「そうだった……愛の街。貴族もそうじゃない人も結婚できる場所だねっ」

「ああ……まさにその通りだ」


 ジュリエットとヴァレリウスのことが頭をよぎらずにはいられなかった。


 彼らは今、どうしているだろうか?


 ああ、そうだ。エリザベスの世話をしているはずだ。


 今度ばかりは苦労するだろうな。赤ん坊の頃の俺は泣きもせず、大騒ぎすることもなかったが、エリザベスを育てることで、本当の子供を持つというのがどういうことかを彼らは経験することになる。


 時折俺の扱いに困っていた父親や、

 赤ん坊の頃の俺をいつもお風呂に入れてくれていた母親は、

 水しぶきを上げて周りをびしょ濡れにするような本物の赤ん坊を相手にやっていけるのだろうか。


 夜泣きだってするだろうし、今度はゆっくり眠れなくもなるはずだ。


 俺が赤ん坊でお漏らしをした時は、何も反応しなかった。

 リヴィアが近づいてきて臭いに気づくまで、おむつを替えてもらうことすら待っていたくらいだ。


「さてと、ダイくん。ママのところに行かなきゃ。あとで嫉妬されちゃうもん」

「嫉妬するのか?」

「うん、ママよりダイくんと一緒にいる時間の方が多いって言うの……でも、わたしがママをすっごく愛してるのは知ってるからねっ」

「嫉妬に理屈なんてないと思うぞ。それか、ただからかってるだけかもしれないな。お前の母親が俺をかなり買ってくれているのは知ってるだろ」

「それはそうだね、性急な結論を出すのはよくないね……じゃあ、またねっ!」


 今、会話の中で「性急な」って言葉を使ったか?


 彼女は最後に俺を抱きしめると、跳ねるようにして飛び出していった。

 キャリーは彼女の手の上で、殻の中に隠れている。


 ああ、こんな日常を送るなんて、間違いなく予想もしていなかった。


 俺はため息をつき、扉を閉めた。


 ---


 その日の残りは、剣の修練に費やした。


 ただ、今回は森へ行った。同行者はいない。木々が立ち並ぶ地形で反射神経を鍛えるために、マリアが話していたあの猿たちを利用する必要があった。


 枝を踏みしめる力強い足音。


「そこだ!」


 モロイ猿が幹に飛び移り、俺に向かって跳躍してくる。

 だが、空中で身を翻すと俺の頭上で停止し、背後にある幹を足場にしてしがみついた。


 この猿たちは、脅威を感じない限り人間を襲わない。基本的には子供を避ける習性がある。だが、本気で攻撃させたいなら、挑発する必要があった。


「どうやるべきか……」


 猿は枝に足を踏ん張り、再び樹冠へと登り始める。

 その握力は凄まじく、一歩踏み出すごとに木の皮が少し剥がれるほどだ。まるで爪が棘であるかのように。


 その時、あることを思いついた。


 実際のところ、傷つけずに挑発する方法などない。

 何かが触れない限り脅威を感じることはないのだが……。


 俺は剣を抜いた。

 集中した数秒後、剣を勢いよく抜き放ち、その平らな面を木に打ちつける。

 衝撃で木が揺れ、猿は驚いて金切り声を上げた。


「俺の木だぞ!」


 大声で叫んだ。

 声を荒げるだけで、俺の機嫌が悪いこと、そして何も抵抗しないなら果実のなる木を奪う気があることを知らせるには十分だった。


「キィーッ!」


 猿は降りてきて、再び樹皮に張り付いた。


「キィーーッ!」

「悪いが、今からここは俺の木だ」


 剣を向けると、猿は少し後ずさりする。


「最後の警告だ」

「キィイイイイイイイイッ!」


 猿が飛び出してきた。だが、奴が何かをする前に、俺は反転してその首筋を掴む。

 その瞬間、猿は勢いを失い、地面に落ちた。


「キッ……キッ……!」


 動きを封じた今、俺は剣で殴りつけるふりをした。しかし、猿は手を使って別の木へと跳躍した。


「キキーーッ!」


 奴は胸を叩き始め、挑発的な目で俺を睨みつける。

 まあ、何を言いたいのかはわからないが、落ち着いていないことだけは確かだ。


 警告なしに、猿は再び飛びかかってきた。

 ただ、今回は予想以上に速かった。

 俺は辛うじて身をかわし、木から数センチのところに倒れ込む。


 素早く近づき、再び木を叩く。

 それは猿を怯えさせるどころか、さらに怒らせる結果となった。


 猿はあらゆる木を足場にして跳ね回り、俺を混乱させようとし始める。

 全方向に神経を尖らせなければならない。一歩でも間違えれば、俺に向かって飛びかかってくるからだ。


 そこだ……!


 背後からの攻撃を躱し、再び猿の首筋を掴んだ。

 今度は猿が俺の腕を掴もうとしたが、そうされる前に振り払う。

 猿は地面を転がってから、また別の枝へと登っていった。


 俺の番だ。

 跳躍して奴の木に登り、その真横に降り立った。


「何か守ってるのか?」


 猿は硬直して俺を見つめ、それから再び攻撃を仕掛けてきた。


 俺は枝を使って走り始め、奴の気を引いた。


 長くは通用しないだろう。依然としてここは奴の縄張りだ。だが、逃走しなければならない場合に備えて、何かに追われながら極限の速度で戦う方法を学ばなければならない。

 勝てない戦いからは逃げる準備をしておくべきだというのが理屈だ。

 もしそういう状況になれば、俺はそうする。


 俺は枝にぶら下がり、再び地面に降り立った。


 猿は追ってくるが、方向転換はそれほど得意ではないようだ。

 自分のテリトリー内なら幹から幹へと素早く移動できるが、新しい場所では地形を把握し直す必要があるらしい。しかも、不規則な俺の動きのパターンまで追わなければならないのだから。


 俺が立ち止まると、猿がこちらに向かって跳んできた。

 奴は俺の腕に掴みかかり、力強くホールドしてくる。


 くそっ……。


 ノイドを発動させ、腕を強く振り払う。凄まじい力が加わり、強靭な脚でしがみつかれる前に、猿の腕は強制的に俺から引き剥がされた。


「キッ……」


 荒い息を吐いた。

 またしても危うく腕を失うところだった。


「よし……」


 猿が再び跳びかかろうとしたが、俺の背後にあった水たまりの水を使って、奴の動きを一時的に止める。


「もういい、これ以上は攻撃しない。あの木はお前のものにしていいぞ」


 猿は首を傾げた。足元の水を見て、まるで俺の言葉を理解したかのように頷き、俺が水を解除するとそのまま去っていった。


「この七歳の体が憎たらしい……思ったように反応してくれない」


 俺は空を見つめながら、地面に倒れ込んだ。


 この先の数年、何が待ち受けているのだろうか?


 大人になって、それほど才能がないとわかった時、まだ体が発達途中だという言い訳は通用しなくなる。


「あのね。時々、あなたはとても勇敢だと思うわ」


 聞き慣れた声に、俺は飛び起きた。


「あ、マリア……あんたか」

「ええ、探索していたの。いつものようにね。モロイと戦って何をしてたの?」

「訓練だ。奴の攻撃パターンを知らなかったから……必要なことだった」


「ああ、なるほどね。理にかなってるわ。でも、腕を持っていかれるままにするつもりはなかったってわかってたでしょう? あの子がそのために脚を使おうとしたとしても、もし本当にあなたを傷つけそうになったら、間違いなく私が動いていたわ。まあ、ともかくよくやったわね」


 マリアは俺の腕を取り、背中の土を払い落とし始めた。


「あれは女神の祝福のいい使い道だったわね……家でも前に水音が聞こえてたけど、まさかモロイの脚を縛りつけるほど見事なものだとは思わなかったわ」

「ただ不意をついただけだ。人間がそんなことをするのは普通じゃないし、奴らもそれはわかってるからな」

「ふふっ、そうかもしれないわね」


 彼女は一秒ほど俺を見つめた。


「さあ、行くわよ。お風呂に入りなさい」


 彼女は俺の手を握り、俺たちは再び宿屋へと向かった。


 ---


 入浴後。


 髪を乾かしていると、マリアとルビーの会話が耳に入ってきた。


「もう絶望的よ、マリア……だってそうでしょう、私くらいの年の女ならもう……そういうこと、してなきゃいけないのに、まだできてないのよ。しかも一番最悪なのは、偽物じゃなくて、本物の相手としたいってこと。でもそんな人めったに見つからないし……もうすぐまたローゼンリーに行かなきゃならないっていうのに」


 マリアはルビーの肩に手を置く。


「信じて、あなたの気持ちはわかるわ。私がヤズミをどれだけ待たなきゃいけないか知ってるでしょう? 少なくともあなたには可能性があるだけマシよ」


 ああ、そういう話か。


 ルビーは、時折やりすぎてやってはいけない場所で行為に及びそうになっていた俺の両親の愛情表現を目の当たりにして、それを自分の今後の人生と結びつけてしまったのだろう。


 間違いなく、俺が聞くべき話ではなかった。

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