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空明の再誕 - 生きる理由を取り戻すために  作者: 日和秋彦
第1章 - 空

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第二話 【破られたページ】

 この世界に生まれてから、十二ヶ月が経った。


 読み始めた本に書かれているような、何かしらのお祝いがあるものだと思っていたが、結局のところ何もなかった。

 実を言うと、そのことについてずっと考えていたのだが、今になって別の疑問が湧いてきた。


 なぜ、そんなにも気にしているのだろうか。

 深く考えてみても、やはりよくわからない。

 放っておけば、そのうち気にならなくなるのかもしれない。


 少なくとも、そう思っていた。

 だが、そう、あるいは少なくとも……。

 いや、やめよう。

 先に進まなければ。


 ---


 床に置かれた本に、少しだけ身を乗り出す。

 母は早く読み書きを覚えさせたいらしい。

 父は剣術を教え込み、侍女のリヴィアは常に世話を焼き、執事のコービンは指差した本を必ず持ってきてくれる。


「いつの間にその本を持っていたのかしら? でも……自分の頭より大きな本を読もうとする赤ちゃんが、こんなに愛らしいなんて思わなかったわ……。誰が渡したの?」


 母の視線がこちらに向いた。

 次に、床に開かれた本へと視線を移す。

 ただそれを無視し、再び身を乗り出して読書に戻った。


「私でございます、ジュリエット様。申し訳ありません。坊ちゃまが手を伸ばされたものですから、ついお渡ししてしまいまして」

「いいのよ。あの本さえ渡さなければ……」


 その「あの本」とやらについては、決して触れさせてもらえなかった。


「承知しております、ジュリエット様。ご安心ください。坊ちゃまがアレを見つけることはございません」


 アレ……アレとは何だ?

 再び本へと意識を集中させる。


 『広大な世界の中で、己をちっぽけだと感じたすべての人々へ』


 署名:C・C


 『一人の著者から世界へ……あなたたちに『織り機』の世界を紹介しよう』


 著者は有名らしい。匿名だが、名は知られている。


 興味深い。


 織り機の世界?

 それは……。

 前世では、二十歳を過ぎてから本を読むのをやめてしまった。

 人を救うことばかりに固執し、日常の些細な行動を疎かにしていたのだ。

 これは、再び読書をするための二度目のチャンス。

 なぜなら、記憶にあるよりもずっと気分がいいからだ。


「ダリくん、気分はどうかしら?」


 母の声が思考を遮った。


「あー、ま……おみず」

「あら? お水が欲しいの? もちろんよ。少し待っててね」


 ジュリエットは立ち上がり、部屋を出て行った。


 まったく、嫌になる。

 赤ん坊のふりをしなければならないことが。

 なぜ再び、こんな経験をしなければならないのか。

 その上、この話し言葉にもまだ慣れていない。

 いや、言語自体は覚えたのだが、実際に口に出して話す機会がなかったのだ。

 たまにぽつりと単語が漏れるだけ。

 これも改善しなければ。


 部屋には一人になった。

 リヴィアは部屋の外のソファに座り、コービンと談笑している。


 本に視線を戻し、続きを読むことにした。


 『織り機』。それがこの世界の名だ。少なくとも、この本にはそう書かれている。


 ・王国について


 どうやら、王国は全部で五つしかないらしい。

 世界中を探しても、たったの五つだ。

 なぜか?

 その理由は書かれていないし、正式名称も載っていなかった。

 略称が記されているだけだ。


 A・N ……

 D・U ……

 E・L ……

 F・A ……

 G・O ……


 右側に引かれた線は元の名前を表しており、意図的に隠されているか、塗りつぶされている。


 ANとFAは対立しているらしい。

 GOはまともな国とみなされていない。

 住民が理性のない野蛮なやつらばかりだからだとか。

 プロパガンダなのか、著者の偏見なのかはわからない。

 これ以上はページが破り取られていて読めなかった。


 ある王国へのそうした中傷はプロパガンダなのか、それとも単なる著者の偏見なのか。


 いずれにせよ、本には理性のない存在としてしか描かれていない。

 これ以上重要な情報はなかった。ページが破り取られていたからだ。


 破り取られたページを抜きにしても、この本は多くのことを省略している。

 一人称で書かれており、著者の知識のみに基づいているため、書かれている内容が真実であるという保証はない。

 だが、有名な著者が書いたとなれば、真実なのだろうか。

 まあ、それはともかく、この情報は興味深く、無視できるものではなかった。

 もし嘘だと分かったなら、ページが破られていない他の本で学び直せばいい。


 部族についての記述もあった。

 AN王国の国境から遠く離れた島々に住んでいるらしい。

 彼らは優秀で、独自の経済や法律、信仰まで持っているという。


 メンシェ —— AN王国が存在する大陸。

 アイノファ —— FA王国が存在する大陸。


 これらの大陸は繋がってはいるものの、同じ自然環境や生態系を共有しているわけではない。

 一方からもう一方へ渡ることは劇的な変化を伴うと記されている。

 だが、現在では不可能に近い。もっと正確に言えば、FAに苦しめられるか、ANに苦しめられるかの覚悟が必要だということだ。


 著者自身は、EL王国の住人であると述べている。


 部族が住む場所は、『空白地帯』と呼ばれている。

 ずっと昔、大飢饉が発生し、生き残るために様々な王国の者たちが集まらざるを得なかったのだという。

 その場所が『空白地帯』だ。

 独自の信仰や神々、そして文化を持っている。


 ページをめくった。


 ・ムーセアノについて


 陸地がなかった頃、最初にあった海の名前らしい。

 全部で五つ。

 中央海。ネクサス海。原初の海。北の織海。南の織海。


「ダリくん? ほら、お水よ」


 母が読書を遮り、微笑みながらコップを差し出してきた。


「ありがと……」


 コップを受け取り、ゆっくりと飲む。

 この世界の水は……とても美味い。

 一滴も残さずに飲み干した。少し胸元にこぼれたので、服の袖を使って拭う。


「もう、お行儀が悪いわね……! まあ、まだ赤ちゃんだから仕方ないわ」


 ジュリエットは布を手に取り、濡れた部分を拭いてくれた。

 そして、額にキスをする。


「お母さんは少し用事があるの。何かあったら、部屋の外にリヴィアがいるからね。愛してるわ」


 ああ……。

 続きを読もう。


 ・ネクサスについて


 大地の中心であり、すべての始まりの場所。

 興味深い。万物の起源がはっきり記されている。

 海よりも先にネクサスがあったらしい。


 そして最後に、境界についての記述があった。

 そこには一つだけ警告が添えられている。

 『覚悟がないのなら、越えるな』と。


 単なる未踏の地ではなく、実際に越えて生還した者がいるような書き方だ。

 あと『サクロ』という単語。

 神聖なものなのか、人体のあの骨のことなのか。

 まあ、推測の域を出ないな。


 ---


 夕食の時間になり、母さんに抱き上げられて大食堂へ向かった。


 家族全員が集まる週に一度の水曜日。

 食卓で大人の会話が始まる。


「それで、ヴァレリウス。あの取引はどうなっている?」

「ドゥルグの件ですか? 順調ですよ。突発的な嵐が発生することを除けば、今のところ問題はありません」

「ほう、それでも向かう者がいるのか。恐れ入るな」

「境界を越えるんですよ。あの嵐よりは楽ですし、何よりずっと速いですからね、ルキウス」


 境界を越える……?

 あの本に書かれていたのと同じ境界のことか?


 会話は続く。

 どうやら境界を越えるには、メンシェ全体を迂回しなければならないらしい。

 具体的なルートには言及されなかったが、誰もが境界を越えて生還できるわけではないため、一部の者の無謀さについて語られていた。

 だからこそ、毎年有能な者たちを派遣し、まだ話題に上っていない何かを運ぶために、大量の船を出しているのだという。


「当主になってからは、もう兄とは呼んでくれないんだな……」


 叔父が唐突にそうこぼした。

 まるで、死について語っていたわけでも、境界を越えた後に精神が崩壊することや、耐えきれずに船首から飛び降りる者たちの話などしていなかったかのように。


「ルキウス……まあいい、食事を続けませんか? 家族を困惑させてしまったようですし」


 二人は周囲を見渡し、それから食い入るように見つめていた俺の方へと視線を向けた。

 父は少し驚いたようだったが、やがて小さく笑い声を漏らす。


「ええ、あなた。今日のお仕事の話はそれくらいにしておきましょう。毎日大変なのですから」

 ジュリエットがとりなした。


「私は構いませんよ。役に立つお話なら」

 叔父の妻である女性が答える。


 他にも三人の子供たちが、奇妙なものでも見るかのような目でこちらを見つめていた。

 ただ一人、ヴァレリアという名の従姉だけが、ニコニコと笑いかけてくる。


 ヴァレリアが元気よく腕を上げた。


「はい、はい、はーい……! 背がちっちゃい人たちだよねっ!?」

「ああ、その通りだ。だが、ちびと言われるのを嫌がる。自分たちではそう思っていないからね。だから、もし前にした時は、その話題は避けた方がいい。決して忘れないからな」


 なるほど、そういうことか。

 それは父と大いに関係がある、この食卓の上座に座っているからだ。

 家族の当主として、多くの責任を負っていた。

 その一つが、ドゥルグとの契約や関係を維持すること。

 物を買い、運び込み、そして他の王国へと売りさばく。

 地図の反対側にあるドゥルグハイム王国で最も力を持つストーン家との間には、一世紀にも及ぶ契約が結ばれていた。


 背が低い。

 金属を提供する。

 小さいと呼ばれることを嫌う。

 もしかして、ドワーフか……?

 いや、その可能性は低いだろう。

 ハーフリングか、単に背の低い人間かもしれない。

 そのどちらか、あるいは両方ということもあり得る。

 だが、この文脈と鉱業の存在を考えれば、ドワーフとするのが最も論理的だ。


 ---


 夕食後、自室へと送られ、従姉のヴァレリアと一緒に残された。


「ダリくん! やっほー!」


 何も答えなかったが、無視もしなかった。

 それで帰ってくれるかと思ったが、予想に反してそのまま居座る。


「ジュリエットおばさまに、ダリくんのお世話をしてって言われたもん! だから帰らないよっ!」


 頷き、ベッドに登ろうとした。


「わたしが手伝うよっ! ……ああっ!」


 両手が腰に添えられ、ベッドに上がるのを手助けされる。

 だが……。


「ありがとう。一人でもできたよ」

「気にしないもん! 手伝うんだよっ!」

「あ、うん……」


 俺は本を手に取り、隣に座って読み始めた。

 彼女の音読はつっかえまくりだったが、絶対に諦めようとしなかった。


 ---


 さらに一年が経った。


 現在、俺はすでに二歳になっている。

 より多くの言葉を覚えたが、何かを尋ねる必要がある時だけ口にした。

 言葉といっても、名前や特定の場所のことだ。正直なところ、大して重要なものではない。

 この世界の言語は、ラテン語とギリシャ語、それに古英語を混ぜ合わせたようなものであり、多言語話者であった俺にとっては、理解するのはさほど難しくなかった。

 確かにそれらの言語と似ている部分はあるが、意味は大きく異なっている。

 むしろ、単語、概念、思想、音声が複雑に混ざり合っている。結局のところ、新しい言語を一から学ぼうとしているのと同じだ。


 あまり多くの質問もしなかった。必要なかったからだ……今のところは。

 少なくとも今は、このままでいることを選んだ。

 誰かを警戒させたくはなかった。手がかからず、簡単に世話ができる、ただのおとなしい子供でいたかった。

 だが、答えが欲しい時に沈黙を保つのは、骨の折れる作業だ。


「やっほー、ダリくん!」


 勢いよくドアが開き、ヴァレリア特有の活気が部屋に流れ込んできた。

 いつもなら本を持っているはずだが、今日の手には何も握られていない。


「言い忘れてたことがあったの! ダリくんはドゥルグのこと、何も知らないよねっ!」

「うん、知らないよ」

「だったら! 頼りになる大好きな従姉のわたしが、特別に教えてあげるねっ!」


 この家についてもっと知るための重要な機会だった。

 この家……そう、この家だ。未だに、自分がここの一員であると実感できていない。

 自分の苗字すら知らないのだから。


「ドゥルグハイムはね、すっごく、すっごく、すっごーく……」

 ヴァレリアが話し始める。

「遠い場所なんだよっ! すっごく遠いの! それでね……ずっと昔、私たちの家族には英雄がいたの。アロル……アザ……名前は忘れちゃったけど……でも大事なのは、その人がすっごくおっきな種をあげたってことだよっ!」


 両手を大げさに広げた。おそらく、その種を運んだ袋の大きさを表現しているのだろう。


「そのお返しに……その人たちは私たちの家族に資源を売ってくれたの! 少しじゃなくて、いーっぱいの資源だよっ!」

「なるほど。よく分かったよ」

「わたしが聞けたのはこれだけなの……ごめんね、ダリくん」

「ううん、ありがとう……ヴァレリア。本当に、すごく助かったよ」


 どうやら、俺に教えるためにこっそり盗み聞きをしてきたらしい。

 そして両腕を高く上げ、こう言った。


「それでねっ、私たちが大人になったら、幸せな夫婦になるんだよっ!」

「夫婦……?」

「うん、旦那さまと奥さま! すっごく素敵だよねっ!?」


 これが、異世界に生きるもう一つの欠点だ。

 ここでは近親婚がごく一般的なことらしい。

 もっとも、許されているのは従兄妹間の関係だけであり、それ以上近い血縁は認められていないようだが。


 しかし……。

 これらすべての事象が、強い不快感をもたらしていた。

 言葉を理解することができない。

 今までにこんな感情を抱いたことはなかった……。

 とても、何と言えばいいのか……。

 おぞましい。


 これが人間であるということなのだろうか?

 いつか、それを確かめてみたい。

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