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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
57/59

33:四日目/女島08






 ――持ち込み調味料が塩しかないこの環境で、塩焼きと塩スープ以外の料理をする。


 綴喜ゆらの頼みは簡潔で、そして彼女の率いる一団の状況を如実に表している。

 彼女自身も言っていたが、料理に長けた人間がいないのだ。


(――まあ、ほとんどが武系女子ですもんね)


 八嶋麻矢は内心つぶやく。

 もちろん普通に料理ができる人間はいるだろう。調理実習の授業だってあるし、この年頃になると意味もなく料理をしたくなるものだ。


 ただしそれは何の縛りもない状況での話。

 このサバイバル環境では醤油も酢も砂糖もなければ、卵も牛乳も野菜も全然手に入らない。炊飯器も電子レンジも圧力鍋も望むべくもない。

 となると、普通に暮らして身につけた料理の技術と知識はほとんど役に立たない。

 魚の塩焼きと山菜の塩スープばかりになるのは、だから当然の帰結ではある。


 とはいえ、やりようがないわけではない。

 人海戦術でゆらが集めていた食材は多岐にわたり、その量も膨大だ。

 これなら十分に塩以外の味を追求できる。

 それはつまり、旨味だ。


 干した昆布を沸騰しない程度に煮て、グルタミン酸を抽出する。

 火加減の調整は薪の量と鍋の位置で調整する。


「さて、次は――」


 干しきのこを煮て、グアニル酸を抽出。

 グルタミン酸とグアニル酸をあわせると相乗効果でより強く旨味を感じるようになる。


「現代っ子はけっこう旨味に慣れちゃってますからね」


 それが単純な塩味の料理に物足りなさを感じる理由の一つだろう。

 味噌汁のために出汁を取る家庭は今やほとんどないだろうが、代わりにうま味調味料が広く普及している。

 普段料理をしない人間が味噌汁を作ると、その辺を承知していないからどこかぼやけた味になりやすい。旨味の投入を忘れて、単に味噌を溶いたお湯になってしまっているのだ。


「それからそれから、と」


 用意したのは一般コースの支給品であるお米。

 この一団の武系と一般コースの比率はおよそ8:2。

 全員で均等に分けて五日間食べるには少なすぎる、ということで使われずに残っていたわけだが、それでも一人三合のお米が人数分あるのだから、結構な量だ。

 研いだお米を鍋に入れて、出汁、ガラになった昆布とキノコを刻んだもの、塩ゆでしてアクを抜いた山菜を入れる。最後に味つけのために、緑色の液体を垂らす。

 数種の薬草を刻み、塩につけてエキスを抽出したものだ。塩味と風味を足してくれる。

 鍋の中身を軽く混ぜてから火にかける。


「はい。これで山菜の炊き込みご飯はいいとして――」


 次は汁物。

 これも旨味を軸に組み立てる。

 下ごしらえをしたカメノテとアサリを煮て出汁を取る。

 その間に他の鍋を使い、塩水で葛の新芽を茹でる。

 軽く茹でたら水につけ、皮を剥く。

 出汁に味を見ながら塩をふり、ミツバを入れ、冷ましながら葛の芽を投入。


「おすまし完成。で、次は――」


 次はおかずだ。

 塩を振っておいたイカのワタを見る。

 表面からじわじわと汗をかくように湧き出している水分が臭みの元だ。それを水をかけて流す。次に捌いた魚の身をほどほどに叩き、そこにイカワタを混ぜる。

 房総の郷土料理、さんが焼きを作るのだ。

 とはいえ肝心の味噌が手に入らない状況。そこでイカワタに旨味の代用をしてもらうことにした。臭み消しのために塩を多めに入れ、アサツキやカキドオシのような香草を刻んで加える。そのままでは少しゆるかったので最後につなぎとして葛粉を足す。

 できたタネを小さめのハンバーグ状にして焼く。

 鉄板代わりの平たい石の上に置いた途端、食欲をそそる音と匂いが充満する。

 ひっくり返して焼いて火が通ったところで、竹を割って作った皿に乗せる。


「最後にデザートですね――」


 鍋に水と葛粉を入れ、火にかける。

 木の枝を削って作った箸で混ぜながら、透明感が出てくるまで練る。

 頃合いを見計らって青い柑橘の絞り汁を少しだけ投入。

 火を止めて、竹で作ったカップに注ぎ、上から少量の蜂蜜をかけてカップごと水につけて冷やす。

 そこでふう、と一息。

 麻矢はくるっと振り返り、伝える。


「――以上、完成。ということで、皆さんこんな感じでお願いします」

『おおぉ~』


 感嘆の声が重なって響く。

 彼女らは元々ここの調理担当だった女子たちだ。


「先生、味見していいですか!」

「いいですよ。これはあくまで参考に作ったものですから」

「先生、あたし葛の芽とか扱ったことないんですけど、注意点とかは」

「茹ですぎに注意ですね。皮を剥こうとしてボロボロになっちゃいます」

「先生、余ったイカの身の方は」

「無難に焼きましょう。アニサキス怖いですしね」


 そんな質疑応答を経て、各自が近くのかまどに陣取って調理を始める。

 一団の食事を一人で作るのはさすがに量が多すぎるので、これは素直に助かった。

 麻矢は調理実習の先生よろしく一人ずつ経過を見て回ろうとして――


 ――慣れ親しんだ匂いに気づいた。


 そちらに視線を向ける。

 木々の合間、そこから半分だけ身を出してこちらを見ている長身の影。

 よく見ると小さく手招きをしている。

 周囲に気づかれないようこっそり近づく。


「塔子さん、どうしてそんな格好を?」

「……眼鏡の策」


 塔子の髪型がいつもと違う。

 長い黒髪を前に持ってきた結果、鼻先より上が髪に隠れ、どこかの有名幽霊のような感じになっている。


「もしかしてあの剣士の人の変装ですか?」

「……そう。この姿であの女の部下たちに指示を出して、ここの数を減らしてくれって」

「なるほど。冥のやりそうなことですね」

「……ということで、迎えに来たわ、麻矢」

「それなんですけど――心配をかけてごめんなさい、塔子さん。でも」

「……でも?」





「――今はまだ、行けません。ここはわたしの戦場で、これがわたしの戦い方ですから」





 麻矢は振り返る。

 視線の先に点在するかまどから、いくつも美味しそうな匂いが立ち上り始めていた。




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