30:四日目/女島05
綴喜ゆらは失望していた。
ひとつは、蓼科冥の弱さに。
ひとつは、ポニーテールの女の使う毒の弱さに。
そして何よりも、見通しの甘かった自分自身に。
「――失望。ああ、失望だ。貴様らはあまりにも弱すぎる」
地面に倒れ伏す二人の女子生徒を見下ろす。
「まず蓼科冥。貴様は第一に読みが浅すぎる。二手先を読んで満足するな。最低でもそれを受けた相手の反応まで読め」
小さいころから目に映るすべてのものを細かい部品として捉え、その連動する様子を考えているゆらの脳髄は処理能力の桁が常人と違う。調子がいい日は風に飛ばされた木の葉が最終的に地面のどこに落ちるかまで見える。リアルタイムストラテジーの対人戦では負けたことがない。
ポニーテールの女の思考毒を食らって頭の働きが鈍くなっている自覚はあるが、それでもこの程度には回っている。
「戦術も稚拙だ。地面の状態を把握して相手にどこを踏ませるかくらい考えろ。オセロで角を取るためにその二つ前のマスを自色で埋めるくらいは小学生でもやるぞ」
あれほど無様に木の根に足を取られるのは、陣地の取り合いの意識が薄いからだ。
戦場を俯瞰してどの空間を占有したら有利で、どこを相手に譲り渡すか、相手をどこに行かせたいか――そういう意識が見えない。
例えば記章持ちの倉本臣などは普段からこの技術を使っていて、触れずに相手を投げる。彼相手ではこうはいかないだろう。
「お前が足を取られた回数は三回。いずれも手順としては最短手だった。挟撃の位置取りにこだわるあまり二対一を崩してどうする。言っておくが三回とも追撃できなかったのではなくしなかっただけだ。貴様はすでに三度負けている」
冥は倒れたまま呆然として話を聞いている。
対称的にポニーテールの女は起き上がり、闘志をたぎらせ攻撃をしかけてきた。
――だが、ぬるい。
手刀突きを首の動きだけで避け、通過していくその背中を半回転して裏拳で殴る――ように見せる。対手はそれを見て足を開き、体勢を低くして躱そうとするが、ゆらには最初からそこまで見えている。体の回転にあわせて低く放った回し蹴りが、ポニーテールの女の背中をとらえる。
「ぐはっ――!」
「ちなみに顔は避けてやっているぞ。最初からな」
容赦なく頭を狙ってくる冥たちに対して、ゆらは逆に相手に大きな傷をつけないように立ち回っていた。個人的な信条もあるが、戦いを引き伸ばすためでもあった。
ゆらはこの戦いに賭けていたのだ。
それゆえに、二人の不甲斐なさが許せなかった。
「さて。次は貴様だ、ポニーテール」
「……風々院風雅です」
「では、風々院風雅。貴様は反射神経と動きの引き出しはいい。荒れた地面に慣れているのか? 体勢の立て直しもスムーズだった」
「……どうも」
「だが、それだけだ。そのスタイルで勝ち切るなら玲子並の敏捷性がいる」
反射神経がいかに優れていても、肉体が追いつかないのでは意味がない。
学園最速の異名を持つ水無月玲子並の敏捷性があったなら、たとえ戦術を使わなくても見てからの反応だけでゆらと渡り合えるだろう。
頭を使うのは勝つためであり、極論肉体が優れているなら一対一の戦いに戦術など必要ない。そこまでのレベルに至ったなら、そのスタイルをゆらは否定しない。
他ならぬゆらのライバルがそういうタイプであるのだから。
「しかし、貴様はそうではない。肉体的に足りない上に頭も使っていない。それを補うべく毒を使っているなら、もっと強いものを使え。――貴様には、自分が弱いという自覚が決定的に足りてない」
ゆらにはその自覚がある。
痛いほどに、ずっとずっとそう思っている。そうして組み上げたのが今の綴喜ゆらというシステム。戦略と戦術を使い、部下と虚言を使い、先読みと人読みと捌きの技術を積み上げて作った、負けないための戦闘スタイル。
それでも足りないのだ。目指す強さには。
だからここで壁を越えたかった。自分を追い込んで、滝川ツルギがそうしたように、殻を破りたかった。彼方を目指す自分を覆う、この雲を掴みたかった。
「総じて貴様らは何もかもが足りんが、それにしたって一番足りないのは必死さだ。ここで絶対に勝たなければならないという、モチベーションが足りん」
それは例えば、あのときの滝川ツルギのように。
「もしもそれを用意したら、もう少しマシになるか? そうしたらおれを追い詰めてくれるのか? 例えば――八嶋麻矢を盾にすれば、少しは真剣になるか?」
ぐっ、と伏せていた冥の手が土を掴む。
そして震えながら起き上がろうとする。
その眼光には、今までにない強い光が宿っている。
だが、立ち上がったその姿に、自分を追い詰めるだけの余力はかけらも感じない。
はあ、とゆらはため息を吐く。
無駄だったか。今回の計画のすべてが。嘆かわしいことだが、もはやここから自分を追い込む一手を打ちうるとは思えない。
結局のところ、買いかぶりすぎたのだろう。
苛立ちと無念さを噛み殺し、もういい、と口に出そうとして――
「――それは困るな」
その声を聞いた瞬間、ゆらは硬直した。
彼女の言葉に割り込んできたのは、それまでいなかった第三者。
そして木々の間から現れたのは、白髪をなびかせる凛々しい武系女子。
「八嶋麻矢には面倒をかけた。いささかに恩がある。だから、お前がそう言うのなら、あたしが止めなきゃいけないな」
「貴様――」
全身が硬直する。
体が熱くなる。遅れて毒が回ってきたのかというくらい、思考が鈍っている。
「しかし、なんだ。お前、まだそういうことやっているのか。そんなことをしなくてもお前は強いだろうに。まったく、本当に不出来なライバルだよ、お前は」
そうして彼女は構えを取る。
夢に見るほど見慣れた、彼女の構えを。
武系第四席。
異名は学園最速。
女子で唯一の記章持ちたるその女こそ――
「――水無月、玲子」
「なんだ。呼んでみただけとか言うなよ、ゆら」
水無月玲子が、ゆらと対峙する。




