皇女、しぶしぶ
レーヴァルト皇国。
広大な領土をもつ大陸一の大国である。様々な富を有し、豊かであるこの国は、その上ここ何十年もの間、近隣諸国との諍いもなく平和そのものであった。
その功績はこの国の貴き皇族たちによるものが大きいということは、民の全てが知るところであり、民は皇族を敬い、支持している。
さて、この国で最も貴い御身である現国王には妃が二人いた。一人目は正妃のカトリーヌ。ジルディオ皇太子の母親である。
カトリーヌは七年前に病により帰らぬ人となった。代わりに後宮入りしたのが、二人目の妃・イレーナである。彼女は後宮入りした翌年、娘を出産。その娘こそジルディオが妹と呼ぶセルシア・イオ・レーヴァルト。第一皇女である。
「セルシア様!いい加減起きて下さいませ!」
「う~ん、ハンナ……朝からミレー夫人の声がするわ……」
「そのミレーでございます、セルシア様!」
「ミレー夫人……?」
「ええ!セルシア様がなかなか起きぬと、朝から連絡をもらい、慌てて登城致しました、ミレーでございます!」
「……うぅ……」
セルシアはむっすりとした顔で枕から頭を上げた。乳母であり、家庭教師でもあるフランチェスカ・ミレー。彼女が来たからには、セルシアの我が儘はほとんど通らない。
ミレーは銀縁の眼鏡をくい、とあげた。
「さあ、私が来たからには迅速に!お仕度をしていただきます!」
ほら、やっぱり。
ミレーの言葉を合図とばかりに、侍女やメイドたちがぱたぱたと仕度を始めた。
セルシアはそれでも、布団をむぎゅ、と掴んで唇をひん曲げる。せめてもの抵抗だ。
「セルシア様」
「……ねぇ、ミレー夫人……どうしてもいかなきゃいけないの?」
「……お気持ちは分かりますが、今回は皇太子殿下直々にご紹介いただいたお方ではありませんか」
「……そりゃあ、お兄さまはすきよ?すきだけど……いくらお兄さまがしょうたいしたからって、相手はふつうの女の子でしょう?女の子たちはいじわる言うじゃない。きっとまた、お兄さまの前ではねこをかぶって、わたしの前ではいじわるなのよ」
「……」
皇女であるが、第二の妃の娘であるセルシアの立場は危うい。イレーナの家の位が高くないため、尚更だろう。
そのためか、セルシアがいくら兄であるジルディオと仲がよいとはいえ、周りは必要以上にかしずくことはなかった。
特に同年代や少し上の令嬢の態度は顕著で「お優しい兄上でよかったですわね。そのお陰でそんな御身でも憐れな扱いを受けずに済むのですから」といった嫌味攻撃は止まない。
それでも被害は嫌味だけなので、おおっぴらに処分も出来ず、セルシアは大分うんざりしていた。
それなのに、皇女宮へ令嬢を招いてお茶会ですって?
セルシアがこうしてしぶるのも無理はないのだ。
「……けれど、殿下が皇宮へ令嬢を招き入れるなんて、初めてではありませんか。殿下があの御年でご令嬢の煩わしさをご理解されていることは、セルシア様が一番ご存じのはず」
「……まぁ、そうね、」
それもそうだとセルシアは思った。
兄である皇太子は10歳。そろそろ婚約者を、と上級貴族たちはそわそわしている。ジルディオにそんな気はないと言っていたけど。彼は面倒だとばっさり言っていた。婚約者はしかるべきときに、しかるべき身分で色々と都合がいい令嬢を選ぶと思う、みたいなこと。
そんな彼が招待した令嬢。そう言われてみると、気になる気がしてきた。
「……わかった、じゅんびするわ。でも、ミレー夫人もいっしょにお茶会へ行ってね。変なこと言う人だったら、私のかわりにとっちめてちょうだい!」
「……おおせとあらば」
いつもならはしたない!としかるところだが、折角ベッドから起き上がってくれたのだ。水を指して逆戻りされてはたまらない。
皇太子殿下の紹介ならば、どうかおかしなことを言う礼儀知らずの令嬢でありませんように。ミレーはひっそりと願った。




