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第二話 【破られたページ】

 あれから十二ヶ月が過ぎた。


 一歳になっても、お祝いやそれに類するものは何もなかった。


 そもそも深く考えていたわけではないが、

 なぜ俺は、こんなことを気にしているんだ。


 よく考えてみても、はっきりとは分からない。

 放っておけば、どうでもよくなるのかもしれない。


   だが……

    いや、何でもない。

   先へ進もう。


 ◇ ◇ ◇


 母は俺に、一刻も早く読み書きを覚えさせたがった。

 父は剣の型を教え、

 侍女のリヴィアはいつも俺の世話を焼き、

 執事のコービンは、俺が指差した本を必ず取ってきてくれた。


「頭より大きな本を読んでいる赤ちゃんが、こんなに可愛いだなんて思いもしなかったわ……。一体誰が渡したのかしら」


 母は俺を見ていた。

 それから、床に開かれた本に視線を移す。

 俺は彼女を無視し、再び身を乗り出して読書に戻った。


『イン・ホーデ・セクティア、レギス・ザト・ムンドゥス・フラクトゥス・エスト……』


 つまり……

(『このセクションには、世界が壊れていると記されている……』)


 この言語は、ギリシャ語、ラテン語、そして古英語を構造的に混ぜ合わせたようなものだった。

 前世で多言語を操っていた俺にとっては、かなり容易な代物だ。


「私です、ジュリエット様。申し訳ございません。若坊ちゃまが手を伸ばされたので、つい渡してしまいました」


「いいのよ、構わないわ。あの本たちさえ渡さなければ……」


 あの本……。

 まあ、俺が注意を向けたのはそこだけだが。


「承知いたしました、ジュリエット様。ご安心ください、あれを見つけることは決してありませんから」


『あれ』。


 一体何のことだ。


 おそらく、俺が触れてはいけないもの。

 あるいは、俺を死に至らしめる可能性のあるもの。


 何の話をしているのか、見当もつかない。


 だから俺は、再び本に意識を集中させた。


『広大な世界の中で、己をちっぽけだと感じたすべての者たちへ』


 署名:C・C


『ある著者から世界へ……織り機(テラール)の世界を紹介しよう』


 どうやら、かなり有名な著者らしい。

 匿名だが。

 それでも名は知られている。


 興味深い。


 織り機(テラール)の世界か。


 それは……。

 まあいい、今は関係ない。


 前世では、二十歳を過ぎてから本を読むのをやめてしまった。

 人を救うことばかりに固執して、日常的な活動を完全に放棄していたからだ。

 これは、それをやり直すための二度目の|機会だ。


 なぜ、そんな当たり前のことを捨ててしまったのか。


 ああ……。

 そうだ。

 あの火事だ。


 最初の数年間は、忘れるための唯一の手段として、ひたすら本を読み漁っていたというのに。


「ダリくん、ご機嫌いかがかしら」


 だが、ある声に引き止められた。


「えーと……ママ……水」


「あら、お水が欲しいの。もちろんよ、私の可愛い子。ここで待っててね」


 忌々しい。

 赤ん坊のふりをしなければならないなんて。

 なぜ俺はこんな目に遭っているんだ。


 それに、話し言葉にはまだ慣れていない。

 いや、言語自体は習得しているが、実際に話す機会がなかっただけだ。

 正しく発音できるかどうかも怪しい。

 だから、時々単語をポツリとこぼすだけにしている。


 この状況は改善しなければならない。


 母は立ち上がり、部屋を出て行った。


 コービンも下がっていたため、俺は一人残された。


 本には、この世界の名が記されていた。『織り機』と。


 ・王国について


 どうやら、全部で五つの王国があるらしい。

 そのうち二つは対立状態にある。

 何らかの理由で、正式名称は記載されていない。

 略称だけが載っている。


 A・N ……

 D・U ……

 E・L ……

 F・A ……

 G・O ……


 右側の点線は、意図的に隠された、あるいは塗りつぶされた本来の名前を表している。


   対立しているのは、AN王国とFA王国だ。


 また、GOは厳密には君主制とは見なされていないとも書かれている。その理由は、住民が思考を持たずに攻撃を仕掛け、森や洞窟に潜む非理性的な者たちで構成されているからだという。


 プロパガンダだろうか。


 あるいは……単なる著者の偏見かもしれない。


 何にせよ、本の中では彼らを非理性的な存在としてしか描写していない。

 ページが引きちぎられているため、それ以上重要な情報は得られなかった。


 この本は、省略されている箇所があまりにも多すぎる。


 したがって、得られる情報は限られていた。


 部族についてもいくつか言及があった。


 アン王国の国境の外には、誰の所有でもない領土が存在する。

 実際には、アンとファの二つの大陸の間に位置する、島々の集合体らしい。


 それらの大陸はこう呼ばれている。


 メンシェ …… AN王国がある場所。


 アイノファ …… FA王国がある場所。


 それらの大陸の間、北の方角に、その部族たちが住む巨大な島々が存在している。


 前世の知識に当てはめるなら、中央アメリカのような場所と言えるだろう。


 ……だが、挿絵から推測するに、その規模はプエルトリコからサルデーニャ島程度に収まっているようだ。


 遠い昔、大飢饉が発生し、様々な王国の人間たちが生き残るために集結せざるを得なくなったと言われている。


 その場所は空白地帯として知られている。

 彼らは独自の信仰、神々、そして独自の文化を持っている。


(その動機は、ヨーロッパの危機を強く思い出させるな……)


 部族の話は興味深いが、いつまでもこのページに留まっているわけにはいかない。


 次のページへとめくった。


 ・ムーセアノについて


『ムーセアノ』とは、かつて陸地が存在せず、水だけだった頃に存在した最初の海につけられた名だ。


 全部で五つある。


 中央海。

 ネクサス海。

 原初の海。

 北の織海。

 南の織海。


「坊や。ほら、お水を持ってきたわよ」


 ネクサスについて読もうとしたまさにその時、母が遮ってきた。


 グラスを受け取り、ゆっくりと飲んだ。


 この世界の水は……異常なほど美味かった。


 一滴残らず飲み干し、片手で口元を拭う。


「ダリくん! もっとお行儀よくしなさい……! まあ、まだ赤ちゃんだものね」


 母は俺の額にキスをした。


「ママは少し用事があるの。何かあったら、リヴィアが部屋の外にいるからね。愛してるわ、私の坊や!」


 ええと……。

 まあいい、続けよう。


 ・ネクサスについて。


 世界の中心であり、すべての起源であると考えられている場所。


 ネクサスは水よりも前から存在していたと言われており、単なる大地ではなく、

 何か別のものを生み出した神聖な存在だという。

 すべての大陸と海の中央に浮かぶ島となる前、それは光であった。

 そして今では、訪れることが可能な大地となっている。


 まあ、どれも非常に曖昧だ。

 こう書かれているからといって、それが真実だとは限らない。

 根拠のない推測であり、ただ語り継がれてきた物語に過ぎず、反証不可能な証拠ではないと明確に記されているのだから。


 もし海が世界で最初に存在したものだとするなら、


 では、ネクサスとは一体何なんだ。


 それだけではない、境界についても書かれているが……

 それに関する情報はあまりない。


 ただ、『覚悟がないなら越えるな』という警告だけがある。


 通常、「境界」とは単に「誰も越えたことがない地点」を指す。

 しかし、この書き方だと、実際に誰かがその一線を越えたことがあるように読める。

 しかも、極めて危険な場所として描かれていた。


 …………


 この本から得られたのはこれだけだった。

 本の内容が悪いからではなく、ページが引きちぎられていたからだ。

 一番面白そうな部分は、ほぼ完全に消え去っていた。


 答えのない言葉の断片だけが残されている。


 サクロ。


 神聖を意味するのか、それとも人体のあの部位を指しているのか。


 具体的には、仙骨(サクラム)のことだ。


 情報量は多かったが、最も重要な部分は単なる推論に過ぎなかった。


『織り機の世界について』


 ◇ ◇ ◇


 夕食の間、家族の会話が始まった。


「それで、ヴァレリウス。例の取引の件はどうなっているんだ」


「ストーン家との取引のことか。順調だ。今のところ不規則な嵐以外に問題はない。境界を越える危険に比べれば、何でもないさ。おかげで随分と楽になっただろう、ルキウス」


「ああ。だがその分、危険も増すんだろう。早くて確実なのは確かだがな」


「私にできることは限られている。中央海とネクサスを越えて、直接ドゥルグハイム王国へ向かうなど現実的ではないからな」


 父であるヴァレリウスは、テーブルの上座に座っていた。

 当主として、彼には多くの義務があった。

 その中には、家族を養うこと、金属を加工し、王国中に売り捌くことも含まれていた。

 どうやら、地図の反対側にあるドゥルグハイム王国の鉱山一族、ストーン家と何世紀にもわたる契約を結んでいるようだ。

 もっとも彼らは、「ストーン」がその地に住む種族全員の名前であるかのように話していたが。


「あそこの民は小柄なんだろう。私は行ったことがないが、親切で義理堅いと聞いているぞ」


「ああ、ルキウス。それは事実だ……だが、その言葉は使うな。彼らはそれをひどく嫌うんでね」


「小柄」だということはわかったが、どういう意味かは言わなかった。

 背丈のことなのか、それとも別の理由なのか。

 だが、俺はすでにパズルのピースを合わせ始めていた。


 小さい。

 金属を提供する。

 辺境に住んでいる。

 決して忘れない。

 小さいと言われるのを嫌う。

 契約を重んじる。


 ドワーフか。いや、違うだろう。

 ハーフリングかもしれないが、確証はない。

 そのどちらか、あるいは両方か。文脈的にはドワーフと考えるのが一番筋が通っているが、断言はできない。


 ◇ ◇ ◇


 さらに一年が過ぎた。


 使える単語は増えたが、何かを要求する時だけだ。

 まだ質問はしない。

 その必要はない……今はまだ。

 誰も警戒させたくなかった。子供を演じるのは造作もない。

 だが、答えが欲しい時に黙り続けるのは骨が折れる。


「ダリくん! こんにちはっ!」


 ドアが勢いよく開いた。

 従姉妹のヴァレリアだった。

 なぜだか、俺の退屈を紛らわせることができるのは彼女だけだった。

 彼女はいつも本を持ってきてくれる。


「ドゥルグについて何も知らないって聞いたよー!」


「うん……」


「だから、頼れるいとこが助けてあげるねっ!」


 その一族についてもっと知るための、重要な機会だった。

 俺はまだ自分の姓すら知らないが、重要なことのように思えた。

 つまり、「俺の」家族であり、「俺の」姓だ。未だにピンとこないが。


「ドゥルグはね、とーっても、とーっても遠い土地なんだよ! それでね……私たちの一族に昔、当主様がいて。名前は忘れちゃったんだけど……でもねっ! その人が、こーんなに大きな種をあげたんだって!」


 ヴァレリアは大げさに両手を広げて見せた。


「それでね、お礼に、あっちの人たちがうちの一族に資源を売ってくれたんだよ!」


「そう……」


「そうなんだよ、ダリくん!……私が聞けたのはこれだけだもん。ごめんね」


「あ、ありがと……ヴァレリア」


 この従姉妹は、わざわざ俺に教えるために立ち聞きでもしたのか。

 それとも単なる偶然か。

 重要なのは、彼女がかなり役に立ったということだ。

 まだ曖昧だが、大体の事情は掴めた。


「私たちが大きくなったら、幸せな夫婦になるんだよっ!」


 これが、異世界というやつの難点だ。

 彼女がそう言ったのは初めてではない。

 ここでは血族間の結婚はごく普通のことらしい。

 妊娠のリスクや遺伝的な問題もないらしく、タブー視されていない。


 それでも……。


 この状況は、胸の奥にひどく居心地の悪い感覚を生み出していた。

 理解できない。

 こんな風に感じたことは一度もなかった。……気持ち悪い。


 これが、人間らしく感じるということなのか。

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