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8歳、いざ行かん皇宮!





心臓が出そうだわ。

こんなに緊張したのは、前世を含めても初めてくらいだ。だって今、私は皇女宮を一人で、案内されるがままに歩いているから。


『招待されたのはお前だけだろう。お兄さまは恐れ多くてとてもじゃないが、エスコート出来ないんだ、すまないな!』


折角皇太子が送ってくれた招待状に、兄も来たらいいと書かれていたというのに、兄はそう言って私についてきてくれなかった。私まだ8歳なんだけど!一人にしないでよ!

皇宮までは父が一緒にいてくれたものの、仕事だからと途中で分かれ、今に至る。

そりゃそうよ!大人は子どもと違って忙しいんだから。兄、許すまじ。

私はあくまで皇女宮へ招かれた、ということになっているらしく、皇太子が案内してくれるわけでもなさそうだった。

だから、私は一人、案内されるままに歩いているわけで。いや、案内役の侍女がいるだけでも助かるし、皇太子に来られても緊張が倍になるだろうからよかったんだけど。

かくして私は、今世紀最大レベルの緊張を抱えて、皇女宮を訪れたのだった。





案内されたのは、美しい室内庭園。そこにお茶会の場があしらわれていた。


(ほわー……)


皇族主催って、いちいち素敵すぎるわ。確実にファンタジーに憧れる心を揺さぶってくれる。

口を開けてまるで一枚の絵画のようなその場所にぼへっと見とれていた私は、侍女の二度目の呼び掛けに我に返り、促されるままに席についた。侍女はすかさず声を上げる。


「皇女殿下のお越しです」


そして再び、私はぼへっと口を開けて、見とれる羽目になった。


「……」


蜂蜜色のふわふわな髪。それから、宝石のような瑠璃色の瞳。透き通るような白い肌、それに映えるようにほんのり色づいた頬。


(かっ、かわいい……っ!)


なんて愛らしいのかしら。これはもう、ベストオブお姫さまだわ!

うっとりしていると、そのお姫さまの後ろでご年配の女の人が咳払いをした。私はとっさに我に返って、立ち上がる。


「リーリア・エルディ、皇女殿下へごあいさつ申し上げます!」


うわわ。見とれていたせいで挨拶が遅れてしまった。初対面なのに、心証が!うぅ。

頭の奥のほうで兄が笑ってる気がする。


──気をぬくからだ。わが妹は本当に、まだまだだなぁ。


って、当たり前でしょ!私まだ8歳なんだから!

頭を上げられずにいたら、すぐ目の前までお姫さまが来てくれた。


「顔をあげて、エルディ嬢。お茶にしましょう」

「……光栄です、殿下」


にっこり笑いかけてくれた笑顔が兄である皇太子にそっくりで、可愛い上にものすごく美しかった。

すごい。皇族って顔面偏差値高くないとなれないのかしら。いや、まてまて。皇族はなりたくてなるもんじゃないから血筋だわ。なんて羨ましい。

心の中は大暴走だったけど、笑顔で乗りきって促されるままに席についた。私の向かいに皇女。その隣にさっき咳払いしたご年配の女の人が座る。


「しょうかいするわね、エルディ嬢。彼女はミレー男爵夫人よ。私のお世話をしてくれているの」

「ご機嫌よう、エルディ嬢」

「ご機嫌よう、ミレー男爵夫人。ていねいなごあいさつありがたいことですわ。ミレー夫人といえば、令嬢方にマナーもお教えになっているとのこと。私のつたないマナーを目の前でお見せしてお恥ずかしい限りですが、少しばかり見逃していただければ幸いです」

「まぁ、ホホホ。いいえ。エルディ嬢はそのご年齢で素晴らしいマナーを身につけていらっしゃるようですわ。なにも恥ずかしがることはありませんよ」

「光栄ですわ」


よし、これでさっきの無礼は帳消しかも。

ちら、と皇女を見るけど、表情からはなにも読み取れない。相変わらず眩しいばかりの笑顔ってだけで。


「……」

「……」 


そしてかちゃん、とカップの音が響いた。か、会話が……会話がない!自分がこんなにコミュニケーション能力が低いなんて思ってもみなかった。

でも折角同年代と、友だち、は難しいまでも、話し相手になれる機会!ここで終わりにするにはもったいないわ!

ともかく、まずは会話をしなければ。私は共通の話題から、話を広げることにした。

そう、私が知ってる皇女さまとの共通点といったら、不本意ながらも皇太子しかいない。


「……あの、この度はお茶会へ招待ありがとうございます」

「ええ」

「お兄さまである皇太子殿下には、今回とてもよくしていただきまして……」

「……」


ぴく、と皇女の眉が動いた気がした。よし、皇太子の話題は正解だったとみえる。


「小さい子どもみたいなんですけど、招待状をもらった日から、眠れなかったんですよ」

「かんちがいしないで」

「……ほえ?」

「お兄さまは、私のために令嬢をさそったのよ。私が話し相手を探しているから、あなたをよんだの。あなたのためじゃない、私のためよ!」

「……殿下、」


ミレー夫人が嗜めるように皇女を呼ぶ。それで皇女はぎゅ、と唇を引き結んだ。

まぁ、確かに大きな声を出してはしたないのかもしれないけど。そんなに嗜めるようなものではないと思うのだが。


「はぁ、そうなんですね……」

「……そうよ」


待て待て。ということはつまり、皇太子が皇女のために話し相手を探してて、私は見定められてこうして皇女のお茶会に招待されたわけだけど、皇女が話し相手を欲しがってたから、皇太子自ら探していた、と……?

ええっ、それってなんて。


「すてきっ!」

「はぁ?」

「皇女さまのお兄さまは、とてもお優しいですね」

「……そうかしら?」

「そうですよ!」

「……どうして、そう思ったの?」

「妹君のために話し相手を探しておられたなんて、なんという妹愛!」

「……え?」


皇女はきょとんと私を見た。私は思わず立ち上がって熱弁する。

ちょっとはしたないかな、と心の奥で思ったけど、ミレー夫人も皇女と一緒にぽかんとしてたから、調子に乗ってしまった。


「私の兄などですね!友だちが多いくせに、私が友だちがほしいという話をすると「へぇ頑張れ」とそれだけですよ?どなたかの妹君でも、紹介してくださればいいのに!」

「まぁ……」

「それに比べて、皇太子殿下は、皇女さまのために話し相手を探され、自ら見定められるんですもの!これぞ兄妹愛!うらやましいですわ!」

「……見定め?」

「はい!何度か我が家にお茶をしにいらっしゃいまして、私はやっと皇女さまへの面会を許されたのです。これは、皇太子殿下が皇女さまを大事に思っておられる証!私が変な令嬢ではないのか、見定められていたというわけです。これで優しいお兄さまと言わずなんと言うのでしょうか!我が家の兄とは大違い!」

「……」

「あっ!いや、でも、私も兄が嫌いなわけではないんですよ?いじわる野郎と思うだけで、優しいときもあります、し……」


兄の顔を思い出して、はっと我に返った。本日三度目だ。見れば皇女は未だきょとんとしていて、ミレー夫人に、侍女までもぽかんとしている。

私は誤魔化すように咳払いをした。


「……あの、ですから、私のような者を皇女さまのお話し相手として紹介していただけるなんて、本当に光栄だな、と、思い、まして……」


しまったー!

考えなしにしゃべるという失敗を、皇太子相手にやらかしたばかりだというのに。なんて学習能力のない私。

これで変な令嬢に見られたら、折角の機会が水の泡に!うう。


「あ、あの、皇女さま、」

「ふふっ、」

「へ、」

「あはははは!」


皇女が吹き出したのを合図に、控えていた侍女たちも肩を震わせた。ちょっと笑い声が漏れている人もいる。えっ、笑われてる?!


「はしたのうございますよ、皇女殿下」

「ふふふっ。ミレー夫人だって!」


一応は皇女を嗜めたミレー夫人も、私でも分かるくらい肩を震わせていた。えっ、なんで!?


「え、ええと……」

「そうよね、お兄さまは優しいのよ」

「皇女さま……?」

「ふふ。ごめんなさい、エルディ嬢。あなたが私と同じように、お兄さま思いのすてきな令嬢だってわかって、うれしくなってしまったの。私こそ、あなたと仲良くなれるならすてきだわ。さぁ、座って」

「皇女さま……!」


絶対変に思われたはずなのに、そんなことを言ってもらえるなんて。

皇女は私の前にお菓子を並べるよう侍女に伝えて、皿の一つを私へ押しやった。


「こっちのチョコレートマカロンを食べない?私のお気に入りのおかしなの」

「はい!いただきます!」

「どう?」

「とてもおいしいです」

「よかった!こっちも食べて」


これぞまさしく、私の思い描いてた女の子の友だちとの会話だわ。皇宮のお菓子は美しくて美味しいし、夢の楽園のよう……。


「やあ、楽しんでるみたいだね」


あまりにも浮かれすぎていたのか、皇女の後ろから現れた皇太子に気付かなかった。




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