第一話 【これが新しい人生ってやつか?】
残されたものは何もない。
「存在」と呼ばれる永遠の炎。
生まれてからずっと、それを知ろうとしてきた。
(本当に存在するのだろうか……?)
いや、そんなものは存在しない。
ずっと妄想に過ぎないのだと、何度も言い聞かせてきた。
永遠の炎を知ろうとしたことなどない。温もりなど求めていなかった。何より、常に死を望んでいた。ただ、母の言葉に縛られ、実行する勇気がなかっただけだ。
死人に人は守れない、だろう?
体が揺さぶられるような、あるいは動かされているような感覚があった。
いや、待て。そんなはずはない。
(助かったのか……?)
視界が十分に開けると、ベッドにいる一人の女がこちらをじっと見つめていることに気づく。
いや、生き延びるなんて不可能だ。
トラックがブレーキを踏む前の衝撃を、まともに受けたのだ。
生存して意識を保っている確率など限りなくゼロに近い。だが……
不可能ではない。
認めない。生き延びて誰かのお荷物になったなどと考えたくもない。
体が弾け飛ぶのを、確かに感じたんだ!
意識は途絶え、死を受け入れたはずなのに。
それが生き延びていたなんて。ひどく鬱陶しい。
落ち着きを取り戻すと、視界が白と黒、そして灰色の濃淡で構成されていることに気づいた。
え?
事故の後遺症かもしれないが、確証はない。
この先、他人の世話になるのだろうか。
排泄を知らせなくても、勝手に綺麗にされる。
頼みもしないのに、体が汚れれば洗われる。
生きる意志すら失っているのに、空腹になれば食べ物を与えられる。
まさに完全な悪夢だ。
「……! ……」
え……? 女が何を言ったのか、よく聞き取れない。
頬を紅潮させて微笑み、額には汗で髪が張り付いている。だとしたら、彼女はここで何をしているんだ?
不意に乱暴な動きを感じ、移動していることに気づいた。
いつの間に。
その時ようやく、いる場所をはっきりと認識できた。
病院の病室ではない。古代の部屋、あるいは現代の王族の寝室を再現したような、古い時代をそのまま保存したかのような空間だ。
だからといって、ここにいる理由にはならない。
女の姿がより鮮明になる。
小瓶を受け取ると、それを飲み干した。
すると、まるで何事もなかったかのように、勢いよく立ち上がったのだ。
「……… …!」
ようやく音が聞き取れるようになってきた。
あの言語は何だ?
日本語でもなければ、知るどの言語でもない。どちらかといえば。
(何だ……?)
大勢の人間が慌ただしく行き来している。その中には、扉のそばに立つ大柄な兵士のような姿もあった。
女がこちらを見た。
「…………・…………」
いや、待て。これはおかしい。
ここは病院じゃない。
理解できない言語を話しているのに、なぜか酷く聞き覚えがある。
車に轢かれた影響か、あるいは幻覚かもしれない。だが、その言語はギリシャ語とラテン語が混ざり合ったようで、独自の規則と構造を持っていた。長い時間をかけて独立して進化したかのような言語だ。
そして、体が動かない。おまけに視界はモノクロだ。
髪を乱した女が近づいてくる。
何の用だ?
数秒こちらを観察したかと思うと、まるで重さなどないかのように、軽々と持ち上げた。
(何だって? 身長は百八十センチを超えているはずだぞ)
「……!!! ……!!!」
こちらを抱える女は、その外見からは想像もつかないほどのエネルギーに満ちていた。
だが、それが余計に気分を沈ませる。
「あ……あっ……あ……」
何か言おうとしたものの、無様で虚しい試みに終わった。口から出たのは、湿り気を帯びた無意味な音だけだった。
舌が重い。
喉が弱い。
呼吸は浅く、
極度の疲労を感じる。
(怪我をしているわけじゃない。これは)
抱き上げられたことで、ようやく全身を見下ろすことができた。
目の前には、小さな体が一つ。
転生は、本当に可能だったのか。
過去を思えば、不可能など可能になり得る。だが、これは。
可能だとしても知ったことではない。
実在しようがどうでもいい。
だが、星の数ほどいる人間の中で、なぜ転生した?
もう十分に苦しんだ。ようやく自由になり、空虚な寄生虫でいるためのプログラミングを打ち破ったというのに。ようやく解放されたと思った矢先に、また人生に遊ばれている。
「……! ……?」
声の調子や語尾の響きからして、何か質問されたらしい。
だが、何も理解できなかった。
一体、何語なんだろうか。
前世では、数多くの言語を学んだ。
何のために。常にそう自問し、その唯一の答えは、日本語を解さない者を護衛するためだった。
ヴォイニッチ手稿の解読すら試みたこともある。
(ヴォイニッチ手稿は既存の言語体系に基づいていなかった。だから)
また思考の渦に沈んでいることに気づいた。
だが、今はとにかくひどく疲れている。
同時に、圧倒的な眠気が押し寄せてきた。
(赤ん坊である以上、これしかできないのか? せめて)
そして、暗闇が落ちた。
---
丸一ヶ月が経過したと思う。
確証はない。そう口にするのを聞いたわけではないが、自分で日数を数えていた。
だが、ここでの一ヶ月が二十九日なのか、三十日なのか、あるいはそれ以上なのかはわからない。
知る由もない。
なぜ転生したのか、その答えは未だに出ないままだ。
かといって、どうすることもできなかった。
今の身体では、この人たちに頼るしか道はない。
自分の意思で行動することも、自力で生きることも不可能だ。
故に、全面的に保護してもらう必要がある。
最悪だ。
このままでは誰も守れない。弱い。守られる側だ……結局はそこに帰結する。
「強者は弱者を守るために存在する」
不意に頭へ伸びてきた手が、思考の底から引きずり出した。新しい母親だった。
「……、……?」
女は服をめくり、優しい声で語りかけながら、自身へ引き寄せた。
奇妙な感覚だった。
授乳されるからではない。そんなことはどうでもいい。
一切の抵抗をしなかったからだ。
赤ん坊として、選択の余地はない。
不快感か何かを覚えてもおかしくないはずなのに、何も感じない。
赤ん坊として、
食べる必要があり、
世話をされ、
抱かれ、
守られ、
監視されなければならない……。
やはり奇妙だ。
それに、泣き方すら知らない。だからいつ空腹になるのかを当てなければならなかったのだろう。
ただ目を閉じ、されるがままに身を委ねた。
バンッと扉が開き、目を開けた。
犯人は父親だった。
微笑みながら、少し首を傾げている。
手を振り回し、興奮しているようだ。乱れた髪の色は……。
(白、か?)
視界はまだモノクロだが、色の法則からすれば、白だ。
「……、……」
「……! ……、……?」
いつものように言葉を交わし、時折キスをしている。
見る限り、二十歳を超えていないか、その前後の年齢だろう。
若い、新米の親というわけか……。
それはさておき、部屋は広大だった。
シャンデリアがある。
しかしスイッチや現代風の衣服の痕跡は一切なく、
部屋全体が蠟燭の火だけで照らされていた。
目に映るものすべてが、ひどく高価に思える。
部屋の広さはおそらく百平方メートルほどあり、天井は飛び跳ねても届かないほど高い。
この部屋の一角だけで、かつて住んでいたアパートよりも広い。
要するに、とんでもない金持ちの家に転生したらしい。
異常なほどの資産家だ。
その地位を物品で誇示することに何の躊躇いもない。
そして、望むのは一刻も早く自力で動けるようになることだけだった。
---
四ヶ月の月日が流れた。
色を識別できるようになり、正確に動けるようになり、いくらか筋力もついた。
起きている時間も長くなった。
だが、残念なことに、赤ん坊である以上できるのはハイハイと観察、そして探索くらいのものだ。
(非効率的だ……)
ハイハイなど大して役には立たない。
部屋は広すぎるし、調べる価値のある面白いものなど何もないのだ。
部屋を出ることも許されていない。
だとすれば……
体を動かせるようになっただけで、なぜあれほど興奮し、歓喜したのだろうか……。
視線を上げてシャンデリアを見た。
揺れることもなく、蠟燭の火は消えている。
床から蠟燭までの距離は異常なほど離れていた。
ここは、元の世界ではない。
第一に、電気やそれに類するものが存在しない。
この部屋が特別に隔離されているわけではない。以前、母に抱かれて少しだけ廊下に出た時、小さなスイッチ一つさえ見当たらなかったからだ。
第二に、電気が通っていないにもかかわらず、換気システムは完璧で、常に新鮮な空気が循環していた。
不意に扉が開いた。
母だった。肩に流れるように一つ結びにした茶色の髪。部屋に入るたび、その赤茶色の瞳は必ずこちらを捉える。どこにいるかを探す必要はない。既にわかっているのだ。
今回、発見されたのはベッドの下だった。
「あら、可愛い赤ちゃん。お祖母様にお会いしたいかしら?」
言語を理解するのは案外簡単だった。結局のところ、そこまで複雑ではなかったのだ。
両親はとてもおしゃべりで、なぜか目の前で話すときは、いつも物を指差しながら言葉を交わしていたからだ。
(この世界には、赤ん坊に物を教える習慣があるのだろうか?)
深く考える間もなく、腕を掴まれ、床から抱き上げられた。
「さあ、行きましょうね。お祖母様が会いたがっているわ」
そう言って、強く抱きしめられる。
中庭への道のりは果てしなく感じられた。三つ以上の廊下を抜け、階段を降り、さらに長い廊下を進み、ようやく祖母のいる庭らしき場所に辿り着く。
「もう少しよ、坊や」
裕福な家に生まれることは、多くの者にとって祝福かもしれない。だが、人生というものは往々にして、骨を折ることを要求してくる。
たとえ金持ちの家に生まれたからといって、幸福が保証されるわけではない……。
相変わらず、物事を難しく考えすぎている。
常に、すべてが悪い方向へ向かうと思い込んでいるのだ。
環境が悪い。
社会が悪い。
人が悪い。
本当に悪くて壊れているのは自分だけで、周囲のせいではないというのに。
だが、この環境にもまだ慣れない。偽物だと知らず、躊躇いなく抱きしめてくれる母親の存在にも。
もし正体を知られれば、憎まれるだろう。
いや、そんなことは考えるべきじゃない。
今残されているのは、彼らの期待に応えたいという願いだけだ。
そんな感情が湧き上がるとは、思いもよらなかった。
今いる庭は、メインの庭園でもサブの庭園でもなかった。五メートルを超える壁に囲まれた、最も厳重に警備されている場所だ。
ここはただの屋敷ではない。家という皮を被った宮殿、あるいは小さな都市だ。
「やっと会えたね」
そう話しかけてきた女が、祖母だった。
「ご機嫌いかがですか、義母様? お変わりなくお過ごしでしょうか」
っての通り、いつも通りさ。私に何か起きることなんて滅多にないからね」
「ええ。最近、義母様の冒険者時代のお話を伺いましたわ。当時は誰にも止められないほどだったとか」
胸に抱き寄せられながら、腕の中で抱き直される。
「そうだったかい? 今でもそうだけどね。まあいい、その子を私に渡しな」
受け取る前に、祖母は数秒間じっとこちらを見つめる。
それから頭上へと持ち上げ、観察した。
いや、そう見えただけかもしれない。
何をしているのか、よくわからなかった。
「この子が小さなダリアンかい。思っていたより大きいね」
「ええ、義母様。あっという間に大きくなりますの」
「ふむ、そうだね、見ての通りだ。この子の祖父さんのようにね」
祖母は一度視線を落とし、それからこちらの目を見た。
「ジュリエット……」
「義母様? どうかなさいましたか?」
ジュリエットは必要以上に心配そうな顔をした。表情でそれがわかる。
「この赤ん坊は、あの人の目を持っている。アエリウスの……あの色を取り戻したんだ……」
「ええ、ヴァレリウスもすぐに気がつきましたわ……素晴らしいことだと思いませんか? この小さな子は、光の存在なのですわ」
「アエリウスは、ずっと昔にこの一族を興した者の色を取り戻した。そして今、ダリアンがそれを受け継いだ……。なんというか、言葉で言い表せないよ……。ルキウスもヴァレリウスも受け継がなかったし、長男のルキウスの子供たちも違ったからね」
「え……? 赤い瞳がそれほど珍しいものだとは知りませんでしたわ。ヴァレリウスからは何も聞いていなくて」
ジュリエットは小首を傾げ、物思いに耽った。
なるほど。
祖父から赤い瞳を受け継いだらしい。
どうやら、とうの昔に亡くなっているようだ。
正確な時期はわからないが、祖母が名を口にするたびに声を震わせていることを思えば、つい最近のことだったのかもしれない。
どうして、同情しているんだ?
「まあ、いいさ」
祖母は真っ直ぐにこちらを見据えた。
「ちびすけ、お前は役に立つよ」
役に立つ……?
それが何の利益をもたらすんだ?
生後たった四ヶ月の孫に対して、大真面目にそんなことを言う人間がいるか?
後継者としてか、当主としてか、あるいは一族をまとめるためか、それとも政治の道具としてか。
いずれにせよ、最後のものではないことを祈る。
少なくとも祖母からは、道具として扱われているようだ。
「ええ、その通りですわ。こんなに早くから色々なことを教え込むのは気乗りしない時もありますけれど、これから来る未来のためには、必要なことだと思っていますの。ねえ? 私はこの子に、ちゃんと生きてほしいんですもの」
ちゃんと……生きる。
祖母はただ頷き、こう言った。
「ジュリエット、この子はもう何か兆しを見せたかい?」
「少し様子を見ているのですが、この子はむしろ私の方を観察しているようなんです。不思議ですわよね。でも、この子はただ大人しいだけだと思っていますの。感情表現が豊かな子もいれば、静かな子もいるように。結局のところ、従姉妹もそんな感じでしたから」
「本当にそうかい……? この年頃ならもっと……なんだろうね、活発だったり、よく泣いたりするものだけど……。まあ、考えてみればヴァレリウスも昔はこんな感じだったね。あの子はよく抜け出してはいたけど」
「一つだけ気になるのは、この子が一度も泣いたことがないということですわ。生まれてから、本当に一度も」
それについて、できることは何もなかった。
泣き方がわからない以上、泣けるわけがない。
無理に泣こうとすれば、あまりにもわざとらしくなってしまう。以前に一度試したことがあるからわかる。
あの時はおそらく、メイドたちを怯えさせただけだった。
「泣いたことがないのかい、ジュリエット?」
「ええ、一度もですわ、義母様」
「ふむ……」
「義母様、古い魂というものがあるのをご存知でしょう」
「ああ、知っているよ。女神がそう望まれたのなら、そういうことなのだろうね」
「ええ、そうですわ、義母様。私の小さな子は完璧なのです」
女神?
古い魂?
なるほど。
この世界ではそういうものを信じているのか。
前世の宗教と同じで、ここも大して変わらないらしい。
神なんてものはとうの昔に信じなくなったが、古い魂の生きた証拠がここにある。
二人はその話題について、さらに少し話し続けた。
どうやら古い魂というのは、単に精神的に成熟した子供を指す言葉であり、必ずしも転生者を意味するわけではないらしい。魂は再利用されるが、成熟度や経験、ある程度の知能は保持されるため、普通の赤ん坊が非凡な存在になるという理屈だ。
とはいえ、それは単なる信仰に過ぎず、実際にそれが起こったと証明されたわけではない。
賢い赤ん坊は、ただ賢いというだけのことだ。
だが、そんな古い魂でさえ生後数ヶ月は泣くらしいので、完全に別のカテゴリーにいることになる。
「来てよかったよ、ジュリエット。ローゼンライで用事があるから、あまり長居はできないんだ。私はもう行くよ」
「わかりましたわ。息子に会うために、わざわざここまでお越しくださってありがとうございます」
「いいんだよ。こんなに素晴らしい子を産んでくれて、こちらこそ感謝する。昔、あんたがうちの息子に結婚を申し込んだ時に色々あってすまなかったね。そのことは謝らせておくれ」
祖母の腕から母の腕へと戻される間、ジュリエットの頬は真っ赤に染まっていた。
「もう、どうか……そのことは思い出させないでくださいませ……。恥ずかしくて仕方がありませんわ……」
ヴァレリウスにどうしようもなく惚れ込んでいたのだ。
愛する男と結婚できるなら、他のことなんてどうでもよかったのだろう。
一つだけ確かなのは、ジュリエットが貴族の出身ではないということだ。
部屋へと連れ戻された。
今回はベビーベッドには寝かされない。
母は横に添い寝をして、大きな本を開きながら言った。
「これは木よ」
「き……ぃ」
「そうよ。木だわ」
読み上げるたび、指で文字をなぞっていた。
間違えるたびに、根気よく訂正してくれる。
そこで一つ疑問が浮かぶ。
なぜそんなに早く学ばせようと急いでいるのか?
いや、これについて文句は言うまい。
語り始めた物語は、複雑なものではなかった。
天恵者と呼ばれる選ばれし者たちが、途方もなく巨大な偉大なる竜ドゥリンを打ち倒し、その骨を使って広大な島を支えた。そこには人類の真理が隠されており、今では王の城が建っているという話だ。
いかにもファンタジーらしい物語だ。
だが、本を読む母の声は甘かった。
優しく、愛情に満ちている。
身動きをしても、決して無視することはなかった。
それが、自分でも理解できない感情を呼び覚ました。
「何があっても、どんなに人生が困難になっても、お前は生きなきゃならない」
その言葉……。
守れなかった。
もしかしたら……。
もし……。
運命の悪戯とも言えるこの二度目の機会は、そのためだったのではないか。
もはや空っぽの盾として存在するのではなく、生きることを学ぶために。
生きることを、学ぶ……。
だが、一体どうすればいい?
十八年間も内面が死んでいた人間が、どうやって本当の意味で生きるというんだ?
感じ方がわからない。楽しみ方がわからない。嘘をつかずに笑う方法すら、見当もつかない。
やり方などさっぱりわからない……だが、それを見つけるための時間は、一生分あるのだろう。
そしてどういうわけか、かつて父と交わした約束を果たしたいと思っている自分がいた。
第一話を読んでくれてありがとうございます。これが初めて書いた作品なので、まだ慣れないところも多いと思いますが…星をつけたり、ブックマークしてもらえるととても嬉しいです。もっと上手くなりたいので、どんな応援も本当に力になります。
⭐ ⭐




